第三十一話 ルボーア会戦(1)
「ふむ、ここまでは予定調和といったところか」
ルボーアaの地形図を見ながら、ディアローズが鞭を鳴らす。現在、帝国艦隊はルボーアaの軌道上にいた。周囲に敵影はない。しかし、皇国艦隊が惑星の地表付近で潜伏していることは明らかだ。
「殿下、いかがいたしましょう」
「いかがも何もない。敵は数も質も劣っているのだ。で、あるならば相手の取ってくる戦術はゲリラ戦法以外に選択肢はない」
腕を組みながら、何を愚かなことを言っているのだといわんばかりの表情でディアローズが参謀の問いに答える。
「ならば我らの取るべき選択肢も一つ。敵のペースに乗らず、正面から踏みつぶす。徹底的に敵の妨害策を排除するのだ」
そう言って彼女は鞭の先端でメインモニターに映る惑星ルボーアaを指さした。
「まずは本艦のみ先行させる。他の艦は即応体制のまま後方で待機せよ」
「まさか、殿下自ら囮になるおつもりですか!?」
総旗艦"オーデルバンセン"は皇族仕様の大型戦艦だ。真紅の塗装が基本の帝国艦の中では珍しく黒金の塗装色を採用しているという点でも、非常に目立つ。そんな悪目立ちする艦で先行するなど、撃ってくださいと言っているようなものだ。
「当たり前だ。大物を狙うならば餌も相応のものでなければならぬ。姿を隠して出来るだけ時間を稼ごうというのも向こうの戦術なのだぞ? それに付き合って惑星上をいちいち索敵して回るなど、あまりにも愚劣!」
衛星軌道上から相応の偽装を施してあるであろう皇国艦隊を見つけ出すのは不可能だ。こちらも地表に降り、至近距離から探すほかない。
しかし、地表での戦闘は高度を上げれば上げるほど不利というのがこの時代のセオリーだった。姿を隠すのが難しくなるうえ、敵の射線に晒されやすくなるからだ。それゆえに地上すれすれを飛行しながら侵攻することになるが、地形に衝突するリスクを考えれば当然航行する速度は低くせざるを得ない。
「それに、遠距離からの砲撃に多少被弾してもなんということはない。この"オーデルバンセン"は特別装甲が厚いのだぞ? それを有効活用するのは当然のことだ」
「も、申し訳ありません!」
ディアローズの放つ威圧感に、参謀はおびえた様子で謝罪した。彼女の声はとても美しいが、鞭で打たれるような一方的かつ暴力的な響きがあった。強く言われれば、どの部下も異論をはさむことなどできなかった。
「理解できたのならば疾く実行せよ! 言われたことすらできぬ軍人など野良犬未満であるぞ!」
「はっ! 舵そのまま逆噴射、三十秒!」
「舵そのまま後進、噴射三十秒」
艦長の命令を操舵手が復唱し、"オーデルバンセン"は船体各部のスラスターを逆噴射した。周囲の艦艇が後ろに流れ始める。対地速度を減速させたのだ。軌道が下がっていき、だんだんと眼下のルボーアaが大きくなっていく。
「軌道近点に到達、高度三万。敵要塞砲の射程内と推定されます」
「さらに減速だ。高度三万を維持せよ。主砲も榴弾を装填しておけ」
"オーデルバンセン"のメインロケットが微かに噴射炎を放ち、すぐに沈黙する。重力の小さい惑星だから、減速するにも加速するにしても噴射はわずかで済む。
「さてさて。あとは敵が喰らいついてくるのは待つだけだ。
不適にほほ笑むディアローズ。そしてその予測は見事に的中した。
「高熱源反応感知。敵弾、来ます!」
それから十数分後、索敵オペレーターが緊迫した声で叫んだ。艦長が回避を命令するより早く緑色の光線が"オーデルバンセン"の艦底に着弾した。しかし、そのビームは装甲を貫通せず塗装を焦がしただけだ。ディアローズが信頼するだけある素晴らしい防御力だ。
「よし! 発射地点を割り出せ!」
最初から囮になるつもりでセンサーを全開にしていたため、敵の位置はすぐに分かった。光学カメラがとらえた望遠映像がモニターに映し出される。数機のストライカーが身の丈より巨大な砲撃ユニットに搭乗し、その砲口をこちらに向けている。
「ちっ、機動砲陣地か。まあいい、そう広くは展開していないはずだ……各艦に通達、このポイントに降下せよ! "オーデルバンセン"は反撃だ! 上陸支援の後最後に降下する」
「はっ。 主砲照準合わせ!」
姿勢制御スラスターが焚かれ、巨大な船体が見た目にそぐわぬ機敏さでそくるりと旋回する。装備された三連装四基の
「照準完了」
「斉射せよ! 撃ち方はじめ!」
艦長の号令に合わせ、主砲が一斉に火を噴いた。発射されたのはビームではなく実体弾だ。艦載砲はたいてい、ブラスターとしての機能とリニアガンとしての機能を併せ持つ
そして補給の都合上、ブラスターとしての定格出力と砲口径は揃えられるのが通例だ。"オーデルバンセン"の主砲の定格出力は50Mw。つまり口径は50cmということになる。
「ふむ、やはり敵を粉々に粉砕するのは心地が良い」
当然、そのような巨砲の一斉射を受けた皇国ストライカー隊は跡形もなく消え去っていた。着弾地点には大きなクレーターが出来ている。
「だが、足りぬな。まだまだ楽しませてもらうぞ、皇国軍」
そういってディアローズは嗜虐的な笑みを浮かべた。
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