第六十一話 女の子って怖い
「でもさ……ひとつ、気になることがあるんだよ」
「気になる?」
ガートショコラを小分けにしながら聞いてくるアオに、輝星は小首をかしげた。
「軍隊って、女の人ばっかりでしょ」
「そりゃあね」
ヴルド人の男女の身体スペック差は尋常ではない。輝星も大概貧弱だが、おそらくアオも体力は大差ないだろう。その上男性の数自体が極端に少ないとなれば、男の軍人などまずいないのも当然のことだ。
「怖くないのかなって」
「ああ、なるほど」
輝星は腕を組んで唸った。
「本当は、こんなこと言っちゃダメなんだけど……」
周囲を見回し、小さな声で輝星にささやくアオ。店内にはほかの客はいないものの、護衛の兵たちはたくさん居る。突如始まった内緒話に、護衛達の注目は嫌がうえでも集まった。思わずアオは赤面しつつも、そのまま続けた。
「今日のアレでも、僕は結構怖かったんだよ。ギラギラした目で見られて、囲まれて……」
「確かにそれは理解できる」
口をへの字にして輝星は頷いた。思い出すのは、カレンシア皇国に入国したばかりの時にチンピラ娘に絡まれた一件だ。あの時も、逃げようとはしたもののあっという間に捕らえられまともに抵抗できなかった。シュレーアに助けてもらわなければ、いったいどうなっていたことか。
「やっぱり、なんだかんだ体格も筋力も全然違うからさ。本気で抑え込まれたら、どうにもならないワケよ。向こうのモラルや善意を信頼するほかないというのは、やっぱりツライ」
アンティーク調の木製テーブルの表面を指先でたたきつつ、輝星が言う。護衛たちの幾人かが、申し訳なさそうな微妙な表情になる。輝星はそれを見て軽く笑い、そして手を振った。
「けどね、なんだかんだ今の今まで俺は無事なんだ。危ない目にあったことも何度もあるけどさ、そのたびに誰かが助けてくれた」
まあ、情けない話だけどね。そう言って輝星は笑みを深くする。
「何が言いたいかというと、人間って結構捨てたもんじゃないってこと。だからさ、俺は無駄に疑ったり怖がったりするのはやめたよ」
「そうやって……割り切れるものなの?」
「まあね。でも、きみの場合はそんなスタンスじゃあ周りが困るかも。良し悪しだよね」
慌てたようにウンウンと頷く護衛たち。もしこの場にシュレーアやサキが居れば「お前ももうちょっと気をつけろよ!」と突っ込まれていたかもしれない。あり得そうな想像をして、輝星は若干申し訳ない気分になった。
「そもそも、俺は
「そう言えば、なにかの本で読んだことあるかも。
「だいたいね」
輝星は不満そうな声で答えた。残念ながら、輝星は例外だ。
「
そういって輝星は自分の携帯端末を操作して、一枚の写真を表示させた。それを見たアオが口をあんぐりと開ける。
「知ってる、これゴリラって生き物でしょ」
「失礼だな、俺の義兄だよ」
端末に表示されている写真は、白いタンクトップを纏った筋骨隆々の青年が映っている。短い黒髪に、白い歯。暑苦しさとさわやかさを兼ね備えた好青年といった風情だ。
「ご、ごめん。でも
「ヴルド人的にはそっちのほうが想像しやすいだろうけどね。背が低くて、華奢でさ」
アオは輝星よりなお小柄で体も細いが、これはヴルド人男性のごくごく標準的な体形だ。ヴルド人基準で言えば、輝星はむしろ長身の方だと言える。なにしろ、ギリギリ百六十センチ以上はあるのだから。
「女性は似たような体形なのにさ、結構不思議だよね。ま、身体能力は段違いにそっちのほうが高いわけだけど」
「確かに」
ココアをちょびちょびと飲みつつ、アオは頷く。なにしろこの辺りの地域はヴルド人の国ばかりだ。異種族間交流などしたことがないのだろう。
「面白いね、こういうの。世界にはいろいろな人たちが居て、でも僕が知っているのはそのごくごく一部だけ。平和になったら、留学とかしてみたいよね」
「いいじゃないの」
頷きつつも、輝星は小さく息を吐いた。
「出来るだけ早くそれが実現できるよう、俺も頑張らなきゃな」
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