第五十六話 言いくるめられる妹

 "レイディアント"にシュレーアたちの弟……つまりはカレンシアの皇子が来る。そんなことは聞いていないと困惑するシュレーアに、フレアはあっけらかんとした様子で答えた。


「そりゃ、言ってなかったからねー」


「言ってなかったって……まずいでしょう。ここは飢えた狼の巣窟ですよ!? そんな中に気弱なあの子を連れてくるなんて」


「飢えた狼の代表が言うと説得力が違うでありますな……」


「私は輝星さん専門なのでセーフ! セーフです! 公認なので!」


「うわ、開き直りやがった!」


 頭が痛くなりそうな会話をしている三人に、輝星は額に手を当てた。自分に素直になれとは言ったが、公認を出したつもりはない。断じてだ。


「そもそも護衛とか言われても困るんだけど。ストライカー乗っていいの?」


「駄目に決まってるよね? ストライカーで個人の護衛する人がどこに居るのかなー?」


「ストライカーに乗ってないときの俺の戦闘力なんて、そこらのお婆さん以下なのよね。そんな貧弱な護衛ってどうなのさ」


 ヴルド人男性は一般的に地球人女性かそれ以下の筋力しかないが、輝星の体力も地球人の平均を大きく下回っている。下手をすれば、護衛対象に守られる羽目になりかねない。


「いや、護衛云々はあくまで名目だからね? まさかそんな危ない目に合わせたりするわけないじゃん?」


「マジすか……」


 げんなりとした様子で呟く輝星。いい加減、一か月以上まともにストライカーに乗っていないのだ。そろそろ訓練を始めて、できるだけ早く調子を取り戻しておきたいところだった。


「というか、なぜあの子が……アオがここに来るのです? ちょっとよくわからないんですが」


「そりゃ慰問のためだよ。なんといってもアオは国民からも軍からもアイドルみたいに人気があるからねー、ちょっと兵の手でも握ってやれば、士気も爆上がり間違いなしさ」


「そりゃあ、あの子は可愛いですが……姉として、そういった任務に弟を向かわせるのは、ちょっと」


 反対意見を述べるシュレーアに、フレアがため息をついた。そして彼女の背後に回り、今度こそ輝星に聞こえない声量で囁く。


「この機会に家族ぐるみで仲良くなってさ、外堀を埋めるわけ」


「な、なんと……姉上、策士ですね」


「まーね。シュレーアちゃんもさ、この戦争が終わったら『ハイ、さよなら』なんて関係で終わるつもりはないんでしょー? 輝星くんとは」


「それはもちろん」


「でしょー? だったらお姉ちゃんに任せておきなさい」


 こそこそ話を続ける二人に、ソラナが厳しい目を向ける。そして輝星にそっと耳打ちした。


「どうやらよからぬことを企んでいる様子。十分気を付けておいた方がいいでありますよ」


「ま、まあフレアさ……フレアはどうか知らないけど、殿下は悪いひとじゃないから……」


「性根は善良でも、シュレーア殿下は自分の欲望に弱いところがあるので」


「それは確かに……」


 唸る輝星に、ソラナは神妙な表情で頷いた。シュレーアの直属の部下となって長い彼女は、シュレーアの性格に関しては熟知していた。


「えー、とりあえず話がまとまりました。輝星さん、どうか我が弟……アオの付き添いをお願いできませんか? ずっと女ばかりの環境ですし、さすがに疲れているのでは。久しぶりに同性と話すのも、気分転換になって良いのではないかと思いますが」


「あ? ああー、まあ、確かに。最後に男と話したのは、いったい何か月前やら」


 眉をひそめながら、輝星は頬を掻く。戦場に居る限り男と顔を合わせる機会などない。かつては同性の相方が居たが、少し前に婿入りして別れてしまった。


「そうでしょうとも! アオは少しばかり引っ込み思案なところはありますが……気立ての良い、いい子ですよ。きっと仲良くなれると思います」


「そうそう。なんだったら二人っきりで話せる場もセッティングするからさー? 好きなだけボーイズトークすればいいんじゃないかなー?」


「そうかな? まあ、そういうなら……」


「言ってる端から丸め込まれているでありますよ……」


 険しい表情でソラナが首を振る。そして小さな声で呟いた。


「と言うかまさか薔薇の間に挟まるつもりではなかろうな、この女ども……ええい、なんとしても止めねば」


「不敬罪待ったなしの言葉が聞こえたような気がするけど、気のせいかなー?」


「なんのことやら。幻聴では?」


「ならいいけどさー?」


 非友好的な視線をぶつけあう二人。最近やっとシュレーアとサキの仲が改善してきたと思ったらこれである。まさか自分はいわゆる『サークルクラッシャー』になっているのではないかと、輝星は不安を覚えた。


「あんまりキリキリしてると体壊しますよ、ほんと……これでも食って落ち着いてください」


 そう言って輝星はポケットからいつものキャンディーを出してソラナに押し付けた。受け取った彼女は、「むっ」と眉を跳ね上げる。


「初めて異性からもらったプレゼントが飴玉とは……」


 嬉しそうにも不満そうにも見える不思議な表情で棒付きキャンディーを頬張るソラナに、フレアが苦笑した。


「いったいいくつ持ってるのさ、それ」


「たくさん」


 さらに四つほどの棒付きキャンディーを出して見せる輝星。フレアとしては、笑うしかない。


「ま、まあ、そういうことで。明日はお願いねー? 輝星くん」


「おーけーおーけー、ありがたく羽を伸ばさせてもらいましょ」


 結局、そういうことになった。


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