28:馬鹿らしいことをする

 ある日の宵闇の居城。暇を持て余していた中性的な美貌が明るい黒髪に緋色の虹彩をもつ澪――黒のパーカに同色のズボン姿――は霧の寝室の床に横になり、両手足を支えに胴を弓上にしならせ四足歩行をし始めた。何が楽しいというものでもなく、ただただ持て余した暇を解消するしか意味がない。


「ねぇ澪――」


 縦横無尽に床やベッドの上を行ったり来たりしていた矢先に寝室へ戻って来た霧――白いワイシャツに濃紺のベストと同色のスラックスの上から白衣を纏っている――が白髪を微かに揺らして感情が読めない黒曜の視線を此方に向けて溜息を漏らす。


「何をやっているの」

「あはは。暇だったから、つい……」

「そう。ならその状態で首輪を着けてリードで繋いで散歩にでも行こうか」

「え」


 霧はクローゼットの方へ歩み寄り、扉を開けると物色し始めた。


「僕に用があったのではなく?」

「吃驚し過ぎて何を言おうとしたのか忘れてしまってね。あ。あったあった」

「あんまり霧の表情変わっていなかったけどね。ちょっと目が見額たくらいで僕とか兄さんじゃなければ気付かないよきっと」

「時間はあるから、たっぷり散歩させてあげるよ」


 大切に保管されていた犬用の首輪とリードを手に霧が中性的な美貌に美しい笑みを浮かべた瞬間に澪は悟る。霧も暇を持て余しているのだと。



 少しでも犬っぽくなるようにとイヌミミのカチューシャを額の上に装着し、尻尾付きの玩具を後孔に差し込むための穴が空いた黒いエナメル性のボディースーツに着替えた澪は霧にリードを引かれながら羞恥を噛み殺しながら右手、右足、左足、右足をテンポよく動かし四足歩行で場内を練り歩き、すれ違う者達を得体の知れない恐怖で満たし、落ち着いた頃に奇怪な状態にもかかわらず無駄に欲情を煽る。


「霧、ストップ。前方の角から兄さんが来るから引き返そう」

「何故? 折角だから兄様にも見せよう」

「兄さんの鋭利で冷やかな視線が突き刺さって言葉よりも重く圧し掛かる溜息が漏れるのが想像つく……」

「大丈夫だよ。今日の兄様は頭が緩いから」

「え? そうなの?」

「兄様で澪に言おうとしたことを思い出したのだけれど、兄様が不運な事故で僕が作ったし薬品の実験台になってね」

「故意な事故の間違いではなく?」

「兄様も相当疲労が溜まっていたらしくて、早く寝たかったみたいだね」

「寝ないで出歩いてるよ? 霧にしては珍しく失敗した?」

「失礼なことを言うね。失敗くらい当たり前でしょう。人間なのだから」

「そうだねぇ。霧は人間だったねぇ……」

「賑やかだな」


 白銀の長髪を流した冷やかな美貌がいつもよりまろやかな夕霧――鎖骨が見える黒のVネックの長袖に黒のズボン姿――が角から姿を見せた。緋色の視線が霧に向けられた数秒後に澪へ向けられる。


「異形の連れ込みは遠慮してもらいたいのだが」

「えぇえええっ!?」

「澪ですよ、兄様」

「……そうか。で、解毒剤は?」

「解毒剤? ……あ。すぐに取ってきます」


 リードを夕霧に託した霧は足早に踵を返して去って行く。残された澪は思考の在り方に悩みながら遠慮がちに夕霧を見上げた。霧の背を見送っていた視線を澪に落として膝をおり姿勢を低くする。


「今の俺には異形にしか見えないのだが」

「霧の薬に幻覚作用でも?」

「身体機能の多くが麻痺している気がする。気配もよく分からない」

「今なら宵闇に攻め放題だね!」

「頼りにしているぞ、澪」


 小さく緩む口元。器用そうな指先が顎の下をこちょこちょと撫でた。


「んぁ。兄さんくすぐったいよー」

「犬型の異形に見える」

「あんまり嬉しくない」

「そうか」


 エナメル生地の上から鎖骨に触れる手の感触が胴のしなりをなぞるように伝っていく。臍の上を通過した瞬間にゾクッと背筋が震える。


「よしよし」


 下腹部でもっこりしたカ所を掌で撫でられた。


「兄さんっ! 其処頭じゃないから! 頭こっちだから!」

「……頭が三つくらいある」

「霧! 霧ぃいいいいいいいっ! 早く戻って来てぇええええええええええええ!」


 切羽詰まった澪の声が元気よく城内に響いた。



   終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 28日目のお題は『馬鹿なことをする』です。馬鹿なことで洗濯ばさみで意味もなく乳首を挟んで引っ張るとか、結果が分かっていながら階段を飛び下りて足挫いたりとか、川の石を飛び移って足を滑らせて落ちるとか、勢いで木にのぼったはいいけどおりられないとか、そんなのしか思い浮かばなくて……。


20200928

 柊木 あめ。

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