第三十二話 ルボーア会戦(2)

「誰が撃てといった! 誰が!」


 皇王アリーシャの憤慨のしようは凄まじいものがあった。敵主力が軌道上に居る段階でこちらの位置が露呈するなどあってはならないことだ。

少ない手勢で戦うために、皇国の部隊は密集して布陣していた。それは向こうも予測しているだろうから、これから帝国艦隊は皇国主力部隊のすぐ近くに降下してくるはずだ。


「撃つなと厳命しておいたはずだ。なぜ撃った!」


「敵の大将は……ディアローズはわが兵士たちからも恨みを買っています。それが無防備に出てきたのですから、我慢が利かなくなったのでしょう」


「無防備?露骨な陽動だろう! あの距離からあの戦艦の装甲を抜ける兵器がわが軍にあるか!?」


「……ありません」


 憔悴した声で幕僚が答えた。その隣に居る参謀が、焦った表情でアリーシャに言う。


「陛下、わが軍にはいまだ展開の終わっていない部隊もあります。とにかく時間を稼がねばまともに戦えませんよ!」


「わかっている!」


 基地戦隊や惑星軍の地上部隊は鈍足の民間輸送船でどうにかかき集めてきた戦力だ。到着も遅かったため、戦闘態勢になるまで時間がかかる。そんな状態で敵の攻撃を受ければ、まともな反撃などできるはずがない。


「いったん部隊を下げろ。ただでさえ少ない手勢が各個撃破されては話にならん。基地の防衛設備と協働していったん防衛線を引き直す。艦隊も後退だ」


 命令を下すアリーシャ。だが、現場はとても上からの命令を実行できる状態ではなかった。


「すごい数ですよ! 私たちだけで対処できる数じゃありません!」


「撤退! てったーい!」


「うわーっ!」


 漆黒の宇宙を背に、多数の真紅のストライカーが白亜の大地に降り立つ。皇国主力機"クレイモア"の部隊は、それらから浴びせかけられるビームでまともに行動することすらできない。


「攻撃を分散させる! 私が前に出るからその隙に後退を!」


「無理無理無理! 大盾持っててもこんなの一瞬で焼き切られちゃう!」


「こんなことでビビってちゃ女じゃないわ! 行くわよ!」


「やめなさいおバカ!」


 両手持ちの大型のシールドを構えた"クレイモア"がスラスターを焚いて前進した。敵の射撃がその機体に集中する。同僚を制止した少女が歯噛みしつつ、決断する。この隙を逃してはならない。


「みんな、着いてきて!」

 

 スラスターをわずかに吹かして後退を開始する。ルボーアaの重力は弱いため、下手にスラスターの出力を上げると簡単に飛び上がってしまう。味方の機体も、彼女に従い踵を返した。

 それとほぼ同時に、前進した"クレイモア"の構えていた分厚い装甲を持つタワーシールドが完全に溶解した。いくつものビームが貫通し、機体が爆発を起こす。


「言わんこっちゃない……」


 その爆発を背に、少女パイロットが涙声で呟く。しかし感傷に浸っている間はない。幸い、惑星ルボーアaはクレーターだらけの起伏だらけの地形だ。それを生かしてうまく姿を隠せば戦いようはある。


「とにかく数を少しでも減らさなきゃ……」


 ちらりと計器に表示させたマップに目をやり、少女はごくりと生唾を飲んだ。フットペダルを踏み込み機体を加速させた。

 当然、帝国側も逃がすまいとブラスターライフルやマシンガンを撃ち込んでくる。少女たちは地面の起伏を盾にしてなんとかその攻撃を回避した。皇国パイロットたちはこの惑星の詳細な地形データを頭に叩き込んでいた。にわか仕込みではあるものの、地の利は皇国にある。


「獲物が逃げるぞ! 一機も逃すな!」


「背中を打ち放題! 楽に撃墜スコアを増やすチャンスね!」


 優勢な帝国パイロットたちはそれを逃すまいと追跡を開始した。遠距離で仕留められずとも、白兵で倒せばよいのだ。ライフルをしまい、剣を抜く者もいた。


「よし、ついて来た!」


 しかしそれは、少女の作戦のうちだった。彼女は開けた場所に差し掛かると、即座に真横へと飛んだ。仲間もそれに続く。

 一瞬遅れて帝国機も同じ場所にたどり着いた。とどめを刺すべくライフルを少女たちの"クレイモア"に向ける。


「撃てーっ!」


 だが、それと同時にすぐ近くの山岳部に身を潜めていた別の部隊が光学迷彩を解除した。現れたのは六機の"グラディウス改"と、機動砲と呼ばれるストライカーで操作する大型の大砲が三門。

 機動砲が火を噴いた。口径20cmの榴弾が"ジェッタ"の大部隊の真ん中に撃ち込まれた。榴弾は着弾の寸前に起爆し周囲に自己鍛造弾をばらまいた。大爆発が起こる。


「やったー!」


 爆炎が晴れると、そのにはおびただしい数のストライカーの残骸が落ちている。事前にレクチャーされていた味方の砲撃陣地に誘い込んだ少女の作戦勝ちだった。喜び勇む少女たち。

 しかし、先ほどの砲撃をはるかに超える猛烈な爆発が少女たちのストライカーと砲撃陣地で起こった。悲鳴を上げる暇もなく、皇国部隊は一瞬で全滅する。

 前線部隊から送られてきたデータをもとに帝国艦が艦砲による間接射撃を行ったのだ。多少とはいえ重力のあるルボーアaでならば、弾速を調整することで直接射線が通っていなくても砲撃を当てることが出来る。帝国側も支援体制は盤石だった。


「ポイントA304を制圧!」


「橋頭保を築く。周囲を警戒せよ!」


 後から現れた帝国ストライカー部隊が油断なくライフルを構えて進軍していく。戦闘はまだ始まったばかりだ。

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