第四十八話 皇女、泣かされる
その後、二人は三十分ほどかけて件の店へとやってきた。店員に案内された予約席は、畳敷きの小ぢんまりとした個室だ。掘りごたつが設えられており、テーブルには据え付け型のコンロが設置されている。
「ここのすき焼きはねえ、結構好きなんだよね」
「ほう、すき焼き」
コンロの上でぐつぐつと煮立つ平たい鉄鍋を見ながらシュレーアがごくりと生唾を飲んだ。
「好物なんですか? この料理が」
「好きというか、亡くなった母の得意料理がこれだったんだ。ここのは味付けなんかも似てて……ノスタルジーってやつかな」
「ほう、それは……早速いただきましょうか。楽しみです」
そういって、シュレーアは取り皿に取った肉を口に運び始める。さして高級でもない合成肉が使われているようだが、シェフの腕がよいのだろう。安っぽさを感じない、十二分に楽しめる味だった。しばし二人は、談笑しながら料理を楽しむ。
「ふむ、これは……日本酒が合いそうですね。輝星さんもどうです?」
メニュー表を確認しながらシュレーアが聞いた。しかし輝星は首を横に振る。
「いや、俺は滅茶苦茶酒に弱いから」
そもそも、輝星はギリギリ未成年だ。酒を口にした経験などほとんどない。せいぜい間違って口をつけてしまった程度だ。
「あっ、そうでしたか。失礼しました、ははは」
シュレーアも無理強いはしなかった。そのまま呼び出しボタンを押し、ふすまを開けて現れた店員にご飯の大盛だけを注文する。
「あれ、飲まないの?」
「一人だけ飲んだりしませんよ」
「悪いね」
「まさかまさか。こうして二人で鍋をつついているだけで十分すぎるほど楽しいですよ、わたしは」
酒も入っていないというのに、ひどく上機嫌な様子でシュレーアは笑った。それを見た輝星が思わず目を伏せる。愉快になるような話をするために彼女を呼んだわけではないのだ。彼としても、思うところがあった。
「……な、なんでしょう? 何か、まずいことを言ってしまいましたか……?」
その様子に、一転不安げな様子で聞くシュレーア。輝星は無理に笑みを作って、手を振った。
「いや、そういう訳じゃ。ただ、今日殿下を呼んだのは結構……シリアスの話をするためでね。だから、ちょっと」
「……なるほど」
思い当たるフシは彼女にもあった。思わず表情を硬くし、先を促す。
「やはり、先の作戦……ルボーア会戦の件ですか」
「まあそうだね。ただ、その前からでもある」
腕を組みながら、輝星はそう言った。
「……その節は、とんだご迷惑を。決戦に間に合わないなど、騎士にあるまじき醜態です」
先ほどまでの上機嫌な様子はどこへやら。明らかに自己嫌悪に満ちた表情でシュレーアは目をそらした。
「そこなんだよ、間に合わなかったことは問題じゃない。むしろ、結果オーライなんだよね。流石にあれだけの練度の部隊が直掩に帰ってきたら、俺としても相手艦隊のかく乱なんかできなかっただろうし」
輝星はじっとシュレーアを見つめつついうその言葉は、彼の本音だった。一撃与えてそのまま離脱したため、輝星は帝国近衛隊と正面から戦うことはなかった。
しかし、彼女らが精鋭部隊であるというのは最初の動きでわかっている。シュレーアとサキという十分な腕を持った二人のパイロットが足止めしなければ、近衛隊はさっさと主力艦隊の護衛に向かっていただろう。
「殿下も牧島さんも、果たすべき仕事は果たした。そして作戦もうまくいった。これ、励ましのつもりでいってるんじゃないよ。単なる事実を羅列してるだけ」
「しかし……輝星さんは重傷を負いました。守るべきものを守れない騎士など……」
「俺はねえ、守ってもらう必要はないの。少なくともストライカーに乗ってる間はさ」
彼女の言葉を切るように、輝星は決断的な口調でそう言い切った。
「お姫様……じゃないや。王子様じゃないんだよ、俺。パイロットなの。戦う人なの。一方的に守られるような存在じゃあない」
「そ、それは……確かですが」
思わずシュレーアは輝星から目をそらした。現実として守られているのは、むしろシュレーアの方だ。無論彼女としてもそれは理解している。しかし、納得できるかといえば否だ。男性を前に出して自分はのうのうとしているなど、彼女が信奉している騎士道が許さない。
「う、うう……いや、その通りです。理解はしているんです……」
じわりとシュレーアの目に涙が浮かんだ。乱暴な手つきでそれをぬぐう。頭に浮かぶのは、自分の無様な記憶ばかりだ。あれだけの醜態をさらしながら、ただ食事に誘われただけで完全に舞い上がってしまう。どこまで自分は単純なのだと、シュレーアは深く自己嫌悪した。
「す、すみません。なんと情けない……!」
なんとか涙を止めようとするシュレーアだったが、むしろ情けなさと羞恥心から余計に涙腺が緩くなる。ぼろぼろと大粒の涙がテーブルを濡らしていく。
「……聞かせたい話と、それから聞いておきたい話が一つずつあるんだ。いいかな?」
ひどく優しい声で聞く輝星に、シュレーアは視線を戻した。黒い瞳が真っすぐに彼女を見据えている。彼の目にはあざ笑うような色も、憐れむような色もなかった。
「どんな……話ですか?」
「この件の、根っこになる話。肝心要の部分」
静かな、しかし鋭い声音で輝星は言う。
「俺は、貴方は、どうして戦っているのか? それをお互いに知っておくべきだ。殿下の悩みを解消するにはね」
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