第百五話 逃避行

 ディアローズとの一騎討ちから一週間がたった。帝国軍から逃れた輝星たちは、大陸内陸部の山岳地帯を飛んでいた。


「うううーん、腹減った……」


 ひどい顔色の輝星が、"カリバーン・リヴァイブ"のコックピットで呟いた。いまだ皇国本隊との合流はできていない。ディアローズの巧みな追撃指揮のおかげで、本隊のいる海側ではなく内陸へ押し出されてしまったのがよくなかったのだ。これでは補給など受けられるはずがない。


「コックピットに常備されてるレーションは三日分だけだからな。節約してやりくりしてるとはいえ、流石にもう限界だぜ……」


 同じく空腹を隠しもしない表情のサキが舌を出す。敵の索敵を避けて迂回路を進んでいるため、いまだに本隊へ戻れる気配はない。このあたりは帝国による通信妨害も行われており、救援を求めることすらできない状況だった。


「いい加減、狩りでもなんでもするべきか……しかし機体から離れたくないしなあ」


「いつ帝国の哨戒部隊とカチあってもおかしくない場所だからね。いやあ、参ったねえ」


「お前は緊張感ってもんが本当にねぇなあ……」


 明るい声で笑う輝星に、サキがため息を吐いた。空元気ならば心配するところだが、輝星の楽観主義は筋金入りだ。これまでの付き合いから、彼の言葉が本気であることはサキもよく理解していた。


「状況はしんどいけどね。向こうの指揮官が随分と面白い相手だったからさ。再戦が楽しみで、気落ちなんかしてられないんだよ」


「一騎討ち中に助けを求めるようなヤツがか!?」


 普通に考えて、ディアローズのやったことは卑怯者のそしりを免れないものだ。情けないヤツと憤るならまだしも、喜ぶというのはおかしいだろうとサキは唸る。


「一対一じゃ勝てないから、最高のタイミングで奇襲を仕掛ける。勝ちを拾うための最善手を狙ってくる手合いなんだよ、あのディアローズって人はさ」


 輝星はにやにやと機嫌よく笑いながら、操縦桿のトリガーを作動しない程度に優しくなでる。


「愉快じゃないか、この俺をここまで追い詰めるなんて。こんなに面白い相手は久しぶりだよ」


「戦闘民族みたいなことをいうんじゃねえよ」


「ヴルド人に言われたくないなあ……」


「バカ言え、ヴルド人あたしらは農耕民族だ。その証拠にほれ、あれを見ろ」


 "ダインスレイフ"が指さした先には、山の斜面を切り開いて作った棚田があった。それも、かなりの面積だ。張られた水が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。


「ヴルド人の大半は、農業や食料プラントで働いてるんだぜ? 戦争してるヤツなんて、ほんの一握りだ。お前は戦場にばっかり居るから、血の気の多いやつらにしか目がいかないんだろうが……」


「ちょっと待って、田んぼあるじゃん。しかも放棄田じゃないじゃんアレ」


 棚田の映像を拡大しながら、興奮した様子で輝星がサキを止めた。田んぼはよく手入れされており、雑草一つない綺麗な水面から青々とした稲が生えている。


「この惑星が制圧されたのって結構前でしょ。長々放置されてたら、あんな綺麗な状態のままなハズがない。人がまだ残ってるんだ!」


「た、確かに! よし、行ってみよう。メシを分けてくれるかもしれん」


 あわてて二人は棚田に向けて機体を飛ばした。近づいてみると、数人の農民らしき女が田んぼに入って作業していた。彼女は驚愕と恐怖の混じった表情でこちらを見ていたが、二人の機体に入った皇国のマークが目に入ったのかすぐに笑顔を浮かべて手をブンブンと振った。


「よかった、歓迎ムードだ」


「ま、落ち武者狩り狙いじゃなきゃいいがな……」


 サキは皮肉げな表情でそう呟きつつ、棚田を荒らさないよう気を付けながら進んでいく。そしてちょうどよさげな空き地を見つけると、そっと機体を着陸させた。どこから出てきたのやら、思った以上にたくさんの農民たちが足元へ集まってくる。


「お前は機体に残ってろ。万一荒事になったらマズイ」


 返答も待たずに、サキはホルスターに収まった拳銃を確認しつつコックピットハッチを解放した。


「ああ、よかった! 本当に皇国の騎士様よ!」


「解放作戦が始まっているという噂は、本当じゃったか……まったく、ずいぶん待たせおって」


 思い思いの言葉をつぶやく農民たちを見て、サキが一礼した。見た限りでは、すくなくとも武器を向けてきそうな手合いはいない。ほっと息を吐きつつ、地面へ降り立つ。


「すまねぇな、仕事の邪魔してよ。あたしは皇国軍近衛隊の牧島サキ中尉だ」


「近衛隊!」


「そういやこの機体、駐留軍の人らが使ってたヤツとは違うわね……」


 口々に好き勝手なことを言う農民たちをかき分けて、腰の曲がった老婆が現れた。


「これはこれは騎士様、ご丁寧にありがとうございます。して、近衛のお方がこのような田舎にどういった御用で?」


 不信感を隠しもしない老婆の態度に、サキは表情を強張らせた。以前の作戦で、皇国軍はこの惑星を見捨てて撤退した。その結果、苛烈で悲惨な終末爆撃が行われたのだ。攻撃は都市部を中心に行われたため、田舎であるこの地域は無事だったのだろうが……それでも、軍に対して思うところがあってもおかしくない。


「いやさ、あたしらは本隊とはぐれちまって……メシがもう無いんだ。ちょっとばかり、余ってるものがあったら分けでもらえねーかなーと」


「なんと、食料を出せとおっしゃるか……」


 老婆は腕を組んで唸った。


「申し訳ないが、我々も余裕はないのです。近くに、爆撃から疎開してきた人たちの居るシェルターがありましてな……備蓄していた食料は、そちらにほとんど渡してしまったのです」


「そりゃあ……仕方ないな……」


 おそらく、彼女らも自分たちが食べていくだけで精いっぱいなのだろう。サキの求めている物が食料であるとわかったとたん、周囲の農民たちの表情が暗くなったことからもそれは明らかだ。さすがに、無理やり食料を奪っていくようなマネはサキとてできない。


「ううん、じゃあせめて水だけでも……」


 そこまで言ったところで、コックピットハッチの開く音が聞こえてきた。あわてて"カリバーン・リヴァイブ"の方を見ると、輝星が機体から降りてきていた。


「ス、ストライカーから男が!」


「う、うわあ……凄い可愛い……王子様かな……?」


地球人テラン? あんな綺麗な人って、本当に居るんだ」


 にわかに周囲が騒がしくなる。男の軍人という非常識な存在に困惑しているということもあるだろうが、彼女らの視線はおおむね熱っぽいものだ。


「あの、すいません……本当にお腹空いてるんで、一食ぶんだけでもお願いできませんか?」


「そこまで言うなら仕方ない! わしの家にいらっしゃい、精一杯ご馳走を用意させていただきましょう」


 ぽっと頬を赤らめ先ほどとは真逆のことを言い出す老婆に、思わずサキが突っ込んだ。


「いや手のひら返し早いなオイ」

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