第四十七話 皇女、気合を入れる
クシェル星系第五惑星、クシェル・セカンダス。地球よりやや小さい程度のサイズの天体であり、テラフォーミング(技術のベースとなった惑星が地球ではないため正しくは"テラ"フォームとは呼べないが)により可住惑星化されている。貿易の要衝であるこの星系において、クシェル・セカンダスは巨大な港として機能していた。
そんなクシェル・セカンダスの第三宇宙港。洋上に設置されたメガフロート都市の埠頭に、皇国の紋章をつけた小型の高速船がつながれていた。
「うーん、もうちょっとかな……」
その船のすぐ前の桟橋で、輝星はぼんやりと夜空を眺めていた。シュレーアとの待ち合わせだ。彼女は商社との交渉のため、昨日から船をあけていた。予定ではもうすぐ帰ってくるはずだ。そのあと、例のレストランに行く手はずになっている。
「散歩くらいさせてくれりゃあいいのになあ。相変わらず軟禁とは……暇つぶしにも飽きてきたよ」
シュレーアの厳命により、輝星は外出を禁じられていた。この都市は栄えている分、治安もよろしくない。万一のことを考えれば、シュレーアとしては船の外へだしたくはなかったのだ。
もっとも、輝星としてはそれでは面白くない。第三宇宙港は埠頭の使用料が安く、格安の貨客船をよく利用する輝星としては馴染みの場所だった。安全な楽しみ方も心得ている。
「まったく……俺は箱入り娘じゃないぞ」
「ちょっと」
ぼやく輝星に、声をかけてくる者が居た。顔を向けると、グレーの作業服姿の女がいた。帽子を目深にかぶって顔を隠しているものの、その正体はすぐにわかった。
「牧島さん!? アンタ、"レイディアント"で留守番のはずじゃあ……」
その特徴的な黒髪のポニーテイルを見まがうはずもない。サキだ。彼女は口元に指をあてて、小さな声で答えた。
「馬鹿、お前みたいな無防備なヤツを放っておけるか。密航してきたんだよ! この船に」
彼女が指さしたのは輝星も乗ってきた皇国の高速船だ。
「この小さい船で!? よくバレなかったなあ」
「へへ、知り合いが居てな。かくまって貰ったんだよ」
「そりゃ……また。そこまでしてついてくるほど、俺って頼りない?」
半目になりつつ輝星が聞く。シュレーアもそうだが、この頃心配されてばかりだ。有難いといえば有難いのだが、過保護が過ぎるのではと思えてならない。
「そりゃあな。ストライカーに乗ってないときのお前なんて、生まれたばかりのヒヨコみたいなもんだよ。タチの悪いヤツにひょいとポケットにいれて持ち去られちまいそうだ」
「そこまでぇ?」
貧弱なのは事実なので言い返しにくいが、あまりのいいようにショックは隠せない輝星。
「それに、あの助平と二人っきりになるのもヤバい。なんか薬とか盛られたらどうするんだよ」
「いやそんなことするタイプじゃないでしょ殿下。ちょっとヘンタイみたいになってるときはあるけど」
「変態みたいなじゃねえよそのものだよ。それに自分じゃヤバイと思ってても抑えきれないときがあるんだよ、女には。男のお前にはわからんだろうが……」
「い、いやあ……」
貞淑なヴルド人男性ならともかく輝星は
「とにかく! お前にはコイツを渡しておく。しっかり持ってろ」
そう言って彼女が差し出してきたのは、何の変哲もない地味なデザインのペンだった。輝星は受け取ったそれをしげしげと眺めてみる。特に変わったところは見受けられないが……。
「そいつはいわば防犯ブザーだ。ボタンを押せば、信号があたしの携帯端末に届く。ヤバイと思ったら押せ、すぐに助けに行くから」
「また凄いもの持ってきたな……。そんな事態にはならないと思うけど、まあ有難く借りとくよ。ありがとう」
あまりの過保護ぶりに輝星としても思うところが無いわけではないが、百パーセント善意で用意してくれたことはわかる。文句は言わずに、いつものフライトジャケットの肩ポケットへひっかけた。
「よろしい。……っと、そろそろあの女が来るな。それじゃあな!」
ちらりと埠頭の方を見て、サキは船の中へと帰っていった。船の中には何人も船員が居るはずだが、隠れる様子はない。根回しされているというのは本当のことなんだろう。
「はぁ……」
輝星が小さくため息を吐いた。そのまま待つこと数分後、サキの言った通り、シュレーアが現れた。
「ど、どうも。お待たせしました」
明らかに緊張した声音でそう言う彼女の服装は、普段とは異なっていた。紺色の袴に、薄浅葱色の羽織。そして足元はブーツという大正ロマンスタイルだ。月光に照らされる和服姿の白髪美少女は、まるで一枚の絵のように美しい。
「ず、ずいぶんと気合が入った格好だねぇ」
冷や汗を垂らしながら輝星が聞いた。
「ど、どうです? 和食の店と聞いたので、ちょっと奮発して買っちゃったんですが」
「格好いいと思うよ、うん。隣に居る俺が浮きそうなくらい」
普段着姿の彼と並んで歩けば、目立つことこの上なしだ。行先は特にドレスコードがあるような店ではないので、そこでも完全に浮いてしまうだろう。どうしたものかと輝星はうなる。
「や、やった! ……じゃ、じゃない。そそそ、そんなことないですよ。普段通りでも、輝星さんはかわいらしいですから! むしろ私が釣り合いが取れてないと笑われそうで……ははは! 困りますねえ」
「んなアホな」
シュレーアも黙っていれば大概の美少女である。釣り合いが取れていないと言われるならば、むしろ自分の方に原因があるだろうと輝星は考えていた。もっとも、男子の希少性と彼の容姿を考えれば、正しいのはシュレーアの方なのだが。
「ま、まあそれはともかく! それでは、向かうとしましょうか!」
上ずった声でそう言いつつ、シュレーアは手を差し出してくる。
「えっ、手をつないで行くの!?」
「い、いや、淑女として、こういう時はエスコートせねば……」
白磁のような肌を真っ赤に染めつつシュレーアは答えた。その態度に、思わず輝星は笑ってしまう。
「案内するのは俺なんだけどね」
「あ! あわわ……そうでした……」
羞恥でさらに顔を赤くする彼女に、小さく息を吐く輝星。
「ま、いいや。行こうか」
「あ……」
彼女の手を取り輝星は歩き出した。頭の中が真っ白になったシュレーアは、目を白黒させながらそれについていくことしかできなかった。
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