第四十四話 敬語、やめていただきたいんですが
「そういや……入院中はマトモに戦争の情報が入ってこなかったんですけど、今どういう感じなんですかね?」
キャベツの千切りしかのっていない皿を名残惜しそうに箸で弄りながら、輝星が聞いた。
「あー……」
三杯目になるおかわりを大きな茶碗によそっていたシュレーアは少し考えこみ、茶碗を置く。
「それより、一ついいですか?」
「なんです?」
質問に質問で返されると思わず小首をかしげる輝星。
「その……敬語、やめていただきたいんですが」
「えっ、なぜに!?」
相手は雇い主で皇族だ。いくら残念なところがあろうと普通に考えてタメ口など利けるはずもな。時々、思わず敬語が抜けるときもあったのは事実だが。
「いやあ、そのぉ……なんといいますか。余所余所しいのは嫌といいますか、あんな女に負けたくないといいますか」
「ちょっと前にさ、あの気持ち悪いクソストーカー女に敬語を使うなって言われて従っただろ? それが悔しんだとさ」
「ええ……」
何でそうなると半目になる輝星だったが、サキの言葉に偽りはないようでシュレーアはモジモジとしつつ赤い顔でそっぽを向いた。
「それに、あなたに敬語を使われるほど上等な人間じゃないとハッキリ理解できましたし……肝心な時に間に合わない騎士になんの価値が……」
みるみる表情を曇らせながらブツブツとそんなことを独白し始めるシュレーアに、輝星は一瞬考え込んだ。どうやら、先の艦隊決戦に間に合わなかったことを気にしているらしい。
そうはいっても、精鋭の帝国近衛隊が全力で足止めをしたのだからそうそううまく突破できるはずもない。それに、直掩機として動いていればかなり手ごわい相手だったであろう近衛隊をくぎ付けにしてくれたのだから、むしろありがたいとさえ輝星は思っている。
「俺もシュレーアも、やるべきことはキチンと果たしたんだ。だから勝てたんだよ。気にする必要はないと思うけどね」
だからこそ、あえて輝星は敬語をやめてそう言った。このくらいで彼女の気が楽になるというのならば、簡単なものだ。
「う、いえ、しかし……」
そこまで言って、シュレーアは輝星とサキを交互に見た。祝いの席でもあるし、情けない姿も見せたくない。暗い気持ちを内心に押し込めつつ、彼女は笑顔で頷いた。
「そうですね、すいません」
そんなシュレーアの様子に、輝星は明らかに納得していない様子で小さく息を吐く。彼女の気持ちもわかる。追及をすることはなかった。
「ええと、それで……今の戦況でしたか。落ち着いてますよ。向こうは戦艦をいくつも失ったのがショックだったのか、全然動きがないし。こっちもダメージが大きくて攻勢に出るのは辛い」
「膠着状態ってやつだな。しばらく演習しかしてねえよ、あたしも」
「なるほどね」
頷く輝星。たいてい、大きな作戦の後にはこうなるものだ。双方、動くに動けない状況と見える。
「そういえば、皇王陛下は? "グロリアス"が被弾してたみたいだけど、無事なのかな」
「ええ、まあ。ひどい怪我を負いましたが、幸い命に別状はありません。今は皇都の……輝星さんが入院していた例の病院で療養しています。流石に指揮を執れる状態ではありませんから」
「ああ、あそこに。やけに立派な病院だと思ったけど、皇族も利用するような所だったとは……」
幸い、治療費は皇国持ちだった。後から入院費を請求されても、輝星は払いきれないだろう。
「もっとも、そのせいで名目上の皇国軍の総大将は私になってしまいました。流石に実質上の指揮はもともとの幕僚陣に任せていますが」
皇都の総司令部の幕僚たちがずらずらと"レイディアント"乗り込んできて、ソラナたちと毎日喧々轟々とやりあっているのだ。自分が総大将などというものの器ではないことを理解しているシュレーアとしては、つらいものがある。
「そりゃまた……大変だねえ」
「ええ……」
深い深いため息を吐いて、シュレーアは白米を口に運んだ。
「幸いにも、もうすぐ出張任務があります。そこで羽を伸ばしてきますよ」
「出張?」
「あたしも聞いてないっすよ。偵察にでも行くんすか?」
「そんな物騒なものではありませんよ。物資の買い付けです。クシェル星系……ご存じでしょう? 大きな交易ハブ港のある」
「ああ、あそこか」
輝星も聞きなじみのある場所だった。多くの
「何度も行ったことがありますよ。この辺りでは一番馴染みの星系です」
「ほう!」
シュレーアの目が輝いた。
「では、一緒に行きますか? 軍所有の高速船を使うので席は取れますよ」
「え、なにそれ、ズル……」
「ああ、じゃあお願いしようかな」
思わず零すサキに苦笑しつつ、輝星は頷いてみた。そしてふとしばし考えこむ。
「……よく行く店があるんだよ、あの星。良かったら、二人で……どうかな?」
「え、えっ!?」
「は!?」
二人が同時に声を上げた。サキが何かを言おうとしたが、椅子を蹴り飛ばすような勢いで立ち上がったシュレーアに阻まれる。
「よ、よろしいのですか?」
「そりゃ、もちろん」
「ぜ、ぜひぜひ! お願いします! いっやったああああああああああ!!」
降ってわいた幸運に、シュレーアは踊りださんばかりの勢いで大喜びする。サキが苦々しい表情で輝星を見た。
「おい、あたしも連れてけよ」
「駄目」
「なんでさ」
すげない輝星の答えにサキは口を尖らせる。
「二人じゃないとできない話をするから」
聞こえようによっては愛の告白でもするかのような言い草だった。だが、輝星の目にそういう色はない。むしろ、気が重そうな様子すらある。どうも尋常なことではないなと察したサキは、それ以上文句がつけられなくなってしまう。
「……ったく、しゃーねーな」
「ごめんよ」
小さな声で話し合う二人だったが、喜色満面といった様子のシュレーアはそれに気づかず一人で大盛り上がりしている。それを見たサキは深い深いため息を吐いた。
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