27:どちらかの誕生日に

 エレは生まれつき身体の弱いイフェリアの第三王子だ。療養という名目で離れに建てた小さな屋敷で乳母と共に暮らしていた。そんな乳母にはアランという四歳の息子がいる。緑の虹彩をもつアランの髪はギルダ大陸では珍しい朱色をしており、周囲に馴染めずにいた。



    ※    ※    ※



 十八歳になったエレは天使のように穏やかな微笑を浮かべる少年に育つも相も変わらず離れの小さな小屋の中で過ごし、二二歳となったアランは今では立派な世話役として母亡き後もエレに仕えている。


「エレ様、夜風は身体を冷やします」

「もう少しだけ。今夜は月が綺麗だから」

「月なら窓を閉めても見えますでしょう?」

「……はいはい。そうですねぇ、窓を閉めても見えますねぇ……」


 不貞腐れながら窓を閉めるエレは溜息を漏らす。アランがそっとエレの片手を手に取り、もう片方の掌で包む。


「こんなに冷えてしまって……。すぐ暖炉を――」

「大丈夫」


 言いながらエレがもう片方の手をアランの甲に重ねる。


「お前が温めてくれるのでしょ?」


 優しげに細められる目。穏やかに上がる口角。月光を反射し煌々と淡く輝く金の髪。蒼白い光のヴェールを纏ったような肌。背伸びをしてゆっくり近づく幼さが残る顔。閉ざされる瞼を縁取る睫毛は長く、頬に影を落とす。


「なぁんて。俺からすると思った?」

「……いえ」

「ちぇ。つまらない奴……」


 退屈そうに溜息を漏らしながら言い、ベッドの方へ向かう背中。ホッと溜息を吐いたのも束の間、エレはクルッと踵を返して振り返り悪戯な笑みを浮かべて口を開く。


「今は気分じゃないから、アランの誕生日に俺からしてあげる。だから今夜は自分でどうにかして」


 全てを見透かすような視線に心臓がギュっと縮まった。 


「なんだったら、見ていてあげる」


 色を浮かべて挑発的に微笑む様は天使と正反対だ。


「おいで、アラン」


 差し出される片手を恭しく掴み、膝を折って口付ける。


「アランの髪の色は暖炉で萌える炎のようにあたたかいね」


 女性と見間違う細さの指を生やした手が朱色の髪を撫でた。


「可愛い、可愛い、俺の――」


 手を離して腰を折り、上半身を前に倒す。冷えた足の指先に唇を落とし、恭しく片足を両手で包むように持ち上げ、ちゅ。ちゅぅ。と指先に吸い付いた。爪と肉の合間に舌先をねじ込みチロチロと舐めるとピクッと小さく足が跳ねる。指の腹を舌の表面で包むようにねっとり舐めるとエレの口から甘い吐息が微かに漏れた。


「っ――」


 不意にもう片方の足がアランの股座をググッと押して踏みつける。ゾクゾクと背筋を甘い痺れが走り抜け、思考が興奮に染まっていく。


「……はしたない顔」

「申し訳ございません……」

「俺は見てあげると言っただけだよ、アラン。なに勝手な事をしているのかな?」

「申し訳――」

「二回も繰り返さなくていい。……お前の誕生日に俺からしてあげると、言ったでしょう? 待つ事が出来ないの?」

「……エレ様の御未足が冷えていらしたので、あたためて差し上げようかと。差し出が


 ましい振る舞い、どうかご容赦ください」


「そう。なら今すぐお前が汚した俺の足を綺麗な布で拭いて」

「畏まりました。少々お待ちください」

 口元が緩みそうになるのを堪え、アランは部屋を後にした。


    ※    ※    ※


 お湯で濡らしたタオルで爪先を温めるように丁寧に拭いて行く。


「アラン」

「はい」

「俺の生は長くない。其れはお前も知っているね?」

「……はい」

「俺が居なくなって寂しいからと、ユゥリに手を出したら許さない」

「私の心は生涯エレ様と共に在ります」

「其れだと困る。ユゥリの事を頼めるのはアランしかいない」

「然し――」


 暇を持て余したエレの片足の裏が飛んできて軽く額を押されて首がのけぞった。


「ユゥリは俺の可愛い可愛い弟だ。どうか俺の分まで見守ってほしい」

「……では、私に口付けしてください」

「は? 其れはお前の誕生日に――」

「違います。エレ様の分もユゥリ様を見守ると約束する為の口付けです」

「生意気……」


 先程よりも強い力で額を押され、勢いに逆らえず背面から倒れ込む。グッと股間で膨らんだ物を踏みつけられ、グリグリと踏みにじるように動く足の裏の感触を布越しに感じ、落ち着きかけていた欲望がムクムクと起き上がる。


「俺に意見するなんて一億年早い」

「申し訳、ございませんっ」


 息が抜ける瞬間に色味が浮かぶ。グリグリと踏みにじられる度にモノは硬さを増し、布と擦れる度に表面に熱を感じヒリヒリと小さな痛みが停滞した。


「此れでいい?」

「え?」

「約束して。俺の分までユゥリを見守ると」

「……口付けがよいです」

「生意気!」


 素早い動きで飛んで来た枕が顔面に直撃する。


「お前の誕生日までお預け!」


 不貞腐れるように言ってベッドに横になるエレ。物足りなさを愛しいと感じながら溜息を漏らし、枕を持ってベッドへ近付く。


「俺が起きるまで傍に居て」

「畏まりました」


 態々空けられたスペースに横たわる。


「おやすみなさいませ、エレ様」

「うん。……おやすみ……」


 余程眠かったのだろう。数秒後に穏やかな寝息が聞こえた。


「…………」


 胎児のようにまるまり向けられた背を抱き包むようにしてアランも瞼を閉じる。



   終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 27日目のお題は『どちらかの誕生日に』です。きっと誕生日を祝うとかそんな感じの意味合いなんだろうなと思いながらも、誕生日に向けた約束みたいな感じになってしまいました。此の二人については以前にも短編を書いたので其方を参照ください。


20200927

 柊木 あめ。

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