第三十話 皇王

 ルボーア星系唯一の惑星、ルボーアaは白っぽい岩石で覆われた小さな天体だ。重力も極めて弱く、大気も真空と言って差し支えないほどの薄さである。テラフォーミングには不適な不毛の惑星ではあるが、宇宙軍の基地としては逆に都合の良い環境といえる。


「布陣はどうか」


 真っ白な平原に着陸した皇国総旗艦"グロリアス"の艦橋で、皇王アリーシャ・ハインレッタは威厳のある声で効いた。長く艶めいた白髪と覇気のある表情は、二十になる娘がいるとは思えない美しさだ。


「第一、第二艦隊ともに所定の位置の展開は終了しました。全艦アクティブステルス展開中です」


 皇国艦に搭載されているアクティブステルス装置は旧式だが、大質量体である惑星を背にしているため十分に効果を発揮できるだろう。帝国艦隊もルボーアaに突入し、地上戦が発生することが予想される。戦力的に不利な皇国軍が勝利するには正面戦闘を避けゲリラ戦に賭けるほかない。そういう意味では帝国側の作戦は好都合だ。


(もっとも、それでも勝機は薄いが……)


 内心そう呟きながら、アリーシャは手元の液晶モニターに自軍戦力を表示させた。戦艦六、大型巡洋艦十四。第三艦隊との合流が成功しても、主力艦艇の数は帝国艦隊のやっと半分だ。防衛側の優位を差っ引いても、あまりに手持ちの戦力は心もとない。


(悲しいかな、期待できるのは件の傭兵のみだ)


 輝星が戦艦を一隻大破させたという報告は、アリーシャの元にも届いていた。敗戦続きの皇国軍において、久方ぶりの朗報だった。国家間の戦争の趨勢をたった一人の兵士が変えるなどあり得ない話ではあるが、それでも期待せずにはいられない。


「艦隊以外の戦力はどうなっている?」


「各基地戦隊からストライカーが三百機、ミサイル艇が五十艘到着しています」


 アリーシャの問いに幕僚が応えた。


「そのほか、惑星軍から抽出した多脚戦車が二百両ほど到着しています」


 艦橋の正面モニターに、ルボーアaの急峻な山を登る金属製のカニのような物体が映し出された。カニは背中に大型の砲塔を背負っている。

 これは多脚戦車と呼ばれる兵器だ。核融合炉を備え、複数の脚部と反重力リフターによるホバー機能であらゆる地形を踏破することが出来る。一G環境はもちろん、この惑星のような低重力環境でも運用が可能だ。足こそ遅いが、装甲も火力もストライカーより高い。頼りになる戦力だ。


「なるほど、十分だ」


 嘘だ。あまりにも戦力が足りない。しかし、臣下の見ている前で弱音など吐くわけにはいかなかった。アリーシャは半ば無理やりに顔に笑顔を張り付ける。


「敵の方はどうか。そろそろ斥候が来ていてもおかしくない頃あいだが……」


「駄目です、強烈なジャマーで周囲の星系の観測ができません」


「第三艦隊の強行偵察に対抗して妨害を強くしたか。敵には相当強力な電子戦巡洋艦がいるようだからな……」


 以前の戦いを思い出してアリーシャがうめく。索敵と通信を一方的に妨害され、まともな統制がとれないまま負けた戦いがいくつもあったのだ。帝国側の電子戦能力はかなり高い。


「だが、地の利はこちらにある。いざ戦闘が始まれば、遅れはとらないだろう」


 要塞化されているルボーアaは全土に有線通信網が設置されている。レーザー通信などの妨害されにくい方式でこの通信網とリンクしながら戦えば、敵の欺瞞がいくら強くとも組織的な戦闘は可能だろう。


「しかし、攻撃タイミングがわからないのは困ります。偵察機を飛ばしますか?」


「いや……偵察機など飛ばしても、迎撃機に墜とされるのが関の山だ。貴重な戦力をこれ以上浪費する余裕はない。スクランブル態勢のまま待機させておけ」


「了解しました」


 幕僚は抗弁せず、おとなしく頷いた。だが、その表情は不安げなものだ。この星系を墜とされれば皇国の敗北は決定的になる。不安を覚えるなというほうが無理だろう。


「私の……私の機体の用意はできているのか」


「……いつでも出撃可能な状態です」


「よろしい。場合によっては私自ら出撃する」


 最悪、陣頭指揮を執る必要があるかもしれない。士気が砕ければもはや軍を立て直すことはできなくなる。だが、そんなことをしなくてはならなくなっている時点でもはや手遅れかもしれない。アリーシャはひとり、クスクスと小さく笑った。


「ミシャが居れば、名代に立てられたが……仕方がない」


 ミシャはシュレーアの姉だ。指揮能力はもちろん、ストライカーの操縦技能にも優れていた。ストライカーに乗って前線に出る分には、アリーシャよりも役に立つだろう。

 しかし残念なことにミシャは以前の作戦で重傷を負い皇都の病院へ入院していた。命に別状はないが、戦線復帰はまだ無理だ。ミシャとシュレーアの他に娘は何人もいるが、悲しいかな将としての才能を持っているのはこの二人のみ。残念ながら、アリーシャが自ら前に出るほかなかった。


「まあ、とにかく今は敵の出方を待つほかあるまい」


 アリーシャが言ったその瞬間、索敵オペレーターが叫んだ。


「偵察衛星が高質量反応を察知! FTL超光速アウトです! 数と反応から見て敵主力部隊とみて間違いありません!」


「来たか!」


 さすがに同じ星系内であれば敵が来れば察知できる。アリーシャは司令席から弾かれたように立ち上がった。


「いきなり主力を投入か、思い切りが良い。接敵までの予想時間は!?」


「二十分です! 接続宙域と本星の最接近時を狙われました!」


 接続宙域とは、FTL超光速航行の突入や解除に適した宙域のことだ。FTL超光速航行は重力の影響を強く受けるため、安全に航行するためには星系外縁部の特定の宙域でFTL超光速ドライヴを作動する必要がある。

 そして、星系内部の移動ではFTL超光速技術を応用した亜光速航法が利用される。こんな小さな星系など、現代の軍艦にとっては箱庭のようなものだ。あっという間にこの惑星まで敵艦隊は到達してしまう。


「くっ、奇襲をするつもりで最初からこのタイミングを狙っていたな! 全軍戦闘用意!」


 大声で指示を出すアリーシャ。だが、基地戦隊や惑星軍はルボーアaに到着したばかりの部隊もある。二十分という限られた時間で態勢を整えるのは難しい。


(第三艦隊は……シュレーアはまだこないのか。ああ、神様!)


 アリーシャは心の中で祈った。

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