第二十四話 損害と作戦と

「先遣艦隊から入電! 敵ゼニス、撤退したとのことです」

 

 帝国カレンシア派遣艦隊の総旗艦、"オーデルバンセン"。その悪趣味なまでに豪華な環境で、ディアローズはオペレーターからの報告に目を細めた。


「被害状況を報告せよ」


「は……戦艦"アルゴスター"が大破。司令のあるアルフェン伯ロージア様が一騎打ちの末撃墜されました。ただ、ケガなどはなくすぐに戦線復帰が可能だそうです」


「代わりなぞいくらでもいる婆の状態などどうでもよい。ストライカーの被害は」


「十四機が撃墜されました。ただ、パイロットは全員無事だそうです」


 ディアローズが鞭を鳴らした。オペレーターの肩がかすかに振るえる。


淑女・・的なことだ。有難くて涙が出てくるな? ん?」


「は、はい」


 敵ストライカーを撃墜するときはエンジンを狙い、パイロットは助けるのが輝星の流儀だ。サキもまた無益な殺生は嫌う性質タチだったため、帝国のパイロットたちは全員ケガもせずに母艦に救助されていた。


「"アルゴスター"の状態はどうだ? 作戦には使えそうにないのか」


「推進ブロックが全損しているそうです。現在僚艦に曳航されているそうでして……ドック入りしても自力航行可能な程度まで修理するのに半月、完全修理には二か月以上を要するとのことです」


「そこまで徹底的にやられたか」


 自らの頬を撫でつつ、ディアローズは口角を上げた。


「推進ブロックではなく艦橋や機関部を狙われていたら完全に撃沈されていたな」


 弱点となる推進ブロックは念入りに装甲化されており、その防御力は他の重要区画……バイタルパートと遜色ないものだ。貧弱なストライカー用対艦火器でそこまで破壊されるというのは、尋常ではない。そう簡単に沈まないからこそ、戦艦は軍の象徴として戦場に君臨しているのだ。


「それをわずか二機……いや、対艦火器をもっていたのが一機ということであれば、実質単機か。くくく……前代未聞の醜態だな?」


 古今、宇宙戦艦がストライカーに沈められた例はいくらでもある。しかしそれは大部隊を用いて飽和攻撃を仕掛けられた場合の話だ。いかにゼニス・タイプのストライカーが強力とはいえ、このような少数で戦艦が攻略されたという話をディアローズは聞いたことがなかった。


「そ、その通りでございます……申し訳ありません」


 ディアローズの迫力に負け、オペレーターは反射的に謝罪していた。もちろん彼女には何の責もない。だが、ディアローズは嗜虐的な表情でこう言い放った。


「まったくだ、無能な犬どもめ!」


「ひっ……!」


 抗弁して不興でも買えば、裁判もなしに斬首されかねない。何も言えなくなったオペレーターは震え上がることしかできなかった。


「それで……これをなした敵のパイロットというのは、例の傭兵で間違いないのか?」


「は、はい。ロージア様との一騎打ちの名乗りでは、北斗輝星と名乗っていたとのことです。……確かに、男の声であったという報告も多数上がっております。本物とみて間違いないかと」


「ふ、くくく……そうか。本当に男の、ここまで強いパイロットが居るのか。まったく面白い」


 にやにやと好色な笑みを浮かべながら、ディアローズが独り言ちる。貴重な戦力を削られた不快感や怒りは、その表情からは感じられない。心底愉快といった風情だった。

 

「殿下……しかしこれは、ゆゆしき事態でございますよ。まだ本格的な交戦も始まっていないというのに、戦艦一隻が喪失などというのは」


 初老の参謀が恐る恐るという風に諫めた。まだ帝国軍は、皇国軍の本隊すら発見していないのだ。その上、こちらの本隊の位置も知られてしまっている。この情報アドバンテージの差と戦艦を失ったことによる戦力低下の影響は大きいだろう。


「一隻程度、構うものか。ましてあの艦隊は諸侯軍、いわば外様だ。皇帝直轄の精鋭は丸々無事なのだぞ? 何を臆する必要がある」


「確かに、総合的な戦力ではいまだにわが方が圧倒的ではございますが……局地的とはいえ敗北するのは、殿下の栄光を汚すことになるのではと」


 戦力差は圧倒的だ。本来ならば圧勝できなければおかしい。多少でも苦戦してしまえば、ディアローズの評判に傷がついてしまうのではないかと参謀は危惧しているのだ。


「口を動かすしか能のない駄犬どもには、好きなように言わせておけばよいのだ。どのような過程を経ようが、最終的に勝利するのはわらわだ。なぜならばわらわは、ディアローズ・ビスタ・アーガレインであるからな」


 豊満な胸を張り、ディアローズはそう言い切った。


「……納得いたしました」


 参謀は小さくため息を吐きつつ頷いた。彼女にはその傲慢ともいえる言動を納得させるだけの経歴を持っていたからだ。ディアローズの従軍経験は長い。そして彼女の指揮した戦いは連戦連勝だ。その事実が、ほかに姉が居るにも関わらず彼女の地位を皇位継承権第一位まで引き上げていた。


「では、作戦の方はいかがいたしましょう。このタイミングでこちらの場所が発覚した以上、我々の狙いは向こうも理解するでしょう。このまま進軍するのはよろしくないのでは」


「いや、すでに前線は構築されつつある。一時撤退はするべきではない」


 ここで艦隊を反転すれば、すでに交戦中の前衛艦隊を見捨てることになる。前衛戦力の中心は駆逐艦や中型以下の巡洋艦であるため、戦艦と違って補充は容易ではある。しかし本国から輸送してくることを考えれば、それなりに時間がかかってしまうだろう。この作戦さえ成功すれば皇国は落ちるのだ。下手に時間を与えて部隊を整える余裕を与えるのは得策ではない。


「作戦はこのまま継続だ。目標の変更はせぬ。なに、敵がどこで防衛線を敷くかは容易に予想が出来るのだ。入念に準備をして食い破ればよい」


「はっ、承知つかまつりました」


 深々と一礼する参謀に、ディアローズはニヤリと笑いかけた。


「それにしてもだ。戦艦の一隻二隻よりもよほど価値ある情報を知ることが出来た。僥倖だとは思わぬか?」


「価値ある情報とは……?」


 いぶかしげな参謀。今のところ、悪い情報しか入っていないように思えたからだ。


「北斗輝星だ。わからぬか? 相手が難物であれば難物であるほど、より価値があるというものだ。ますます欲しくなった」


「そこまで手に入れられたいのですか、その男が」


「無論だ。妹を退けたと聞いた時点で興味はあったがな。こうしてわらわの前に直接立ちふさがるような真似をされれば……くくく、好意を覚えるなという方が無理であろう?」


「……交戦の際は、生け捕りにするよう下知をしておきます」


 渋い表情で参謀は答えた。相手は尋常なパイロットではない。普通に戦っても、いったいどれほどの被害が出るのかわからなかった。


「うむ、任せる。くく、ヤツを滅茶苦茶にしてやるのが楽しみだ……」


 環境の正面モニターに映る宇宙を見据えながら、ディアローズは陶然と呟いた。

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