第4話 新しい居場所
次の日の朝、雨は止んだらしく、窓の外に目を向けると空が青みがかっていた。
夜明け前の綺麗な空色だ。
どうやら割と早い時間に目が覚めてしまったらしい。
目が覚めたらまた元の世界に戻っているかも、などという淡い期待はあっけなく裏切られ、昨日の夜に見た部屋にそのまま自分がいることを再確認する。
「やっぱりダメか」
ため息ひとつ吐きつつ、これから自分はどうするべきかという思案にふける。
生活についてはウェルシアさんって人が保証してくれそうだけど、本当の『アヤト』でもないのに申し訳ない気持ちが募るばかり。
これから自分はどうするべきか。
こちらの世界で『アヤト』として新たな人生を生きていくのか。
それとも元の世界への帰還方法を探すのか。
……だが正直元の世界に戻りたいとは微塵も思わない。
あんな居場所のない世界に死ぬまで囚われるのははっきり言ってごめんだ。
けどだからと言って本当の居場所でもないこの世界にしがみつづけるのも違う気がする。
……どうしたものかな。
「はぁ……」
答えの見えない問いに悩まされるがいつまでもこのままボーっとしているわけにはいかない。
短くなった腕を上げて軽く伸びをする。
(さしあたり現状把握から始めていきますか。にしても、まずあり得ないのはこの身体だよな)
目が覚めたら身体が縮んでいたどこぞの名探偵を思い出しつつ、ひとまず自分の全身を把握するためにベッドから降りてみる。
(うぁ、軽いし小さい。高校生の身体とは大違いだ。それにまだ前の身体の感覚があるからか違和感がすごいな)
小さくて細い手足に角ばっていない骨格、少ししかついてない筋肉に色白の柔肌。年の頃は小学校低学年といったところか。
(あー小学生の時の身体ってこんな感じだったっけな)
妙な感慨に浸りつつ、ひとつ気になることを思い出す。
(顔とかってどうなってるんだろう。前髪から見てそもそも黒髪じゃないし……)
部屋を見渡すと都合よく机の上に立てかけられた手鏡が目に入る。
(あれなら)
微かな緊張を覚えつつ、手鏡を手にとって覗き込む。
「……ぉう」
変な声が漏れてしまった。いやそうなるのも仕方ないだろう。
そこに映っていた自分は、前の世界での子供の頃の面影を少し残しつつも、銀髪碧眼となった少年の姿であったのだから。
(……ホントに誰だよ、いや面影もなんとなく残ってるし確かにおれの顔なんだろうけども。若干中性よりな感じになってるな)
自分の姿を見ているはずなのに十七年来見続けた姿との乖離具合に奇妙な感覚を覚えずにはいられなかった。
「ふぅ、精神的に疲れて参りそうだな」
それからしばらくは自分の身体の具合を確かめてみる。手を握ったり開いたり、屈伸にその場で軽くジャンプ、ラジオ体操なんかもやってみる。
しばらく動いてみて分かったのだがこの身体は運動神経がかなりいいようだ。
まだ発達段階ではあるが、柔らかくバネのような筋肉。柔軟な身体にそれを支える頑丈な骨格。正直前の身体よりよっぽど使い勝手が良い。
試しに思いっきり跳んでみたところ二、三メートルの高さの天井にも余裕で手がついた。
また動体視力、情報処理能力も格段に上がっているようだ。
窓の外を飛んでいる鳥が翼を動かしている筋肉の収縮までしっかり捉えることができた上に、机に並べられていた「古代魔法を起源に持つ現代魔法の発展とその歴史」などという表題の難しそうな本を試しに一冊読んでみると予備知識が皆無にも関わらず何の苦もなく内容を一から十まで理解することができたのだ。
もはや人間にできる芸当ではない。
それともこの世界ではこれが一般的なのだろうか。
と不意にドアが開いた。
「あらいない? ってダメじゃない! ちゃんと安静にしてなきゃ。まだ傷は治りきってないんだから」
ドアが開いた先には昨日の夜初めて対面したウェルシアさんがタオルに包帯、ハサミを持って立っていた。
「す、すみません。目が覚めてなんかじっとしてられなくて」
反射的につい謝ってしまう。
もう頭の傷が痛むことはなさそうなのだが迷惑をかけまいと素直に従う。
「もう記憶がなくてもそういったところは変わらないのね……。さ、早くベッドに座って。新しい包帯持ってきたから、古いのと取り換えなくちゃ」
「はい、お願いします……えっと、ウェル姉?」
「ん、いい子ね」
そう彼女のことを呼ぶと満足そうな顔で彼女は頷く。
頭に巻かれた包帯にハサミを入れ、手の甲に巻き取りながら丁寧にとっていく。
そこでおれは気になっていたことを切り出してみる。
「あの、この怪我は一体?」
その問いに彼女は少し昏い影をちりばめながらもしっかりと答えてくれた。
「……昨日、私が留守の間に悪魔の大群がジオの町を襲ってね。私が駆けつけた時にはもう町は火の海に呑み込まれていたわ……。必死にあなたと妹のカヤナちゃんの行方を探していたら近くの林で倒れているのを見つけて。…………カヤナちゃんは擦り傷と軽い火傷ですんでいたのだけど、アヤトくんは全身にひどい傷を負っていていてね。きっとカヤナちゃんを守るために無理をしたのね。額の傷だけはなぜか私の回復魔法でも完治しなかったから、こうして包帯を巻いて止血していたの」
「悪魔に……魔法……」
どうやらこの世界には悪魔が実在するらしい。あとは魔法も存在するようだ。
「どう? 何か思い出せそう?」
思案した顔でいると彼女は何かを期待するような、そんな様子で覗き込んできた。
「いえ、ただあまり聞きなれない言葉だったので」
「そう……」
ちょうど包帯が巻き取り終わる。
「うん、心配しなくても大丈夫そうね。血はちゃんと止まっているし、呪いの類も反応ないわ。ただ少し跡にはなりそうね」
と突然、彼女に優しく抱き締められる。
「ありがとう。生きていてくれて……本当にありがとう……。無理をさせて……ごめんね」
そういって彼女は身体を離し涙を浮かべつつも微笑む。化粧で隠しているようだが、よく見ると彼女の目元は薄っすら赤みを帯びていた。
昨日の夜もあれからよほど泣いたのであろうか。
「これからもよろしくね、アヤトくん」
「は、はい! こちらこそ……よろしく……です」
何となく気恥ずかしくなって俯く。
「ふふ、照れると俯く癖も変わらないのね」
そういって彼女は新しい包帯を取り出してまた頭に巻き始めた。
「その、記憶を失う前の僕ってどんな感じの子でした?」
ただ単純に知りたくなって気づけばそう聞いていた。
この身体の持ち主が、この家族の愛に満ちた小さな世界でどんな人物であったのかを。
……自分との違いは何であるのかと。
「そうねえ、普段は物静かで年の割に大人びてて、よく私の魔法書とか読んでたりしたわ。でも、知らないものにはとっても無邪気で、好奇心旺盛で、目をキラキラさせてたかしら。あと、姉妹思いの優しい子ね。可愛い可愛い弟だったわよ」
「そう……ですか」
包帯を巻いてくシュルシュルという音だけが部屋に聞こえる。
「えっと、僕の妹? のカヤナちゃんは?」
「あの子は怪我も全て治癒して、今は隣の部屋でそれはもうぐーっすり眠ってるわ。そろそろお腹が空いたーって起きてくるかしらね」
「食いしん坊なんですね」
「そりゃあもう、アヤトくんに負けないくらい食いしん坊よ」
「えっ」
彼女はニマニマした顔でこちらを見てきた。
そして包帯を巻く音が止む。
「これでよしっと。キツくないかしら?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、そろそろ朝ごはんの準備をしないと。元気をつけるために沢山食べなきゃね」
彼女の『アヤト』に向けられた家族の温かさを肌で感じ続け、チクチクと痛み続ける心についに耐えられず、いつものように心の奥にしまっていようと思っていた言葉が不意にポツリとこぼれてしまった。
「あの……僕は本当にここにいてもいいんでしょうか」
だからそんなことを口にしてしまっていた。
気づいた時にはもはや時既に遅し、おれは彼女の顔を見るのが怖くて視線は床にはりつけたまま、けれども一度決壊してしまった胸の内から溢れ出す思いを言葉に変えていく。
「僕はなにも知らないし、分からない。家族だっていうあなたのことも妹のことも。そんな僕がここにいる意味なんて……」
「アヤトくん、こっちを見て」
強い意志がこもった言葉に遮られ、後に続くはずだった言葉を呑み込む。
ゆっくり顔を上げるとそこには柔らかな笑顔を浮かべた彼女がいた。
頭を優しく撫でつつ語りかけてくれる。
「アヤトくん。たとえ記憶が無くても、この世界であなたが私の弟だった事実は変わらないわ。今まで積み上げてきた思い出は私の心の中にあるしカヤナちゃんの心の中にだってある。それだけで十分よ。『君』が気にすることなんて何一つない。これからまた新しく家族三人一緒に楽しく暮らしていきましょ」
「…………はい」
いつもの、前世の癖で表面上では余裕があるフリをしていたけれども、もう限界だったらしい。
彼女の優しさに触れて、張り詰めていた心がほだされ、ホロリ、ホロリと涙が出てきた。
ごめんなさい神様。
ほんの少しの間でいいから、今だけは許してください。
この仮初めの人生を送ることを。
『あやと』ではなく『アヤト』として生きることを。
どうか許してください。
〜〜〜
神秘術師の代行人生〜銀竜と英雄を継ぐ半竜半人の物語〜 雨空 リク @Riku1696732
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