25:お互いを見つめる
中性的な美貌が儚い白髪で白衣を纏った青年が少し離れた席で真剣な眼差しを向けているのは複製達からあがってきた実験結果を纏めた物だ。
「そんなに見つめられたら穴が空いてしまうよ」
ワンテンポ遅れて黒曜の視線が向けられる。
「此方へおいで。M‐10790」
静寂を湛えた声音で呼ばれた瞬間に綻ぶ口元。いそいそと近付き対面側の斜め左にズレた席に腰をおろした。
「君はいつも、隣や真正面には座らないね」
「うん。此の角度から見る霧が一番のお気に入りだから」
「そう。……ココアでも飲む?」
「自分でやるよ。霧は珈琲?」
「うん」
「同じのでいい?」
「M‐10790と同じのを貰おうかな」
「分かった!」
席を立つと黒曜の視線が再び手元に戻される。
セルフのドリンクコーナーからココアで満たした紙コップを二つ手に席に戻ると黒曜の視線が出迎えた。紙コップを差し出してから所定の席に座ると、ありがとう。と言葉を貰う。
「……そんなに見つめられたら、穴が空いてしまうよ」
紙コップを口へ運びながら霧は小さく表情を綻ばせながら言い、ココアが一口啜られる。
「嫌?」
「嫌ではないけれど……気恥ずかしいかな」
「僕は好きだよ。霧に見つめられるの」
テーブルの上に乗り出すように上半身を預けて距離を詰めた。見つめ合う視線。一瞬だけ黒曜が不安げに揺れたのを見過ごすM‐10790ではない。
「……僕をオリジナルだと錯覚していいんだよ」
寂しそうに笑う霧は言葉を返すことなくココアを啜る。モヤモヤした物を内に秘めながらも笑みを絶やすことなくM‐10790は言う。
「ねぇ、もっと僕を見て。僕から視線を逸らさないで」
「……顔が近いよ、M‐10790」
「霧」
息が触れ合う距離まで身を乗り出すと、紙コップが倒れる音が小さく聞こえた。
「そう。其の儘、僕を見て」
より一層の不安を滲ませる黒曜に澪の姿が反射する。
「大丈夫。何もしない。ただ霧に見つめてほしいだけ。許されるならのほんの少しだけ貴方に触れたい」
返答を待つまでもなく腕を伸ばす。あともう少しで白髪に指先が届きそうだと言う距離でM‐10790は動きを止め、にっこり笑う。
「ありがとう。満足した」
「……そう。台布巾を取ってくるよ」
「うん、ありがとう。……ねぇ、置いてあったお菓子、食べていい?」
「うん。好きにお食べ」
「やったー」
セルフのドリンクコーナーへ向かう足取りは先程よりも軽く、心はどんよりと暗い。
終
――――――――――
あとがき
閲覧ありがとうございます。
誤字脱字ごめんなさい。
25日のお題は『見つめ合う』です。澪の複製のM‐10790と、オリジナルの霧のやりとりになります。箱庭から奪還された霧がヴェルダンに返った時期ですね。
20200925
柊木 あめ。
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