第二十六話 身の上話

 巡洋戦艦"レイディアント"には、高位貴族用の小さなダイニングルームがいくつもある。輝星とサキがシュレーアに連れてこられたのは、そんな部屋の一つだった。


「おーっ、ステーキ! 久しぶりに食べるなあ」


 皿に乗せられた大きなステーキを見て、輝星が歓声を上げた。ホカホカと湯気を上げるソレは、非常に食欲をそそる芳香を放っている。


「合成ミートで申し訳ありませんが……なにぶん、戦時中でして」


「いやいや、オーガニックミートなんか求めませんよ。俺には十分十分。それでは、いただきます」


 輝星は笑顔で手を合わせ、輝星はさっそくナイフで小さく切った肉片を口に運んだ。あふれる肉汁、よく効いたスパイスの香味。合成たんぱくで製造された模造品だとはとても思えない味だ。

 この時代、肉にしろ野菜にしろ一般的に流通しているのは合成品か遺伝子改造されたバイオ食品が中心だ。自然のままのオーガニック食品は味こそ優れているものの、非常に価格が高い。そうそう食べられるものではなかった。


「うーん、美味しい。合成といっても、かなりいいやつじゃないですか? これ。いつも食べてる肉よりだいぶおいしいんですけど」


「嘘だろ? お前くらいの腕前の傭兵ならガンガン稼いでるはずだ、オーガニックミートとか毎日食べてるんじゃねーのか?」


 ワイルドに肉にかぶりつきつつ、サキが意地悪な笑みを浮かべた。超人的な腕前を持っている輝星を雇うためならば、法外な大金でも喜んで払うというクライアントは多いだろう。下手な領地持ちの貴族より金を持っているのではないかと、サキは思っていた。


「まさか。肉食べるときは大概最低ランクのヤツだよ、俺は。金がないからね」


「えっ」


 その発言はサキのみならずシュレーアも意外だったようで、二人が思わず目を見合わせた。


「すくなくとも私は、前金でそれなりの額をお渡ししたような……」


「ああ、あれねえ。もう全部ないですよ」


「カジノ通いでもしてるんですか!?」


 機体を自弁しているタイプの傭兵ならともかく、その身一つで戦場を渡り歩いている輝星が大金を一気に使うようなアテがあるとは思えなかった。装飾品を買いあさったり、あるいは宇宙船を駆ったりして豪遊しているようにも見えない。


「いや、そういうのじゃなくてですね……あのお金は実家を買い戻すのに使いました。借金のカタに売り払われてたので」


「あ、ああー……確かに前、親父の借金がどうとか言ってたな」


「なんですかそれ、私は聞いていないんですが」


 シュレーアが不愉快そうにサキを見た。


「話すほど信頼されてなかったんでしょ」


「は?」


「いやそんな身内の恥を四方八方に喧伝したりしないでしょ……タイミングとかもあるし」


 食事中にギスギスするのは勘弁願いたい。輝星は半目になった。


「ま、確かにそれはあるな……。結構ハードな話だし」


「う……も、申し訳ありません、よろしければ私もその話を伺ってもよろしいでしょうか? もちろん、他人に喧伝したりはしません、騎士の誇りにかけて」


 少し躊躇して、シュレーアが聞いた。失礼な問いだというのは彼女も理解していた。だが、サキが知っていて自分が知らないのは気に入らないし、それに重い事情を抱えているのなら何か力になれるのではという考えもあった。


「別に隠し立てしてるわけじゃないし構いませんけど……」


 そんなことを聞いてどうするのかと、輝星はあきれ顔だった。


「ま、珍しくもない話でして。父が借金残して一人だけ夜逃げして、ついでに姉が難病で治療費に大金がかかる。お金がないのは稼ぎが全部そっちに吸われていたからというわけですよ」


 まあ、姉の病気は少し前に治ったのですがと輝星は笑い、口にステーキを運んだ。だが、シュレーアは笑い返すどころではなかった。


「なぜお父様が借金を……というか、お母様はどうされたのです?」


 ヴルド人の常識で言えば、男は借金を作ることはあまりない。そもそも家庭の外に出ることが稀なのだから、金銭に触れる機会すらあまりないというのが実情だ。


「死にましたね。うちの母方の家系はみんな体が弱くて……母もその例にもれず。父の件以外にもゴタゴタしてた時期だったので、心労に耐えきれなかったんでしょうね」


「あ、母親って一人なんだな、お前。貴族だったのか?」


「地球人は一夫一妻制だからヴルド人みたいにたくさん母親はいないよ……」


 男女比が極端なヴルド人は、一部の上位貴族以外は一夫多妻にならざるを得ない。結果、母親がたくさんいるという状況になってしまう。姉妹で夫を共有する場合が多いうえ、やたらと子沢山なせいでその子供が誰から生まれたのかを気にしない家庭も多い。


「ず、随分と……ずいぶんと大変なご家庭だったのですね。お労しい……」


 思わずシュレーアは手の中のフォークを落としそうになった。そっと皿にフォークを置き、大きく深呼吸する。


「殿下、ここは女として甲斐性を見せる場所では?」


「そ、そうですね。報酬の増額を検討しましょう。どうせ、予想外の大戦果を挙げていただいたのです。それをダシに財務局に掛け合って……」


「いやいや、最初から今の報酬に納得して仕事を受けたんだから、それ以上を受け取るのはプロとしてできませんよ。お願いですからそれはやめてください」


「そ、そんな」


 シュレーアはこの世の終わりのような表情になった。辛い境遇の相手がいるのならば、それに手を差し出すべしというのが彼女の騎士道だ。それが男性ならば、なおさらである。だが、助力を向こうから拒否しているのだから如何ともしようがない。


「こ、こうなったらもう私が一生養って差し上げるしか……」


「どういう思考回路をしてたらそんな結論にたどり着くんだ」


 敬語すら忘れて、輝星は思わず突っ込んだ。

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