第十二話 皇女乱心す
輝星が巡洋戦艦"レイディアント"にやってきてから三日が経過した。帝国側の動きがなかったらしく、その間一度も出撃命令はこなかった。そしてシュレーアに部屋の外に出るなと厳命された以上、外に散歩に行くことすらできない。
輝星に与えられたのは高級将校用の個室だ。シャワールームやトイレはもちろん、簡易キッチンまで設置されている。食事も定期的に外から運ばれてくるので、実質的な軟禁だった。
「しかしデカすぎる画面も考え物だな……」
そんな中、彼は壁に掛けられた大型モニターに携帯端末をつないでゲームをプレイしていた。すさまじく昔のRPGだ。ドッドで描写されているゲーム画面は、ディスプレイの解像度が無駄に高いことも相まって逆に見にくかった。
「ふーむ……」
暇つぶしはあるが、いい加減窓もない部屋でゴロゴロするのも疲れてきた。輝星はしばらく考えたあと、ゲームを操作した。セーブを終え、モニターとの接続を斬る。
「ちょっとくらい散歩してもバレなきゃセーフだろ……」
ハンガーにかけておいた古ぼけたフライトジャケットを羽織り、部屋から出ようとする。
「わっ!」
だがスライド式のドアを開いた瞬間、眼前に軍服姿のシュレーアが現れた。輝星は驚きのあまり飛び上がり、そのまま無様に転げてしりもちをついた。
「き、輝星さん、大丈夫ですか?」
こちらもかなり驚いたらしいシュレーアが、額に冷や汗を浮かべながら輝星に手を差し出した。
「だ、大丈夫っす」
なんとか立ち上がった輝星は、曖昧な笑みを浮かべながらスススと後退していく。何事もなかったかのような顔をしつつ無意味に貴族趣味なベッドにフライトジャケットを投げ捨て、聞いた。
「で、どのような御用で?」
「あの、普通に外出しようとしていませんでしたか、今」
「なんのことやら」
「いや今さらごまかすのは無理では」
「三日も軟禁するほうが悪いんですよ」
誤魔化すのは無理そうだ。輝星は早々に責任をシュレーアに押し付けた。
「そ、それは申し訳ないと思っています。しかし……」
輝星の身の安全を守るためには仕方ない処置だ。シュレーアは申し訳なさそうな顔をしつつも、そう続けた。
「しかし備蓄のカップ麺がもう無くなりそうなんですよ! 売店に行けば一つや二つ売ってるでしょう!」
輝星が視線を向けた先には、地上から届けてもらった彼のキャリーケースがあった。どうやらアレに入れてカップ麺を持ち込んでいたらしい。
「か、カップ麺? 食事なら貴族用のしっかりしたものを手配していたのですが!?」
「それはそれこれはこれ。上等の食事が別に出てこようが食いたいものは食いたいんですよ」
「ええ……」
シュレーアが困惑の表情を浮かべた。そんな要望があるのなら、配膳等の係員に伝えればよかったのに、というのが正直なところだった。
「なんです、カップ麺はお嫌い?」
「い、いや、食べたことはないです。知識では知っていますが……」
「それはいけない。一回体験してみましょ一回。ささ」
輝星はシュレーアの腕をむんずと掴んで部屋に引きずり込んだ。いきなりのことにシュレーアは混乱し、「あわわわわ」と訳の分からないことを言いつつ無抵抗のまま部屋の中へ入ってしまう。
「だ、だ、男性の部屋に! 心の準備が! いい匂いがする!」
「においとか言及しないでくださいよ傷つくなあ! 毎日シャワー入ってますよむしろ風呂を寄越せ!」
「しゃ、シャワー!? シャワーと言いましたか今!? いけませんよ男性がそんな破廉恥な!」
「シャワーという単語一つでそんな連想する方がよほど破廉恥な脳みそしてるでしょ」
「しししし、仕方がないでしょう!? 男性の部屋に招かれるなんて生まれて初めてなんですよ!!」
あまりの興奮ぶりにドン引いた輝星は、「ひぇ」と短く声を上げて手を放し、一歩後退した。
「お、落ち着いてくださいよ……深呼吸深呼吸! 吸って!」
「すぅー」
「吐いて!」
「はぁー」
「落ち着きました?」
「興奮してきた」
「なんでや」
「いや、本当、もう……すーはーすーはー……」
「過呼吸になる前にやめてくださいよ。というか今すぐやめて」
「ちょっと……もうちょっとだけ……すーはーすーはー。うっ、頭がくらくらしてきた」
「奇遇ですね俺もですよ」
雇い主のあまりの醜態に輝星は頭を押さえた。完全に過呼吸を起こしてしまったシュレーアは真っ赤だった顔が真っ青になっている。速く落ち着かせたほうがいいだろう。
「とりあえず座って……いや、寝かせた方がいいか。使用済みで申し訳ないですけど、とりあえずベッドに横になって」
「申し訳ありません……」
シュレーアはベッドに力なく横たわった。豪奢なベッドに脱力した白髪少女が寝転んでいるというかなり倒錯的な光景だったが、先ほどの醜態を目にしている以上、輝星には微塵もそういう気持ちがわいてこなかった。
「まったく……」
十分ほどすると、シュレーアも落ち着いてきた。輝星は深いため息をつく。
「面目ありません……」
恥ずかしいのか枕に顔をうずめたまま、シュレーアがくぐもった声で言った。
「ま、まあ不用意な真似をした俺も悪いので……。今回は見なかったことにしますから……」
「ありがとうございます……あ、それと」
「それと?」
「後で部屋を交換してもらってもいいですか……?」
まったく懲りていなかった。よく見れば、枕に顔を埋めているのも恥ずかしがっているというよりその匂いを堪能しているように思える。
「いまの姿を親が見たら泣きますよ」
「うっ……」
指摘されて、そそくさとシュレーアはベッドから立ち上がった。名残惜しそうな一瞥を枕に向ける。
「で……結局どういう用件できたんです?」
カップ麺を伝道するという気分もすっかり萎えてしまっていた。半目になりながら、用件を聞く輝星。
「あ、そうでした……。輝星さんに乗っていただく機体がやっと完成したので、呼びに来たのでした」
「えっ、マジですか!?」
下がり切っていた輝星のテンションがいきなり上がった。
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