第五十五話 グイグイくる姉

「はあ、やっと終わった」


 輝星は大きなため息を吐いてから、大きく体を伸ばした。結局、あれから会議が終わるまで数時間もかかった。彼はその間、時折意見を求められる以外は特にすることもなかったので、とても退屈な時間を過ごす羽目になっていた。


「おつかれさーん」


 そんな声とともに、輝星の頬に冷えたカフェオレの缶が押し当てられた。思わず悲鳴じみた声を出す輝星に、下手人がからからと笑った。


「ごめんごめん、びっくりした?」


 慌てて振り返ると、そこに居たのは先ほどの会議でも少しだけ話した、兵站部門の軍服を纏った少女だった。遠目で見てもシュレーアによく似ていたが、近くで見ても瓜二つだ。服装と髪型くらいしか違いがない。


「あ、ええと、殿下……シュレーア様のお姉さまでしたか?」


「そそ。シュレーアの双子の姉、フレア・ハインレッタとは私のこと。よろしくねー」


 フレアは輝星の隣の椅子にするりと座ると、ニコニコ笑いながら彼の手を握ってぶんぶんと振った。妙にフレンドリーな態度に、輝星の額に冷や汗が浮かぶ。


「ど、どうも」


「硬い硬い。敬語なんか使わなくていいし、呼び捨てでいいからねー」


「それはさすがに不味いのでは?」


「いーのいーの! 皇族たって皇位継承権はシュレーアちゃんより下の末端だからねー、私」


「左様で……」


 シュレーアとほとんど同じ容姿でこのようなハイテンションな態度をとられると、かなりの違和感がある。引きつった笑顔で頷きつつ、受け取ったカフェオレ缶をあけて口をつける。


「ふう……疲れた時には、やっぱり甘いものがいいね。ありがとう」


「どういたしまして!」


 嬉しそうな表情で頷くフレアに、輝星はポケットから棒付きキャンディーを取り出して渡した。いつも食べているストロベリー味のヤツだ。


「これ、お返しということで」


「んふふ、人間が出来てるね。お義姉さんうれしいよ」


「なんか姉のニュアンスが変じゃなかった? 今」


「気のせいじゃないかなー?」


「そ、そう……」

 

 上機嫌に飴を頬張るフレアに、輝星は何も言えなくなってしまう。なかなかやりにくい手合いだった。


「おや、輝星さんに姉上。変わった組み合わせですね」


 そこに、疲れた様子のシュレーアがやってくる。物珍しいものを見る目を二人に向け、そのまま輝星の隣に座ろうとする。しかしそれをフレアが止めた。


「あ、シュレーアちゃんはこっちで」


 自分の座っていた席から立ち上がりつつそんなことを言うものだから、シュレーアは不思議そうにしながらも促されるまま腰を下ろした。そのままフレアはシュレーアの隣に座る。ちょうど、シュレーアが輝星とフレアに挟まれた形だ。


「ところで、ずいぶんと親しそうにお話しされていましたが……お二人って面識ありましたっけ?」


「いや、今日が初対面だけど」


「で、ですよねえ。ははは……」


 ハッキリと言い切る輝星に、シュレーアが乾いた笑みを浮かべた。


「まま、たぶん長い付き合いになると思うからさー? ねー、シュレーアちゃん」


「ま、まあそうなれば嬉しいなとは思ってますが」


 露骨な言い草に、シュレーアは思わず頬を真っ赤にしながらそっぽを向いた。フレアがにやりと笑い、シュレーアの肩をぽんぽんと叩く。


「ところでさ、参考までに聞いておきたいんだけど……」


「な、なんです?」


 そのささやくような声に、思わず自分も声を小さくして聞き返すシュレーア。


「シュレーアちゃん的にさ、連婚れんこん


「ええっ!? ……う、まあ、姉上ならば異存はありませんが」


「本当!? やたっ!」


 小躍りせんばかりに喜ぶフレア。そんな彼女に、輝星は微妙な目つきで視線をおくった。


「なんか妙な単語が聞こえたんだけど……連婚ってなに?」


「あっ、ヤバ、聞かれてた」


 あからさまに焦った様子のフレアは、しらじらしく笑いながら口笛を吹いた。


「な、なんのことかなー? お義姉ちゃんそんなこといってないけどナー」


「いや言ってたよね。何なの連婚って、ねえ!」


 詰め寄る輝星。しかしその問いに答えたのは、フレアではなかった。


「説明しましょう。連婚とはすなわち、複数の女性……おもに姉妹間で夫を共有する婚姻関係のことであります」


 ソラナだ。むっすりした表情の彼女は、青いセミロング・ヘアを揺らしながら輝星の隣に乱暴に腰を下ろす。


「ど、どうも……そ、それなら聞いたことありますね。連婚っていうのか、あの制度……」


地球人テランと違って我々ヴルド人は極端に男性が少ないわけでありますからな、こういった制度がなければ、大半の女性は未婚のまま一生を終えることになるのであります」


 腕を組んだソラナは、挑戦的な視線を二人の姉妹に飛ばした。


「もっとも、それは平民や下級貴族の話。皇族ともなれば、一夫一妻が基本ではなかったかとおもうのでありますが?」


「そうかなー? うちってば小さい国だしね。あんまりかたい事言う必要はないと思うけどなー?」


「ま、所詮は臣下の身。主家の婿にどうこう口を出す身の上ではないのでありますが……」


 言葉とは裏腹に牽制するようなソラナの視線を、フレアは能面めいた笑顔で正面から受け止める。


「あ、スイマセン、自分これからカップラーメン食べなきゃいけないんで。それじゃあ」


「ちょっと待ってください! 私を置いて逃げないでくださいよ!」


 胃が痛くなってきた輝星は、さっさとこの場から離れようと立ち上がろうとした。しかしその袖をシュレーアが掴んで止める。


「ご、ごめんごめん! 私ソラナちゃんとは仲良しだから、ねっ! ねっ!」


 逃げられてはたまらないと、フレアは慌てて立ち上がりソラナに背中から抱き着いた。


「ちょ、ちょっと! 殿下! やめてほしいであります! 小生、女同士はカンベン!」

 

「はっはっは、私も同感だよっ!」


 ソラナの背中をベシベシと叩いてから、フレアは体を放す。


「えーっと、その、それで……結局なんなんです? 姉上。何か用件があって輝星さんに話しかけたんでしょう?」


 妙な方向にいきつつある会話を修正すべく、こほんと咳ばらいをしたシュレーアが聞く。フレアはぽんと手を叩き「ああ、そうだったそうだった」と笑う。


「実は明日さ、私たちの弟がこのフネに来るんだよねー。輝星くんに、その護衛を頼みたいんだよ」


「えっ」


 いきなりの提案に疑問の声を上げたのは、輝星ではなくシュレーアだった。


「何ですそれ、聞いてないんですが……」

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