第22話 リレー作戦
「さっきは地下の倉庫で塔に関する古い文献を調べていたのです。なので、とりあえず、知識を共有するためにまずは塔の説明から始めたいと思います。ウィーナ様はご存知かもしれませんが」
ヴィクトはコートの内側から手帳を取り出してぱらぱらとめくり始める。
「ある程度はな」
ウィーナにしても、過去天界から下界に降り立ったときは、時空の塔を使ったわけではない。実際に入ってみるのは未経験である。
「塔などと銘打ってありますが、時空の塔はこの冥界とは別の異次元空間。冥界や魔界、下界などの連絡通路の役割を果たすものです。古の盟約により、それぞれの世を治める王のみが鍵を管理することになっていますが、今回、我々は諜報部が作った合鍵で入ることができます。まあ、これは先程ハチドリから説明があったことですけど」
ウィーナは手に握っていた合鍵をそっとテーブルの上に置いた。銀色に輝く合鍵に各人の視線が集中する。
構わずヴィクトは言葉を続けた。
「時空の塔……、招かれざる者は塔を守りし者の牙によって命を散らす……。立ち入ることが叶うもの、それは王の許しを得て扉の奥へいざなわれし者のみ……。文献に書かれていた一説です。塔の中にはかなり強力な魔物が徘徊していると推測されます。そして、裏で作った合鍵で勝手に入る我々は明らかに侵入者、魔物の敵となる」
彼の一生懸命な説明に対し、ロシーボやビギナズも不安を隠せない様子だ。
「構造の話をすると、塔は100階建て。私達の住む冥界からの入り口は最下層、一階からとなります。そしてその入り口は城の地下室に封印されている。そして、目的地、勇者イケメンコがいる下界の入り口は20階にあります」
ヴィクトは手帳のページをめくり、さらに説明を加える。
「作戦の目的はイケメンコの拉致によるヘイト・スプリガンの浄化。それで肝心のイケメンコはどこにいるのか。ここが重要です。実はウィーナ様が屋敷に戻られる前、ハチドリの説明を聞いたとき分かったのですが、イケメンコが治める国、その居城に入り口があるのです」
「えーっ! マジかよ!?」
ロシーボが驚きの声を上げた。
ウィーナも意外に思ったが、考えてみれば不思議ではない。時空の塔の鍵を管理するのはそれぞれの世界の王たる者の役割。握力大魔王から世界を救った救世主、イケメンコの城に塔の入り口があるのは納得がいく話である。
情報とは、チャンスをつかむための強力な武器になる。
ハチドリは、冥王軍の重要人物と繋がりが強く、時空の壁を越えた異世界の様子を見渡せる偉大な魔術師と知り合いだったのだ。そして、その魔術師から下界や天界などの情報を逐一収集していたのでる。そのハチドリが言ったことなら間違いはないであろう。
「都合のいい話ですが、時空の塔さえ突破できれば目標はすぐそこです。これは我々にとって幸運と言っていいのではないでしょうか」
一息ついて、ヴィクトは前髪をかき上げて再び説明を進める。
「最初の見通しでは、ええと、百人以上の戦力、まあ、動因可能な戦闘員は全て集めて塔を上るつもりだったのですが、仲間が離れ離れになった今、それはできません。そこで使うのはこの魔法アイテム、チェンジバトンです」
ヴィクトは先程カバンから取り出した筒状の物を手に取って、「みんなに回して」と言い横に座るビギナズに手渡した。
「皆さんが知っての通り、これは二本一組の道具で、念じると持っている者同士の位置が交換される道具です。迷宮を脱出する魔法のロープのようなアイテムとは違い、大して使い道もない微妙な道具ですが、今回はこれを使います」
ヴィクトは一呼吸置いて、更に説明を続ける。
「つまり! 塔を上るのは一人で、その一人が進めなくなったら、あるいは死んだりしたら外で待機している他の者と交代する。すると次の者は交代した階から歩みを進めることとなる。これを繰り返すのです! 一番下から全戦力で上っていけば、塔の敵全てと正面からぶつかることとなり多くの損害が出るでしょう。しかし、一人だけで塔に忍び込み、探索するようなスタイルで遭遇した敵とだけ戦闘をする。隠密行動で、無駄な戦闘は全て回避することが前提です。そして、一人が上った階からまた次の者が歩みを進める。この方法を採れば大群での正攻法より遥かに損耗率を抑えることができる!」
ヴィクトの説明には次第に熱がこもり始めた。ウィーナを含めた周囲の人物も、彼の話を食い入るように聞いている。
「重要なのは、待機している者が塔を上っている者の状況をいかに把握するかです。そこで、この耳当て、魔法と科学の技術を併用したアイテム、通信機を使います。塔に進む者が、今何階か、どの位体力が残っているか、どのような敵、罠が待ち受けているのか、そのようなことを、通信機で逐一情報を報告するのです! 名づけて、リレー作戦。皆さん、ここまではよろしいでしょうか。何か質問はありますか?」
誰も口を開かなかった。皆、彼の提示した作戦に文句はないようである。
ウィーナ自身も、この作戦に、絶望的な雰囲気の中で光が差し込んだ気持ちになっていた。しかし、彼女にはいくつか疑問点があったので、口を開いた。
「作戦目的は拉致だと言ったな? イケメンコは強いぞ。たった一人でどうやって冥界へ連れてくる?」
イケメンコは冥王に仕える死神達を一瞬に返り討ちにしたほどの人物なのだ。
この質問に対し、ヴィクトは即座に「これです」とつぶやき、コートのポケットから、緑色のゲル状の液体が入った小瓶を取り出した。
「この瞬間接着薬をバトンに塗って、イケメンコに取り付けて、その瞬間バトンを使用すれば、冥界にいる予備人員と場所が替わるわけですね」
「どうやってそんなの相手に付けるの?」
今度はロシーボが口を開いた。
「雑な話で申し訳ないが、敵地の状況が全く把握できない以上、やり方を論じても憶測の域を出ない。なまじ『忍び寄って付けろ』『投げて付けろ』なんて決めておくと、現場での咄嗟の判断を先入観で邪魔するかもしれない。接着薬はあくまでツールの一つだと思っといて」
「分かった」
ヴィクトの説明に対し、しかめっ面ながらもロシーボは納得し、ウィーナも無言でうなずいた。
「もう一つ。この策が失敗した場合のお前の見通しを聞きたい」
ウィーナは続けて、少し意地の悪い質問した。だが、彼の立てた作戦に、自分も含めた仲間の運命を託す以上、この点は共有すべきであろう。
「はい。ウィーナ様に依頼継続の意思があれば、仮に策が失敗したときは速やかに城から退却し、冥民調に合流して行動します。合流した際の物資や人員の支援もビギナズが持ってきてくれた書面で取り付けてあります」
「委員会の誰に?」
「フンニュー副委員長に話を通しました」
ヴィクトはこちらに視線を合わせ、微かなと笑みを浮かべた。
「もうそこまで考えてあるッスか?」
ニチカゲが感嘆する。手負いの呼吸で、大きく出た力士の腹が風船のように膨らんだり、しぼんだりした。
「この短時間でよくここまで手を打ったな……」
ウィーナも声を漏らした。
いつもながら、この男の知略、先見性、また、問題に対する極めて迅速で適切な判断には感心する。
「恐れ入ります……。他に質問はありますか? 特になければ、役割分担です。これは、あくまで私の仮の提案、ということで何か意見があったら言ってください。まず、ウィーナ様は塔には入りません。冥王の城のどこか適当な場所で作戦本部を作り、そこで采配を振るうために指揮を執ってもらいます」
「それは、私に本来の力が戻ることを当て込んでのことか?」
すかさずウィーナが質問した。
「はい。ウィーナ様が受け持っていた国の民達が錬金術の恩恵を失えば、争いは再び始まります。勝利を願う人々の祈りこそウィーナ様の力、将来的な視点に立って、この作戦でウィーナ様を危険に晒すわけにはいきません」
「私が後ろに控えているなど、他の者が納得するか?」
ヴィクトの意見は、単に死なれたら困るという打算的なもので、決してウィーナ自身への心配から来たものではなかった。彼女は、自尊心を傷つけられたような気がした。
「自分はその方がいいと思うッス」
ベッドに横たわるニチカゲがヴィクトを見据えて言った。
「実際、今のウィーナ様の体型に合う剣って、あるんですか?」
ロシーボが目を泳がせて根本的な疑問を投げかけた。
剣が体型に合う、合わないというよりは、今の一頭身の体では適正な天界流剣術の構えをとることは不可能である。剣技の組み立てが全く変わってしまうのだ。そのうえ、魔法も全然使えない。
「分かった……」
悔しい話だが、ウィーナはほとんど戦力になり得なかった。
「それでは、それはそういうことで。……すみません、説明を続けます。次は非常に重要な役なのですが、ニチカゲ殿には、冥王の城で勧誘をやってもらいたいのです」
「勧誘?」
ニチカゲがきょとんとした表情で少しだけその巨体を起こす。
「私達だけでは人数が少なすぎます。冥王軍には、ヘイト・スプリガンが新たな冥王なることに対し不満を持っている者がたくさんいるはずです。とにかく声をかけて、我々に協力してくれる者を集めてもらいたいのです。この冥界で名を馳せる力士であるニチカゲ殿の呼びかけなら、きっと大勢の有志が集います」
「了解ッス! 僕に任せて下さい」
ニチカゲは傷だらけの体を奮い立たせ、力強い包容力を醸し出した。
「すいません。お願いします。さっきの魔法で傷はじきに回復へ向かいます。しばらく我慢して下さい」
ヴィクトの作戦説明は更に続く。
「それでビギナズも塔には入らない。お前は何か急に必要な物が出てきたり、伝令に走る必要があったり、そういった場合にいつでも動ける役をやってほしい。基本は作戦本部で待機し、ウィーナ様の指示に従って行動する。それでいい?」
「了解しました。自分はウィーナ様の指示に従います」
「ロシーボ、お前も塔には入らない。邪魔者の排除を担当してもらう」
「えっ? どういうこと?」
邪魔者という単語に、周囲の空気が一段と張り詰め、冷たさを帯びる。
「いくらなんでも、ヘイト・スプリガンを新しい冥王にするなんて馬鹿げた話が政府から上がったなんて、俺はどうも腑に落ちない。推測に過ぎないが、おそらくこの騒動を利用しようとしている奴らがいる。冥王アメリカーンから王の座を奪おうとする奴が」
「ええっ?」
ロシーボが勘弁してくれといった表情で狼狽した。
「それはヴィクトの言う通りだ。城で話をしたバリアナという執政官は、ヘイト・スプリガンを冥王にするという話を聞いて驚いていた。向こうの関係者から見ても、違和感ある決定なのは間違いない」
ウィーナがヴィクトの推測を補足する。不自然な意思決定には、特定の何者かの意思が働いているのが世の常である。
「そんな奴らにしてみれば、ヘイト・スプリガンを鎮めようとしている俺達は都合の悪い存在になる。となると、必ず俺達の作戦を邪魔しにかかるはずだ。そのときはお前に戦ってもらいたい」
「……ああ、分かった。やれるだけやってみよう」
ロシーボは自信のなさそうなそぶりを見せた後、口を固くしてうなずいた。
「ロシーボ、頼んだぞ」
ウィーナはロシーボに期待を含めた眼差しを向けた。
彼は見栄を張る性格、能力の低さ、実績の少なさから、いつまでも同僚や部下から信頼を得られない男である。
正直な話、ウィーナ自身もロシーボを信頼できる戦力として当てにはできないが、この状況でもウィーナにつき従い戦いに参加する、彼という人間を信用はしていた。
信用しているからこそ、信頼を裏切られても彼に期待することをやめないのだ。
「そして! 私が塔に上る一番手となります。すると、二番手はこの中にはいない。つまり、私以降の潜入要因は、私が塔を上るのと同時平行でニチカゲ殿が集めてこなければならないのです」
「責任重大ッスね。大丈夫、すぐに協力者を集めてその都度そっちに送るッス」
ヴィクトの後に続く者を設定しないまま塔の攻略を開始するのは、いささか目の粗い策であった。しかし、この人数では高いリスクを背負うのも仕方がないであろう。最悪、ニチカゲが有志を勧誘できなかったら、ロシーボやビギナズを回すしかない。
「説明はこれで大体終わりです。何か質問はありますか?」
「ジョブゼはどうする?」
ウィーナは傷を癒すために知り合いの所に行っているジョブゼの話を出した。何としても、確実に戦力と当てにできる戦力はほしい状況だ。
「必ず駆けつけるとは言っていましたが……」
ヴィクトも扱いに困っているらしく、視線を落とした。
「まあいい、奴のことだ。傷が癒えたら嗅ぎつけて勝手にやってくるだろう」
ウィーナの言葉を最後に、少しの間が生じた。
そこで、ロシーボが周囲の様子をうかがって口火を切った。
「あの、その通信機、ちょっと中を見ないと分からないんですけど、もしかしたらレーダーの機能を付けられるかもしれません」
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