Dark Brown Gold ,Dancing Fullmetal Sworddance With Demons.

 紫幹色金シカンイロノクガネ――。巨大おおいなる悪意、巨大おおいなる魔性、巨大おおいなる呪詛。


 紫幹翠葉しかんすいようという言葉がある。紫幹とは暗褐色の幹、翠葉とは瑞々しい青い葉。物質的に安定した金、それが暗褐色に腐蝕した――まさしく外法の産物。まさしく悪魔の黄金Demon's D'or


 禍々しい詩に彩られた、虚無僧の笠を縦三文字に走る眼が充血した光を灯す。異形の虚無僧じみた鬼導妖魔デモンズドゥルは、半僧半俗の存在を半科学半秘学である己に映し見たのか、それとも悪魔らしい諧謔か。


 アルバルクと紫幹色金シカンイロノクガネ。今宵召喚された鬼導妖魔デモンズドゥル二鬼の終着点は、機械悪魔同士の相喰む地獄絵図にほかならぬ。


 張り詰めた弓弦の緊張。元来、髪や爪など己の一部とはいえ、悪魔にはを捧げるのが普通である。だが、黒銀ヘイインロウは違う。視覚動物である人類が片側とはいえ、視界の代償として手に入れた力が脆弱であるはずがない。そして、それは黒銀ヘイインにも言える。利き腕である右腕――更には依り代を介さずに直接己の身に機械悪魔を飼っているのだ。鬼導妖魔デモンズドゥル戦において、戦力を大きく左右する供物の価値。畢竟するに、捧げたモノの重さ――どれだけ己の半身を差し出したかが、鬼導妖魔デモンズドゥルの強さを決定づけ、そこに術者の研鑽は微々たる差異にしかならぬ。それこそが己を支払った者セルフ・ペインターの戦いだ。


 だが、何事にも例外が存在する。もし、供物としてはどちらも上等となれば……? 結局両者の術者としての腕前が物を言う。微細な差が決定的な格差として映る。


『ヒャィ!』


 鳥嘶一声、ロウが仕掛ける。アルバルクの悪魔の翅が翻り、巨大な断頭刃ギロチンと化す。その規模は、紫幹色金シカンイロノクガネの深編笠の下の首をも容易く切断できるほどで――。


 しかして、武器として練磨されたわけではない刃は如何に兇悪無慈悲で強靭強大であろうとも、所詮は据物斬りの器械。真なる武具には及ばぬ。


『なにィ!』


 刃は逸らされ、宙を破断したものの、狙った紫幹色金シカンイロノクガネには決して届かない。闇を斬る白刃が、肉厚な鉄塊のベクトルを巧みに禦していたのだから。


『なにを驚く? 俺が剣を取ることがそれほど意外か?』


 機械悪魔規模サイズに拡張されたそれは、奇しくも黒銀ヘイインが携えていたものと等しく、そして紫幹色金シカンイロノクガネが握る手もまた同じだった。川に立てられた枝の如くに、木の葉である断頭刃ギロチンを凌ぐ捌く――ドウジギリ。


『キエッ!』


 ロウは今度はアルバルクの五体を頼みに置いたようだ。拳法。刀剣に相対するにはあまりに脆弱なししむらはあっけなく斬撃の憂き目にあう――とみるのは、人型悪魔たる鬼導妖魔デモンズドゥルを常人の枠に囲い込む愚かな考えだ。アルバルクの拳の先端には鋸刃じみた角が伸びており、それがドウジギリの白刃と衝突し、散華する火花を見せる。


 そう、外法のことわりにて顕現した人工の悪魔躯体に、尋常な肉と刃の関係性が当てはまるわけがない。たとえ、拳に仕掛けがなかったとしても、アルバルクの肉体を切り裂くにはドウジギリをもってしてもそれなりに苦労を強いられる。結局の所、鬼導妖魔デモンズドゥルの戦いとは咒いの応酬なのだ。兇悪な咒いが脆弱な咒いを駆逐し、そして魔のことわりを人の理にまで陥れる。つまり、紫幹色金シカンイロノクガネがアルバルクを斬るには、アルバルクの超常の術源である魔咒符の守護を突破せねばならない。


 現実を塗り替える魔咒が相克し合い、現実を押し付ける。捧げたモノを賭金に、互いの咒いのせめぎ合いは、しかしアルバルクに軍配が上がりつつあった。


『な、なに?』


 拳法――四肢を武器とした戦闘術体系は、確かにドウジギリを頼みにした紫幹色金シカンイロノクガネに比べて手数で圧倒できる。何故かは不明であるが、黒銀ヘイインは右腕を使おうとしていない。となれば、残る三肢で対応せねばならぬが、剣に主眼を置いた体術を修めている黒銀ヘイインとしては二脚が補助の役割とならざるを得ない。そうなれば、肉体を――四肢を、或いは頭部や胴に至るまでを最大限活用する拳法の回転力に、劣勢となるのは自然の条理ではあった。


 だが、ことはそう単純ではない。動きのをことごとく止めにかかり、更には交差法カウンターまで仕掛けてくる。しかも、その命中率があまりにも高い。辛うじて膝を屈していないのは、ひとえに紫幹色金シカンイロノクガネ鬼幾軆きたい性能がアルバルクを上回っているからだ。相性や扱いに癖のある特異能力よりも、シンプルかつゆるぎのない鬼幾軆きたいそのものの強化――汎用性と信頼性を重視した、持主の面白みのない性格が現れた鬼幾軆きたい構成が劣勢に粘りを見せていた。


黒銀ヘイイン! 何をしておる? これ以上、わたしの器を傷つけること、容認できぬぞ〟


 紫幹色金シカンイロノクガネの内部。両手持ち操縦桿を片手で握った黒銀ヘイインへ、非難の声が浴びせられる。


『姫、黙っていろ。ご馳走にありつくには多少の我慢も必要だろうが!』


 苛立ちの混じった返事は、ロウの思わぬ反撃に歯噛みする黒銀ヘイインの感情が察せられる。実際、拳打蹴腿は軽いものの、を事前に潰されて思うように動けぬ事実は焦燥感にかられても致し方ない。


 苦し紛れのローキック。剣技への繋ぎとしての、格闘技者としては練磨されていると言い難いそれだが、想像に反してアルバルクは蹴りの衝撃を従容と受け入れていた。自在にうごめく白刃の蛇を躱し、頭を抑えていたとはとても思えぬ。まさか――。


 防禦を捨て、紫幹色金シカンイロノクガネを斜に構えさせる。否、構えとも言えぬ、右腕を前に出しただけの姿勢。


〝馬鹿な! 何をしておる!〟


 当然、アルバルクがこれを見逃すわけがない。勇んで繰り出された崩拳が、暗褐色の金の名を持つ鬼導妖魔デモンズドゥルの肥大した右腕に突き刺さる。


〝あぁ!〟


 一撃で右腕を壊せる威力ではないが、無防備でとなれば、通常よりも被害は甚大となり得る。だが、そうと心得ていた黒銀ヘイインは待ち受けていた瞬間に、刃を趨らせた。


『うおおおお……』


 刹那の攻防。右腕を犠牲にした一手は、アルバルクの胴体にドウジギリの刀身を埋め込むことに成功していた。手応えあり……だが、痛手を与えたものの、術者を仕留めるには至らず。


 『惜しい』


 つぶやく男の声には喜悦の感情いろがたしかに色づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る