第四十五話 懲りない男

 食事を終えた輝星は、サキと二人でストライカー格納デッキへと向かった。シュレーアはというと、ソラナによって作戦会議室へと無理やり引き摺られていってしまった。今後の方針についての話し合いだそうだ。


「ああ、戻られたってのは本当だったんですね」


 そんな二人を迎えたのは"カリバーン・リヴァイブ"の機付長だ。汚れた顔に苦笑いを浮かべ、片手をあげる。


「どうもどうも。コックピット、ひどいことになってたでしょ? だいぶ難儀をかけたんじゃないかって」


 肺と内臓をやられ、しこたま吐血したせいで"カリバーン・リヴァイブ"のコックピットはほとんど殺人現場かなにかのような状態になっていたはずだ。掃除担当はさぞ大変だっただろう。


「いやいや、あの程度。被弾で滅茶苦茶になってるよりはよっぽどマシですよ。中身もご無事のようだし」


「いやあ、ははは。恥ずかしながら帰ってまいりました」


 照れたように笑う輝星。


「実は、こういうのは初めてじゃないもんで。慣れたもんですよ、入院なんて」


「お前、何度も何度もあんなことしてんのか……」


 サキが半目になった。そもそも、G負荷で内臓を破壊されるなどそうそうあるものではない。カタログスペックだけを追求した実験機ならともかく、"カリバーン・リヴァイブ"は汎用性と扱いやすさを重視した機体なのだ。もしパイロットがサキならば、全力全開でカッ飛ばしたところでピンピンしているはずだ。


「ヴルド人向けの機体って、だいたいとんでもなくオーバースペックだからさ。こいつに限らず」


 整備ハンガーに固定された状態でたたずむ白亜のストライカーに視線を送りつつ、輝星は言った。


「そんなんだから、地球人テランが無理すると簡単に体がぶっ壊れちゃんだよな、これが。まあ俺は地球人テランの中でもずいぶんと貧弱な方だから余計に、なんだけど」


「ああ、なんか聞いたことあるな。地球人テラン向けのストライカーは随分とヌルいスペックしてるとかなんとか」


「キミら、俺たちから見れば随分とデタラメな丈夫さしてるから。無理もないよ」


 法律で禁止されているサイバネ手術を行ったところで、地球人テランが彼女らにフィジカルで勝つのは不可能だ。当然、兵器に求められる安全性能も変わってくる。


「あー、なるほどね。ずっと疑問に思ってたことが解消しましたよ」


「疑問?」


 機付長の言葉に輝星が聞き返す。


「いやね、輝星さんの戦闘データ……随分と異様ですから」


「そりゃあ、あれだけの活躍すりゃ異様に決まってるだろ。単機で主力艦隊に突っ込んで戦力差一対二をひっくり返すとか人間のやることじゃねえよ」


 呆れたような口調のサキ。しかし機付長は「そうではなく」と彼女の言葉を否定する。


「機体各部の稼働率ですよ。あり得ないくらい低いんです。前提知識なしにこのデータを見たら、私はまったく才能のない素人が乗ってると判断するでしょうね。ありていに言えば、機体のスペックを全く生かせていない操縦ということです」


「機体スペックをいかんなく発揮しちゃったら俺死んじゃうんで……」


 旧式量産機ですらはっきり言って全力を出せば命が危ないのだ。ましてゼニスでそれを行えばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。


「なんつーか、宝の持ち腐れだな、それ……おれよりずっと強いヤツにそういうこと言うのは、不遜だと思うが」


 もはや、サキは輝星と自分の戦闘力の差を完全に受け入れていた。何やら思うところがある様子のシュレーアと違い、彼女は柔軟だった。これで生身でも強ければ可愛げがないのだが、彼は生身では極めて貧弱な上無防備だ。戦場で世話になるぶん普段は周囲の猛獣どもから守ってやらねばと、サキは考えていた。


「まあでも事実なんだよなあ、残念ながら。結構悔しいんだけどさ、身体が丈夫ならもっと戦えるのにって……わりといつも思ってるよ」


「やめとけ。無茶できるようになればなるほど無茶を続けるタイプだ、お前は。今くらいがちょうどいい」


「そうかねぇ?」


 口をへの字にしながら腕を組む輝星。


「というか、すでに無茶しすぎなんだよ。あたしらが到着した時には既にお前、面会謝絶の重傷ってんで顔も合わせられずに後送されていくし……滅茶苦茶心配したんだぞ」


「しゃーないよ。そうでもしなきゃ負けてた。ギリギリをひっくり返すには腹ァ決めて突っ込む他ないんだよね、やっぱり。使えるものは全部使わなきゃあ」


 決断的な口調でそんなことを言う輝星に、思わずサキが顔をしかめた。同じような状況になれば、同じように自分の体を犠牲にしてでも突っ込んでいくつもりなのは明らかだ。


「やめてくれよ? 被弾もしてないのに死なれちゃ笑えばいいのか泣けばいいのかわからなくなる」


「そうはいっても……」


「そういうパイロットへの負担をできるだけ軽くするのが、技術屋の仕事なんですよね」


 輝星の言葉を遮るようにして、機付長が空々しいくらいの明るい口調で言った。


「ということで、パイロット不在の間に"カリバーン・リヴァイブ"に改造を施しました。今までの戦闘データをフィードバックしてね。いわば輝星カスタム!」


「き、輝星カスタム?」


 自信満々の様子の機付長に、輝星はごくりと生唾を飲み込んだ。

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