大根

おてんと

実ったのは恋じゃなくて大根ですか??

 僕の朝は早い。


 『ダンダンダンダンッ!!』


 5時に設定した目覚まし時計が鳴る数分前に、ドアを叩く音が部屋中に鳴り響く。


 「ちょっと大地だいち! 早く起きなさいよ!!」


 原因は幼馴染の女の子のせいだ。ツインテール美少女。今日も頭にくっ付いているそれがぴょこぴょこ燥いでいる。


 はは。羨ましい? 美少女が自宅まで朝起こしに来てくれて。


 僕はそう思わない。だって―――


 「開けるわよ!」


 朝5時前なんだもん。


 「.......いまむりぃ」


 許可していないのに自室のドアを勢いよくあけるクソJK。僕はそんな彼女に布団の中から力ない抗議をする。


 「あんた、いつまで寝てんのよッ?!」


 「あとごふん」


 「ほんっとだらしないわね! その様子だとどうせ夜更かしでもしたんでしょ?!」


 「してないぃ」


 「早寝早起きを心掛けなさいってお日様が言ってるわ!」


 あれれ。カーテンの隙間からでもわかる。秋のこの時間帯はまだお外真っ暗だよ。


 「毎朝私が来ることを良いことに。ちゃんとアラームを5時に設定しているのかしら?」


 「してる。君が来る方がいつも数分早いだけ」


 『ジリリリリリリ!!』


 「あら、本当に設定していたのね。今更鳴ったわ。ほら、さっさと起きな―――さいッ!!」


 「っ?! ちょっと待っ―――」


 彼女は僕から無理矢理布団を剥ぎ取った。


 そして、彼女は目の辺りにする。


 「なっ?!」


 無神経なクソJKが驚く。


 僕は急いでうつ伏せになった。理由は言わずもがな。


 「さ、最低」


 「....最悪だ」


 もうやだぁ。




&&&




 「寧根ねねは僕が好きなの?」


 僕は手短に支度をして寧根と自宅を出た。


 「うっ。ぶるっときた。私に眠気覚ましは必要無いわよ」


 別にそういう意味で言ったんじゃないんだけどね。


 ちなみにこの子、寧根は早朝からプライバシーを侵害してきた高校一年生だ。


 そんでもって僕の片想いの子でもある。


 「あんた以外頼れる男がいないからよ」


 「寧根.....」


 「ここド田舎で住人少ないし」


 「だよね! 知ってた!」


 そう。僕たちが住むこの地域はド田舎もド田舎。駅に行ったらクソみたいな1、2両編成の電車に乗り過ごせないほど過疎っているド田舎なのだ。


 「まぁ大地だいちの母親からあんたを好きにこき使っていいって許可貰ってるし」


 「僕の意思」


 「ほら。その証拠にあんたんちの合鍵と部屋の鍵」


 「僕のプライバシー!」


 なんなの。いくら小さい頃からの付き合いでも毎朝5時に起こしてくるとか軽く通報案件だよ。


 「さ、大地! 畑に着いたわ! 今日も!」


 「.....まだ暗いね」


 「早朝だもの」




&&&




 「お、大地君! 早いね!」


 「おはようございます、健次郎けんじろうさん。娘さんのせいです。助けてください」


 「おはよう! 悪いね。娘を止めたいけど、俺の腰痛が治まるまで君を頼るしかないんだ」


 娘の前にあんたの腰痛をどうにかしろってか。


 畑に着いて一番に会ったのは健次郎さん。寧根の父親だ。


 「ほら! 私たちはあっちで仕事するわよ!」


 「はいはい」


 なんで朝5時に起こされて畑の上に居るのか、疑問に思う人は少なくないんじゃないだろうか。


 僕もそのうちの一人である。


 「さ! 今日はこの辺の大根を採るわ!」


 「うへぇ。多すぎない?」


 「市場に持っていくんだから当たり前よ」 


 仕事内容は至ってシンプル。畑から頭がこんにちはしている大根を引っこ抜いて、並べて、葉を少し切り落とす。


 簡単だろ?


 でも数が酷いんだ。新手のいじめかってくらい。100とか200じゃない。もっとだもっと。たけ〇っとなんだ。


 「なんで僕がこんなことしないといけないんだろう」


 「今更文句言うの? 中学から続けてきたことじゃない」


 九割五分、君が叩き起こしてくるからだよ?


 そう。寧根の言う通り、中学1年生の頃からちょくちょく彼女の家業の手伝いをさせられている。


 今は高校一年生。毎日とは言わずとも3年以上になる。


 人が部活をやってないことを良いことにさ。


 「それにちゃんとお給料も出しているでしょ?」


 「時給500円だけどね」


 「もっと役に立ってから文句を言いなさい」


 「中学の頃は250円だった」


 「アレ、結構精算が面倒だったのよね」


 とてもじゃないが、雇う側が言って良い言葉じゃないと思う。


 「このまま行くと大学生になったら時給1000円だ」


 「なに言ってるの。750円よ」


 「まさかの加算」


 なんだ、進学する度に250円が加算されるのか。僕はてっきり倍になっていくものだと思ってたよ。最低賃金はまだまだ先の様だ。


 というか、寧根のうちは貧乏どころか金持ち農家なんだからケチらないでよ。


 「.....あんた、大学行ってもうちで働くの?」


 「え、寧根が叩き起こしてくる限りそうなるよ?」


 「........そう」


 なに? 僕、なんか変なこと言ったかな?


 いやまぁ、早朝に叩き起こしてくること自体が“変”なんだけどさ。


 「ま、大学なんて高校一年生が考えることじゃないよ.....ねッ!!」

 『ズボッ』


 僕はそう言いながら大根を畑から引っこ抜いた。


 うん、いつ見ても素晴らしい形の大根だ。


 大きさを除けばね。


 「馬鹿ッ!」


 「痛ッ!」


 寧根に僕の頭部を強打された。その際、彼女のツインテールも揺れる。


 「コレ、まだ小さいじゃない!」


 「さ、さっき『この辺のを採る』って言ったじゃん」


 「ただし適切な大きさのヤツ!」


 それ言ってなかったよ。今更付け加えないでよ。せこいよ。


 「いい? これくらいの大きさを採るの!」

 『ズボッ』


 「そう言われても地中に埋まっている大根の大きさなんて素人ぼくにはわからないよ」


 「はぁー?! あんたこの仕事何年目よ?!」


 4年目です。


 「同じことやってるんだからいい加減できるようになりなさいよ!」


 「じゃないじゃん! 毎日やっていたら慣れるだろうけど、大根の季節って毎年秋からじゃん!」


 そう。寧根のうちは年がら年中大根を育てているわけじゃない。


 春はキャベツ、夏はインゲンやキュウリだったり同じ作物じゃないから慣れないんだ。


 「はぁ。まぁいいわ。次は葉を―――」


 「こうでしょ」

 『ザッ』


 大根の頭についている葉っぱがたくさん落ちた。


 「ちがーーーう!!」


 「痛ッ!」


 そしてまたしても僕の頭部は大ダメージを受けた。


 しかも今度は大根でぶってきやがった。もちろんその衝撃で大根は砕け散ったよ。


 .....いや、農家としてそんなことしていいの? ロスじゃない?


 というかそれ、天然の鈍器。


 「切りすぎ! なにこれ?! ほとんど葉が無いじゃない?!」


 「あんま大根の葉が好きじゃなくて」


 「あんたの好みなんてどうでもいいのよ!!」


 ごもっとも。コレは流石に切りすぎたなってくらい大根は葉っぱを失ってしまったのだ。


 「いい?! これくらい切るの! わかったら返事をしなさい、500円!」


 「ひ、人のことを時給で呼ばないでよ」


 「500円の意味を自覚しなさいって言ってるの!!」


 そんな横暴な。


 ちなみになんでこんな理不尽な目に遭っても大人しく仕事しているのかと言うと、これは僕がここでずっと働いていることと関係する。




&&&




 「ねね、将来だいちのお嫁さんになるー!」

 「えぇーいいの!! ありがとー!」


 懐かしい小2の頃の夏の記憶だ。白のワンピに麦わら帽子、ド田舎かつひまわり畑じゃなきゃ醸し出せない可愛らしさが寧根にはあったのだ。


 あの寧根のロリ時は一人称が“ねね”だよ?


 コロッといって何が悪い。




&&&




 「なにボケっとしているのよ!」


 「あだッ?!」


 割と短い回想だった。


 「あんたのために教えてるのよ?!」


 「ごめんね。愛してるから許して」


 「っ?! もっかい大根でぶっ叩かれたいの?!」


 怒っているのか、照れているのか、赤面する寧根だ。


 もう勘弁して。そろそろ頭蓋骨が悲鳴を上げてるから。


 しかし今の寧根はどうだろう。今じゃ大根を鈍器として振り回してくる怪力JKだ。もうあの頃の約束は忘れたのだろうか。


 「ちょっと! ちゃんと大根並べなさい!」


 「寧根は朝から元気だね」


 「あんたのせいよ!」


 僕が告白したら受け入れてくれるのかな。




&&&




 僕の朝は早い。


 『ダンダンダンダンッ!!』 


 いつも午前5時に鳴る目覚まし時計より数分早いドアノックが原因だ。


 「大地! 早く起きなさい! 仕事サボる気?!」


 僕は布団の中ででぬくぬくしながらツインテール上司を無視し続けた。


 「入るわよ!」


 いつも彼女は無許可でテリトリーに入ってくる。


 「ほら! 早くトイレ行って、顔洗って、ご飯食べてお仕事に行くわよ!」


 「あとごふん」


 「早く起きな―――さいッ!!」


 寧根が勢いよく僕から布団を剥ぎ取った。


 だが残念。今日の僕は―――


 「なっ?!」


 「ふっ」


 予めうつ伏せになっていたのだ。


 というか、『なっ?!』って反応されると僕の息子のおはようを目撃したかったのかって思っちゃう。


 「見たかった?」


 「なわけないでしょ!!」


 「ふぐッ?!」

 『ジリリリリリリ!!』


 5時ぴったりのアラームだが少し遅いと感じてしまう。原因は彼女だろう。


 さて、僕の一日の始まりだ。 




&&&




 「お、大地君! おはよう!」


 「おはようございます、健次郎さん。寧根はいつも元気ですね」


 「悪いね。娘も好意があってのあの奇行だ」


 “奇行”って認めてるんだったら止めてくれないかな。


 「ん? 『娘も好意があって』ってなんですか?」


 「あ、言わない約束だった」


 出会って3秒で破りしましたね。


 今ここに寧根は居ない。畑に着いたらかまを取りにどっかに行ってしまったのだ。


 故にチャンスである。


 「寧根さんは僕が好きなんですよね。それは知ってます」


 知らないけど、とりあえず鎌をかけてみた。


 「あ、やっぱり? ほら、昔、猪に襲われたときに大地君が寧根を助けたでしょ?」


 え゛。


 「あれからずっと寧根は君にぞっこんでね」


 「ちょちょちょ! 待ってください! アレですか?! 僕が小4の時に突進してきた猪のことですか?!」


 「それ以外に惚れる所、大地君にある?」


 その言い方はあんまりだ。


 そう。アレは僕たちが小学4年生のときに畑に出没した一頭の猪が僕たちを襲ってきたのだ。というか、真っ先に僕に突進してきたんだよね。


 その後、近くに居た健次郎さんや通行人たちによって僕たちは無事保護されたのだ。


 「あの時は娘を守ってくれてありがとう」


 「え、あ、はい。どういたしまして」


 だから守ったのじゃなくてただの囮である。感謝されるようなことは何もないはず。


 「ヤ〇チャ君が時間を稼いでくれたおかげだ」


 「猪の前じゃあ小学生は皆ヤ〇チャです」


 兎にも角にも、これでんだ。


 告白しよう。




&&&




 「あら、今日はちゃんと収穫できているじゃない」


 しばらくすると鎌を取りに行っていた寧根が大根畑に戻ってきた。そしてここには僕ら二人しかいない。


 「まぁね」

 『ズボッ』


 「日頃の私の教育が良いのかしら」


 「.....よし」


 「?」


 僕は自分の手が手汗でジトってきたことを実感する。今から告白することに緊張しているんだ。


 「寧根」

 「?」


 寧根の気持ちはもうわかったんだ。


 大丈夫、フラれるなんて決してありえない。


 「僕は君に伝えたいことがあるんだ」

 「え」


 約束された未来だ。


 僕は両手を拭いて寧根の両肩を掴んだ。


 「な、なに?」

 「き、聞いてくれ!」

 「ひゃ、ひゃい!」


 寧根が赤面する。察してくれたのかな。彼女も緊張して裏声で返事をしてきたし。


 「僕は――」

 「も、もももしかしてコレは?!」

 「その“もしかして”だ! 黙って聞いてて!」


 そりゃあそうだ。こんな雰囲気、告白以外ありえない。僕自身、いつにもなく真剣な面持ちなのを自覚している。


 というか、『その“もしかして”』って言っちゃったよ。


 もうそれで想い伝わってるよ。


 「僕は!」


 「大地は?!」


 いけ! 僕! 告白するんだ!


 そして可愛い寧根をゲットするんだ!


 「僕は寧根のことがッ!」


 「私のことが?!」


 心臓がバクバクする。肌寒いこの時期なのに脂汗がぶわっときた。


 「昔から君のことが!」


 「昔から私のことを?!」


 「ちょっ! それやめてよ!! なんで黙ってられないの?! 要らないよね?!」


 「ご、ごめんなさい」


 ぶち壊さないでよ。ったく。


 「ずっと前から君のことが、だっ、大ッ」


 「だい?!」


 あと二文字!


 「大す」


 「だいす?!」


 あと一文字ぃ!!


 というか、マジで黙ってて!! 


 「大好―――」


 「おーい! そっちは仕事終わったかー?」


 「僕の大根をヌいてください」


 お義父さん.....。


 息子が泣いちゃいますよ。


 「「.....。」」


 黙っちゃったじゃん。


 「あ、あの、お返事は?」


 「最低ね」


 ですよねー。




&&&




 僕の朝は早い。


 『ダンダンダンダンッ!!』


 5時に設定した目覚まし時計が鳴る数分前にドアを叩く音が聞こえる。


 「大地! 仕事よ! 早く起きなさい!」


 「ぐすっ」


 昨日フッたくせに、よくまぁ懲りずに毎朝起こしに来るもんだ。


 両想いならYESって言ってくれればいいのにね。


 「ちょっと! 泣いてるの?! そんな時間無いわ! 入るわよ!」

 『バンッ!』


 鬼畜過ぎない? なんなのこの子。


 「また布団の中に居るのね」


 「.....君はなんで毎朝起こしに来るの?」


 なんで普通に接せられるの? 少しは僕の気持ちを汲み取ってよ。


 そして僕は布団の中から顔を出して彼女を睨みつけた。


 「大地」


 「?」


 「あの時、大地が猪に襲われて気を失って、目が覚めたら目の前に居た私になんて言ったか覚えてる?」


 いや?


 猪に襲われて気を失ったことが恥ずかしすぎて、忘れたいと切に願っていたからね。


 「その時、大地は『寧根の可愛い顔に傷ができなくて良かった』って言ったのよ」


 恥ずかすいぃぃぃぃ!!!


 なにそれ?! 小4の僕はそんなことを君に言ったの?!


 「だから朝起きて一番に視界に入るのが“目覚まし時計”じゃなくて“私”がいいの」


 「え、じゃあなに? つまり時計が鳴る数分前に来るのは―――」


 「最後まで聞きなさい! 人生に一度あるかないかの勇気なのよ?!」


 「あ、ごめん」


 数日前に僕も同じことされた。


 というか、もうその一言だけで気持ち伝わっちゃったよ。


 「.....ねぇ、大地」


 「な、なに?」


 「時給の話なんだけど」


 こんな時に?!


 何考えてるのこの子?!


 「高校は500円。大学では750円。その先は....1000円よ」


 「そ、“その先”.....とは?」


 「どっ、鈍感ね! そのまんまの意味!!」


 寧根が赤面しながら寝ている僕の顔に近づいてきた。


 彼女の大きな瞳に映ったのは焦っている僕の顔。


 甘い匂いが鼻腔をくすぐるから尚更焦ってしまう。


 「よ?」


 「そ、それってつまり―――」


 そんな僕の顔にポニーテールが当たって少しくすぐったい。


 そしてこれはキスができる距離を意味する。


 「どうする? 辞めとく? それとも....」


 これに対して僕は生唾を飲み込んで首を縦に振ることしかできなかった。


 「この距離で.....。意気地なし。もうっ」

 『ジリリリリリリリリ!!』


 「「っ?!」」


 空気の読めない目覚まし時計でごめん。


 「「....。」」


 いつだってアラームが鳴るのは彼女が来てから数分後だ。


 いや―――


 「寧根」


 「ん。大地ぃ」


 ―――“いつだって彼女が来るのはアラームの5分前”と言い直そう。

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大根 おてんと @kudariza

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