第六十話 物騒なボーイズトーク

「お待たせいたしました」


 そこへ、喫茶店の店主がシルバーのトレイを手に話しかけてくる。二人の前に、注文していたケーキが置かれる。輝星はイチゴの乗ったショートケーキ、そしてアオはガトーショコラだった。


「生のイチゴなんて久しぶりだな」


 ケーキの上に一つだけデンと乗ったそれを、輝星は躊躇なくフォークで突き刺して口に運んだ。目じりが下がり、思わず息が漏れる。


「はぁ、たまんないね」


「好きなの? イチゴが」


「まあね。小さいときはさ、めったに食べられないご馳走だったんだよね、これが。今でもそれを引きずってるのかも」


 弾んだ声で答えつつも、輝星は名残惜しそうな眼をメインディッシュの消えたショートケーキに向ける。


「そうなんだ……。なら、今度箱で送っていい?」


「だめだめ、そんな無駄遣いしちゃ」


「姉さんみたいなこと言うね」


「兄さんだよ」


 輝星は苦笑いした。箱でイチゴを送られたところで、とても食べきれないだろう。


「それにこういうのはさ、めったに食べないからいいんだよ。毎日食べてたら飽きちゃう」


「そんなものなの?」


「毎日食べて飽きないのは米とパンだけだ」


「シュレーア姉さんなら、毎日ごはんだけで満足できそうだ」


 確かにと、輝星はつられて笑った。彼女の米好きはなかなかのものだ。食事中はいつ見ても片手に大きなドンブリを持っている。


「でも……戦場では、そんなことも言ってられないんでしょ?」


 ふと、表情を曇らせてアオが聞く。


「まあね。牛丼とエナジーバーだけで一か月くらい過ごしたこともある」


「ぎゅ、牛丼?」


「戦闘糧食の鉄板だよ。レトルトの米と肉が二重底のプラスチック・ドンブリに入っててさ……レンジで加熱したらすぐに食べられるヤツ」


「美味しくないの?」


 妙に興味津々なアオに、輝星は肩をすくめた。ショートケーキをフォークで小さく切り、そのカケラをぱくりと食べてから答える。


「味は悪くないよ。でも毎日食うもんじゃないよね」


「確かに、辛そうだね……やっぱり、戦争なんて早く終わってほしいよ」


 悲しそうな声でそう言いながら、アオは窓の外へと目を向ける。この店は港を一望できる位置にあるが、目に入るのは大小の軍艦ばかり。


「普段はね、ここは遊覧船とか漁船なんかがいっぱい停泊しているんだ。軍艦が大挙して押し寄せたせいで、みんな追い出されちゃった」


 視線を手元のガトーショコラに戻し、アオはそれをフォークでなぞる。チョコレート色の生地の上に、いくつもの線が引かれた。


「それだけじゃないよ。街の中も、避難してきた人でいっぱいで……みんな辛そうにしている。こんなことは早く終わってほしいけど、僕に出来るのは今日みたいな事だけ」


 ため息を吐いて、アオはぼやいた。


「弾薬や、食料を作れるわけでもない。自分から戦いに行くなんてもってのほかだ。家族が出征しただけで、怖くて怖くて仕方なくなるような臆病ものだもん、僕は」


「人の心配をするのと自分の心配をするのじゃあ、だいたい前者がしんどいものだけどね」


「何か手伝わせてと言い出せない時点で、そういう言い訳は通用しないよ」


 輝星はその言葉を聞いて、小さく息を吐いた。


「まあいいさ。こんな戦争、すぐに終わる。そうすれば、そんなことで悩む必要もなくなるだろ」


 フォークを皿にのせてから、輝星が鋭い目つきでアオを見る。


「……終わるの?」


「そのために俺はここにいる」


 輝星は決断的な口調で言い切った。


「昔、俺に『個人が戦争の趨勢を決められると思ったら大間違いだ』といったヤツがいた」


「……それで?」


「俺が相手の総大将をとっ捕まえて一発逆転大勝利だ。いい気分だったね」


「えっ……本当に!?」


 戦いなどまったく縁のないアオにも、輝星の今の話があまりにも現実味が薄いというのは理解ができる。いくら指揮官先頭が基本のヴルド人軍隊とはいえ、さすがに総大将には強力な護衛がつくものだ。そもそも、一兵士が敵大将に挑める状況に持ち込むことが難しいはずだろう。


「嘘言ったってしょうがないよ。あとでシュレーア殿下に聞いてみるといい。公式の記録に残ってるから、あの人も知ってるはずだ」


 輝星を雇用する前に、そのあたりはしっかり調べているだろう。その上、輝星の経歴にこういった逸話はいくつもある。伊達や酔狂で"凶星"などという大げさな二つ名を持っているわけではないのだ。


「結局、何が言いたいかというとさ。俺ってば滅茶苦茶強いんだ。最強を自負してるくらいには」


 にやと笑って、輝星はショートケーキの最後のひと口を頬張った。


「道理なんてものは、圧倒的暴力で蹴っ飛ばせば簡単に引っ込む! 戦争なんて、俺がさっさと終わらせて見せるさ。安心してくれ」


 とんでもない大言壮語だ。アオは心底愉快そうに笑った。


「とんでもないひとを兄さんにしちゃったかな? でも、安心した。ありがとうね」



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