第二十三話 貴族の義務

「ふー……やっとアガリだ」


 "カリバーン・リヴァイブ"のコックピットで輝星がため息を吐く。最初の一発を撃ち込んで三分、持ってきた対艦ミサイルすべてを推進ブロックに命中させることでやっと敵艦を航行不能にすることに成功した。

 もっとも、機関部や武装は生きているためいまだに激しい対空砲火が上がっている。撃破とは言い難いが、これでは戦列への参加は不可能だ。成果としては十分だろう。

 

「マジでやっちまいやがったな、勲章モンだぜ?」


 なおも降り注ぐ敵からの射撃を回避しながらサキが笑う。輝星が暴れている間に、随分と彼女も撃墜スコアを伸ばしたようだ。

 

「単機で戦艦を墜とすパイロットなんか聞いたことねえぞ、まったく!」


「単機? 二機だろうが!」


 黒煙を吐き出す戦艦を背に離脱しつつ、輝星が言い返した。一隻は大破したとはいえ、まだ敵艦隊には戦艦三隻ほか多数の無傷の軍艦が居るのだ。それらの撃ちだす対空砲が極地のオーロラめいて漆黒の空を彩っている。一発でも当たれば撃墜は免れない死のオーロラだ。

 

「相方が強いと安心感が違うワケよ、やっぱりさァ!」


 実際、輝星が敵艦隊に到達できたのは、サキに攻撃が集中していたというのも大きい。言い方は悪いが、囮のような役割を果たしてくれたわけだ。サキを無視して輝星を狙おうにも、彼女の技量と"ダインスレイフ"はそれを許さないだけの力がある。

 

「お前みたいなヤツに言われると嫌味に聞こえるぜ!」


 "ジェッタ"をバッサリと袈裟切りにしつつ、サキが苦笑した。バチバチとスパークする敵機の残骸を無視して"ダインスレイフ"がスラスターを吹かし、艦隊から離脱してきた"カリバーン・リヴァイブ"と合流する。

 

「うるせー! マジで言ってるんだよこっちは!」


「ああそうかい! 嬉しいねえ!」


 "カリバーン・リヴァイブ"のライフルと"ダインスレイフ"のカタナが同時に敵機を捉えた。二機同時撃墜、まさに鬼神の戦いぶりだ。

 

「ゼニス相手とはいえここまで違うか!」


「パイルバンカー……まさかあの白いの、噂の"凶星"なんじゃ」


 さしもの帝国精鋭とはいえ、こうも翻弄されれば動揺も広がってくる。数の上ではいまだに圧倒的に優勢であるにもかかわらず、帝国パイロットの間には負け戦のような空気が漂っていた。

 

「しっかりしなさい! それでも栄えあるエルガルド家の兵士ですか!」


 だが、そんな彼女らを一喝する者がいた。老年の、しかし覇気のこもった声だ。まだ無事な一隻の戦艦から出撃してきた、青いストライカーが出所だった。

 

「伯爵様!」


「なんてことだ、お館様がご出撃なされた!」


 艦隊司令であるロージア・フォン・エルデガルドが自らのゼニスを駆って出撃してきたのだ。自分たちのために危険を顧みずに司令が出撃してくれたという事実と、強大な戦力であるゼニスが援軍が来たという安心感から、下がっていた帝国兵たちの士気が一気に上がる。

 

(しかし、困った……)


 しかし、当のロージアといえば愛機のコックピットで冷や汗を浮かべていた。彼女はすでに老人と言っていい年齢だ。鍛錬こそ怠っていないが、目の前で大暴れしている皇国のゼニスのパイロットの尋常ならざる腕前に対抗できるとは思えなかった。

 それでも出撃してきたのは、参謀に強く要請されたからだ。危機的状況で艦の安全な場所に居るような貴族は、ほかの貴族や平民たちからの尊敬を失う。貴族の本質は戦士であるというのが、ヴルド人の文化だからだ。ひとたび臆病者という評価が与えられれば、部下からも治めている平民たちからもそっぽを向かれてしまう。そうなれば戦争どころか普段の治世すら怪しくなるだろう。

 

「隊列を立て直しなさい! 統制が乱れれば相手の思うつぼですよ!」


「はっ!」


 とはいえ指揮官先頭の効果は絶大だ。帝国パイロットの動きは一気によくなる。輝星たちもそれは敏感に感じ取っていた。

 

「おい、あの青いの……」


「相手さんの大将だな。帝国の将はなかなか気骨がある」


 輝星がにやと笑った。獰猛な笑みというよりは、心底楽しいという明るい表情だ。不利を承知でなお前線に出てくる敵司令官の姿勢に、輝星は素直に感心していた。

 

「とはいえ大将が出てきたんならやることやんなきゃあなあ! いくぞ!」


「ちっ、そろそろ帰れると思ったんだがな。しょうがねえ、付き合ってやるよ!」

 

 残弾ゼロのガンランチャーを背部のハードポイントに戻し、輝星はフォトンセイバーを抜いた。そして一気に加速する。当然、青いゼニスに向けて一直線だ。

 

「やはり来たか! お館様に近づけるんじゃない!」


「撃て撃て撃て!」


 これを阻止せんと帝国ストライカー隊は猛烈な射撃を加えるが輝星はこれを回避し、そして避け切れないものはセイバーで弾いて猛烈な勢いで急迫する。


「やらせはせんっ!」


 ロージアは自機に長大なブラスターカノンを構えさせた。狙いは輝星ではなくサキ。明らかに異次元の強さを持っている輝星よりは、まだこちらの方が墜としやすいと判断したからだ。

 

「へっ、おお怖ぇ怖ぇ!」


 が、サキは発射された極太のビームをひらりと回避した。すぐ横に輝星が居るせいで目立たないだけで、彼女もトップエースであることには変わりないのだ。


「ちぃっ!」


 ロージアは舌打ちしながら粒子カートリッジを排出した。新たなカートリッジがガチャンと装填される。すぐに"ダインスレイフ"に再び狙いをつけるが、その時には既に二機はかなりの距離まで接近していた。

 

「大将とお見受けします! こちら傭兵の北斗輝星! 機体は"カリバーン・リヴァイブ"! 一騎打ちを申し込みます!」


「やはりそう来ますか……」


 口惜しそうにつぶやくロージア。拒否したところで、もはやこの距離では相手から逃れるのは難しい。優勢だから受けませんでした、では済ますことはできないだろう。選択肢は二つ。拒否して不名誉な墜とされ方をするか、受けて名誉の戦死かだ。

 ここで無様を晒せば、自分のみならず腹心や自分の子供たちまで後ろ指をさされることになる。ロージアは腹を決めた。

 

「アルフェン伯ロージア・フォン・エルデガルド、"グリーズ・レイス"です。まさか男性が乗っているとは思いませんでしたよ。いいでしょう、お受けします」



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