第二十五話 敵の狙い

「ふーっ、やっと帰ってこられた」


 "レイディアント"の格納デッキに機体を収めた輝星は、伸びをしながらそう言った。かなりの長時間を狭いコックピットの中で過ごしたのだ。疲労の色は濃い。


「いやしっかし無事に帰ってこられるとはな。さしものあたしも死を覚悟してたんだが」


「俺と一緒に飛んでるんだからヘーキヘーキ。今まで一回も僚機を墜とされたことないんだぜ、俺」


 朗らかに言いながら、輝星は腿に巻いたホルスターから棒付きのキャンディーを取り出した。イチゴ味と書かれた包装紙を剥ぎ、口に突っ込む。


「……いや、なんでホルスターに菓子なんか入れてるんだよ」


「疲れた時や気合入れたいときは糖分補給したいじゃないの」


「だからってなんでホルスターなんだ……」


 あきれ顔のサキ。


「パイロットスーツにはホルスターの他に収納できる場所がないからだよ」


「いや銃をいれておけよパイロットとして。いざという時の白兵戦はどうするつもりだよ」


「俺みたいなへたくそに銃に持たせようとするんじゃないよ。味方の背中を撃ったらどうするつもりだ」


「ノーロックでブラスターライフル当てまくる人間がノーコンな訳ないだろ!!」


 思わず怒鳴るサキ。ロックオンを使わないで射撃をしているということは、機体側の射撃コンピュータに頼らず照準しているということに他ならない。人外じみた射撃の腕がなければできない所業だ。


「いや、あれは俺の技術で狙っているわけじゃなくてだな……」


「二人とも、お疲れさまでした!」


 何かを言いかけた輝星だったが、駆け寄ってきたシュレーアの声によってそれは遮られた。戦闘をしたわけでもないだろうに、彼女はどこか興奮したような表情をしている。


「驚きましたよ! まさか戦艦を沈めてくるとは」


「沈めてませんよ、航行不能にしただけ」


「確かにしばらくすれば戦線復帰してくるかもしれませんが……推進ブロックが全損したのならば、完全な修復には数か月を要するはずです。大戦果ですよ! これは!」


「わははは、最強の面目躍如というヤツですよ。心強い相棒が居れば戦艦の一隻や二隻、なあ牧島さん!」


「もう二度とやりたくねえよあんなムチャ!」


 一個艦隊にわずか二機のストライカーで挑むなど正気の沙汰ではない。主力艦隊に対する対艦攻撃は本来、ストライカーが数十機以上は必要な任務なのだ。ゼニス・タイプが高い性能を誇るといっても、乗っているのは人間なのだからそう簡単に何人分もの働きができるわけではない。


「た、確かに無茶なのは事実ですね……大きな戦果を挙げていただけるのはとてもうれしいですが、墜とされては元も子もありません」


「その通りですよ、殿下。何とか言ってやってくださいよ……まったく」


 シュレーアは首を左右に振り、頬を軽くたたいた。そして視線を輝星に向ける。


「いくらお強いといっても、やはり援護下で戦ったほうがやりやすいでしょうし……今後は少数行動中の無理な戦闘は避けてください」


「ええー」


「お願いします。本格的な戦闘になれば、私も参戦できますから。"ミストルティン"の援護射撃は強烈ですよ?」


「隙あらば自分を売り込む」


「何か言いました!?」


「いやなんでも」


 じろりとシュレーアに睨まれたサキがそっぽを向きながら口笛を吹いた。少しは仲良くできないのかと、輝星の目が細くなる。


「で……敵の本丸の位置が分かったわけですが。これから俺たちはどう動くことになりそうですか?」


「ああ、そうですね。今のうちに説明しておきましょう。すぐに忙しくてそれどころではなくなりそうですし」


 シュレーアは頷き、いつの間にか傍らに立っていた高級将校用の制服を纏った青い髪の女性に声をかけた。輝星がこの艦来たばかりの頃にも一度見た顔だ。


「ソラナ、あなたから説明を」


「畏まりました」


 女性は生真面目そうな表情でうなずき、輝星に向けて洗練された動作で一礼する。いかにも、一流の訓練を受けた軍人といった風情だ。


「軍務侯のソラナ・ヴィルベント大佐であります。先日はまともな挨拶もできず、申し訳ない」


 ヴルド人の貴族階級の中には、領地の代わりに官職を与えられている者がいる。軍務侯はその一種で、要するに軍事に関わる仕事をしている侯爵ということだ。皇国の中でもかなりの重鎮ということになる。


「軍務侯? お若いのにすごいですね」


「母に押し付けられただけでありますよ。まだまだ修行中の身の上であります」


 照れもせずにソラナはそう言い切り、こほんと咳払いをした。


「本隊の位置が分かったことで、敵方の作戦が見えてきました。作戦の第一目標はルボーア星系の惑星ルボーアaと考えて間違いないと思うのであります」


「ルボーア? なるほど、そういうことか」


 サキが唸った。だが、この辺りの土地勘のない輝星にはどういう場所なのかわからない。それを察したのか、ソラナは説明を始めた。


「ルボーア星系は赤色矮星一つに大気もほとんどない小型の岩石惑星ひとつという小さな星系でありますが、基地戦隊の移動の際の中継地として補給基地が整備されているのであります」


基地戦隊とは、母艦を持たず惑星や宇宙要塞の基地に所属するストライカーやミサイル艇などの部隊のことだ。母艦がないため遠距離侵攻能力は乏しいが、数が多いため防衛などでは役に立つ。


「ここを制圧し自軍のストライカー基地とすれば、帝国側のストライカーがライドブースターのみで皇都に侵攻可能となります。そうなれば、もはや皇国軍に勝ち目はないと断言するのであります」


「相手は艦隊戦力のみで侵攻してくるつもりはないと」


「ええ。帝国軍の位置から逆算するに、艦隊が皇都に到達するにはルボーア星系を必ず通過するはず。そしてルボーアaに設置された基地には、多少ながら防衛設備が用意されているのであります」


「直接侵攻するつもりなら、わざわざこのルートは選ばないというワケですね」


「その通りです。……恥ずかしながら、皇都へ向かうルートすべてに要塞が設置されているわけではありませんから」


 目をそらしながら、シュレーアが言う。皇国は小さな国だ。懐事情的に、あまり多くの要塞を築くことはできなかったのだろう。


「と、いうわけで我々はルボーアaで防衛線を構築するであります。幸い、皇国の本隊がルボーア星系の近くに居るでありますから、そう時間はかからないはずであります」


「しかし、だとするとちょっと不味いんじゃあないですか? 参謀殿。現在位置から考えるのに、ルボーアに着くのはあたしらより連中のほうが早いのでは」


 サキが口をはさんだ。現在の第三艦隊は、遊撃のためかなり突出した位置に居る。まっすぐ帝国艦隊がルボーア星系に向かえば、防衛戦の開始に間に合わないだろう。


「ま、そこは本艦隊は遊撃担当でありますから……逆に言えば、敵艦隊の背後を突けると考えるべきでありましょう」


「そ、そういうもんですか」


 到着する前に決着がついてなければいいがと、サキは心配していた。


「まあ、そういう訳で我々は全速力でルボーア星系へ向かいます。しばらく時間がありますから、お二人はしっかり休んでください」


「出番はしばしお預けということですか、わかりましたよ。北斗、行こうぜ。腹減っただろ、なんか奢ってやるよ」


 話は終わりとばかりに、サキが輝星の手を引っ張って歩き出した。あわててシュレーアがそれを追いかける。


「ま、待ちなさい。私もちょうど時間が出来たのです! 二人きりになどさせませんよ!」


 どんどん遠ざかっていく三人の背中に、ソラナは大きなため息を吐いた。

 

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