第六十六話 歩行要塞攻略(3)

「被害報告!」


「第八砲兵中隊、被害なし!」


「第九砲兵中隊、同じく!」


 輝星の声を受けて慌てて散開した部隊から、無事の報告が次々と返ってくる。薙ぎ払うような一撃だったが、警告が間に合ったのが幸いしたのか被害は一機もない。


「ひええ」


 ノイズまみれのレーダー画面を一瞥しながらサキが呻いた。すさまじい大出力ビームが至近距離を通過したため、索敵機器が軒並みひどい数字をたたき出している。直撃どころか軽くかすっただけで、ストライカー程度塵も残らず蒸発するような威力であることがありありとわかる。


「砲兵隊および第三機動中隊はポイントC556で砲撃用意。敵ストライカー隊が来たら適宜迎撃してくれ。牧島さんも悪いけどそっちへ。万一ゼニスが来たらヤバイ」


「ああ!? ほとんど全部隊じゃねえか! そんな少数であのデカブツに突っ込むつもりか!?」


「大丈夫だ、なんとかなる! さっさと行ってくれ、二射目が来る」


「ちっ、しゃーねえ!」


 心配ではないと言えばウソになるが、実戦下であれこれ言いあう余裕はない。サキは機体を転進させ、機動砲ライドガンキャリアーたちとともに指定されたポイントへと向かう。


「殿下! 北斗を頼みましたよ!」


「無論です。お任せを」


 自分が選ばれたことに会心の笑みを浮かべつつ、シュレーアは頷いた。サキが小さくため息を吐き、砲兵隊たちとそのまま遠くへ飛び去る。残されたストライカーはわずか三機、"カリバーン・リヴァイブ"と"ミストルティン"……そして全身のハードポイントというハードポイントに対艦ガンランチャーの弾倉を装着した"クレイモア"だけだ。


「なかなか大胆な作戦をとりますね」


 "クレイモア"のパイロットが苦笑交じりに行った。軍の教本にある対歩行要塞モビルフォート戦術は、大戦力で飽和攻撃を仕掛けるような内容が主流だ。このような少数で挑むなどというのは、聞いたことがない。


「大丈夫だ。俺についてくれば墜とさせなんかしない」


「もし成功したら王子様・・・抱っこでもしてあげますよ、"凶星"さん」


「勘弁してくれ」


「リャカ少尉、冗談を言っている場合ではありませんよ」


 不愉快そうなシュレーアの声に、リャカ少尉と呼ばれた"クレイモア"のパイロットがくつくつと意地悪そうな笑い声を漏らす。なかなか肝の座った女だ。


「向こうの本増援が来る前にさっさと止めなくちゃならん。突っ込むぞ」


 薄く笑いながら、輝星がスロットルを全開にする。エンジンの回転計が一気に跳ね上がった。二機もそれに続くが、ゼニスである輝星機やシュレーア機と違いリャカは量産機である"クレイモア"だ。推力の違いは大きく、距離はあっという間に離される。しかし誰もそれを気にしない。


「見えた、あれか!」


 みるみる近づいてくる地表に、巨砲に手足をくっつけただけにしか見えない異形の兵器の姿があった。まだ彼我の距離はそこそこあるにもかかわらず、その巨大さははっきり見て取れた。


「たった三機で来た!? どういうことだ!」


 "ヴァライザー"のコックピットで機長が叫んだ。この程度の機数で歩行要塞モビルフォートに突っ込んでくるなど、自殺行為にしか思えなかったからだ。


「少将、あの白い機体……噂の"凶星"では」


「なるほど、そういう事か。だがいかなエースとて所詮はストライカーだ! この"ヴァライザー"は倒せんさ!」


 足の遅さから運用に難があるとはいえ、"ヴァライザー"の装甲と火力は規格外だ。数機のストライカーでどうこう出来るとは思えない。機長は獰猛な笑みを浮かた。


「装填はまだか? 主砲は撃ててあと一発、面倒な機動砲どもを少しでも減らしておきたい」


「あと十秒!」


「いいだろう! 迎撃兵装のコントロールを渡せ。敵機はこちらで対処するから、貴様は主砲の照準をしっかり合わせろ」


 命令を下してから、機長は"ヴァライザー"の両腕を接近してくる輝星たちに向けた。指を思わせる配置で装備された四連装光粒子速射砲ラピッドブラスターガン二基八門が同時に火を噴く。


「うわ、撃ってきた」


「この程度の弾幕でなーッ!」


 殺到してくる弾幕にシュレーアとリャカは回避したが、輝星はフォトンセイバーを抜くと光弾を弾き飛ばしながら突っ込んでいった。


「クソッ、なんだヤツは!? 装填は!?」


「五秒! もうすぐ打てます!」


 砲手のその声が聞こえていたかのようなタイミングで、輝星が叫んだ。


「全門撃てッ!」


 その瞬間、小惑星軌道上で砲撃態勢に移行していた機動砲部隊が30Mwブラスターカノンを発砲した。実に十八門もの一斉射だ。緑の光線が"ヴァライザー"に集中する。


「その程度の豆鉄砲で! 構わん、撃て! 反撃で消し飛ばせ!」


 しかし、その攻撃はすべて斥力偏向シールドにより拡散・偏向されあらぬ方向へと飛んでいく。"ヴァライザー"は無傷だ。機長は会心の笑みを浮かべたが、それと同時に輝星がフォトンセイバーを衝角のように突き出して突撃してきた。

斥力偏向シールドが機体を弾き飛ばそうと作動するが、先ほどの砲撃により負荷がかかっていたため所定の性能を発揮できず"カリバーン・リヴァイブ"は"ヴァライザー"の懐へと侵入を果たした。


「しま……ッ!?」


 機長が悲鳴じみた声を上げるがもう遅い。輝星が操縦桿のトリガーを引くと、右手で構えていた対艦ガンランチャーから大型のミサイルが白い尾を引いて発射される。狙いたがわずミサイルは"ヴァライザー"の左ひざに命中。ダメージこそ与えられなかったが、歩行要塞モビルフォートの巨体が揺らぎ、それと同時に巨砲が吠える。


「間に合った……!」


 着弾の衝撃で起きた照準のズレは極小だったが、広大な宇宙空間ではその程度でも致命的だ。超出力のビームは目標である皇国砲兵隊にかすりもせず、漆黒の宇宙へと飛び去る。


「三発目は撃たせない! ここで終わりだッ!」


 にやと笑って、輝星は対艦ガンランチャーを構えなおした。

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