第十三話 カリバーン・リヴァイブ

「ZX-X100、"カリバーン・リヴァイブ"。それがこの機体の名前です」


 先ほどまでの醜態がまったくなかったかのような顔をして、シュレーアが言った。輝星の自室から場所を移し、二人はストライカーの格納庫にいた。

 

「もとは"エクスカリバー"の非武装試験機でしたが、不要になった"エクスカリバー"の予備パーツを使って戦闘艤装を施しました」


「改造機と。"グラディウス改"と同じような立ち位置の機体ですね」


 頷きながら、輝星はシュレーアの指さす先を見た。そこにいたのは、"エクスカリバー"によく似た純白のストライカーだった。ツインアイ式のメインカメラと、ウサギの耳を思わせる形状の二基の大型ブレードアンテナが特徴的だった。

 

「タイプとしては中量・汎用型。目立った特徴はありませんが、高い機動性と十分以上のペイロードを備え様々な任務に対応できます! 急造とはいえゼニスとして十分なスペックを持っていると断言できますよ!」


 そう大声で主張したのは、作業服姿の若い整備員だ。相当無理をしてこの機体の改装にあたったらしく、ずいぶんとくたびれた様子だ。しかしその目は徹夜明け特有の異様なハイテンションでギラギラと輝いている。

 

「一応ゼニス・タイプなんすね」


「もちろん! カワシマの担当者は廉価版だのお求めやすい価格だの言ってましたが、皇国技術部の粋を結集して改造してあります! 帝国のゼニスなんぞ鎧袖一触ですよ!」


「廉価版のゼニスってなんだよ……」


 本来コストを度外視してハイスペックを追い求めたワンオフのフラッグシップ機がゼニス・タイプのはずだ。間違っても廉価だのお求めやすいだのといった言葉が飛び出していい製品ではない。

 

「そ、そのあたりはお気になさらず!」


 実際問題、超高コストのゼニス・タイプを中小国で導入するのは難しい。だが、見栄と外聞の問題で数機くらいは保有しておきたいという事情もあった。とはいえそれをパイロットに知られるのはよろしくない。シュレーアは無理やりに話を遮った。

 

「武装は?」


「固定武装として頭部に12.7mm連装機銃、胸部にフォトンセイバーを二基。そして腰部にワイヤーガンをこれも二基装備しています」


「頭に機銃がついてるのは良いっすね。携行武装は?」


「メイン・ウェポンはブラスターライフル。定格8.5Mwメガワットの新型です。装弾数はPM-4A粒子マガジンで二十発。旧式のPW-3Cも使えますが、撃てて十二発ですね」


「なるほど、ほかには?」


「後は対艦ガンランチャー。それと注文通りパイルバンカーを左腕に装着してます。基本はこれだけですが、まだペイロードに余裕はあります。オプションもいろいろ載せられますよ」


「過不足なし、十分ってヤツっすね。上等上等」


 パイルバンカーを除けば、前線を担うストライカーの基本的な装備だ。特殊な高威力武装などはついていないようだが、輝星にとっては十分だ。

 

「今すぐ飛ばせますよ。慣らし運転、していきます?」


「当然こっちもそのつもりっすよ」


 "レイディアント"は現在、ベサリア・プライムの高軌道を周回していた。近くに民間の施設はない。艦の周囲で実際に操縦し調子を確かめていいとシュレーアに聞いていた輝星は、すでにパイロットスーツに着替えていた。

 カーゴに乗ってコックピットへと向かう。単座式で、"グラディウス改"よりはさすがにやや広い。低反発素材性のシートへ腰を下ろし、コンソールを操作して機体を起動する。"グラディウス改"とはずいぶん操作系が違うが、傭兵として様々な機体に乗ってきた輝星は問題なく動かすことが出来そうだった。

 

『ハロー、パイロット。これより起動シーケンスに入ります』


「あら珍しい」


 機体AIのボイスが落ち着いた女性のものだった。プリセットのボイスはほぼ男性なので、輝星は驚いた。

 

「地球軍のパイロットの間で流行ってるヤツらしいです。あたしの私費でボイスセット買っていれておきました」


「あ、ありがとうございます」


 耳につけた通信デバイスから先ほどの整備員の声が聞こえてきた。ボイスが男だろうが女だろうがどうでもいいというのが輝星の本音だったが、気を利かせてくれたらしい相手に文句を言うのもはばかられる。輝星は奥ゆかしく感謝を伝えた。

 そうしている間にも、機体の起動は進んでいく。エンジンに火が入り、モニターが明るくなった。システムチェックでは問題はでていないようだ。整備ハンガーの拘束を解除し、下に人がいないことを確かめて一歩を踏み出した。

 

「どうです?」


「違和感は今のところないですね。I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェースでのマッチングも良好っす」


「大丈夫そうですか? では、発艦デッキから外へ出てください。遠くへ出るわけではないので、カタパルトは使わなくてもいいでしょう」


「はいはい」


 シュレーアからの指示にしたがい、エアロックを経由して発艦デッキへと向かう。リニア・カタパルトが据え付けられた半露天のそのデッキには、乗員が通常配置の現在はほとんど人影はない。周囲を気にせずスラスターを吹かして宇宙へ飛び立った。

 

「よし」


 フットペダルを踏み込み、機体を加速させる輝星。ターン、宙返り、急制動。軽く一通りの機動をさせてみる。当然、"グラディウス改"とは機動性も運動性も大違いだ。

 

「いい仕上がりっすね。重量バランスもとれてるし、元が非武装機だったとは思えない完成度ですよ」


「マジすか。よおおっし! 三徹した甲斐があった! カンペキだってさ! よろこべお前ら!」


 最後のは輝星ではなく、整備員の仲間への言葉だろう。しかし、恐ろしい単語が出た。どうやら整備員たちはこの機体を完成させるためにずいぶんと無理をしていたらしい。冷や汗を垂らしながら、輝星はあとで何を差し入れに持っていくのかを考え始めた。

 

「では、そろそろ実戦形式の試験をしてみましょう。やはり、細かい部分は戦闘を実際にしてみないと掴めてこないでしょうし」


「ああ、兵装が訓練仕様なのはそういうことですか」


 ブラスターライフルの砲口には訓練に使うアタッチメントがついていた。今発砲しても、出るのはビームではなく着弾判定用の非殺傷レーザーだけだ。計器を見るに、機銃やガンランチャーにも模擬弾が装填されているようだ。

 

「お相手はこのシュレーアが務めましょう」


「そういえば自分用のパイロットスーツを持ってましたね……」


 先日の戦闘を思い出す輝星。もっとも、結局彼女が操縦桿を握ることはなかったのでその実力の程はわからない。

 

「ふっ……あなたほどのパイロットの前で言うのはおこがましいかもしれませんが、私もストライカーの腕には自信があります。愛機さえあれば、あの破廉恥な帝国女もこの手で墜とせていましたよ……!」


「はあ」


「そういう訳で、私も出撃いたします。少々お待ちを……」


 そこまで言ったところで、突如通信に割り込んでくるものがいた。

 

「ちょっと待ったぁ!」


 それと同時に、"レイディアント"の発艦デッキから一機のストライカーが飛び出してくる。見覚えのある黄色い機影、牧島サキの"ダインスレイフ"だ。

 

「相手が欲しいんだろ、あたしがやってやるよ!」


 通信用の小型モニターに映し出されたサキの顔には、自信ありげな笑みが浮かんでいた。

 

「誰がこの艦で一番のパイロットかってのをハッキリさせてやるからよ」


「牧島中尉! 何をしているのです!」


 非難の声をあげるシュレーア。しかし輝星は、サキに笑いかけた。

 

「いいじゃないですか。やりますよ、どっちとも」


「技術部としてもいろいろな機体との戦闘データが欲しいですね。殿下! お願いします!」


「……もうっ!」


 シュレーアは大きなため息をついた。

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