23:言い争い
荒された室内は月光に満ちて薄暗い。壁に描かれた黒い線は飛沫を彷彿させた。ピチャ。一歩踏み出した瞬間に足の下で小さく聞こえる湿った音。ジワジワと靴下に染みていく。
「なんで……?」
部屋の中心に佇む斑に黒が浮かんだ白い影。
「なんでこんな事をしたんだよ、雪兎!」
声を張り上げるとゆっくり振り返る。赤い虹彩だけがギラリと不気味に輝いた。
「真冬を傷付けたからに決まっている」
雪兎と呼ばれた青年はさも当然と言わんばかりに言葉を返す。一度瞬いた瞬間に雪兎が息の届く距離に居る。思わずドキッと心臓が跳ねて息を詰まらせた。真冬。静寂を浮かべた声が呼ぶ。そっと伸ばされる方掌が頬に触れると湿った感触が皮膚に伝わる。否。其の掌は完全に濡れていた。
「真冬を傷付ける者はボクが赦さない」
「俺は平気だ! 雪兎が誰かを傷付ける方が数倍つらいよ……」
「何故? 真冬は父親にぶたれる度に頬をはらして泣き叫び、母親の罵倒を浴びる度に唇を噛み締め拳を握っていたではないか」
「でも我慢できた!」
「何故我慢をする?」
「何故って、だって、家族だし……」
「家族ならば何をしてもいいのか?」
「家だって……帰る場所ないし、俺のバイトだけじゃ生きていけない!」
「案ずるな。真冬一人くらい、ボクでも養える」
「ただ愛されたいだけだったのに! 雪兎は俺から親に愛されるチャンスを奪った!」
「ならば其の何倍も、ボクが真冬を愛するよ」
唇が触れ合うカ所から熱が奪われる感覚に襲われた。逃げようにも空いた片手で頭部を抑えられ、侵入した舌先がねっとりと絡まり甘い痺れの中に酔っていく。悔しくも下腹部でムクッと欲望が膨れ上がるのを実感し、心の何処かで此の状況を喜ぶ自分がいると知る。ちゅ、ちゅぅ。と淫らな音を漏らしながらどちらからともなく激しく移ろう接吻。時折、ん。ぁ。と自身の口から色を浮かべた吐息がもれていく。
どれほどそうしていたか分からない。交わす視線は熱を秘め、離れた二人を銀の糸が繋ぐ。
「……俺だって雪兎の事が好きだけど、こんな形でキス、したくなかった……」
「ボクは君が好きだ。誰よりも真冬を愛している。君もボクが好きなら両想いだろう?」
何故泣く? そう付け足した雪兎からは感情が読み取れない。
「……ごめん。一人になりたい」
そう告げると数秒後に雪兎の姿が揺らいで消えた。
終
――――――――――
あとがき
閲覧ありがとうございます。
誤字脱字ごめんなさい。
23日目のお題は『言い争い』でした。うちの連中はあまり言い争いをしないので……此れが精一杯ですね。あ、雪之丞とロバートの方が言い争いになるか。イザベルとジョゼフでも若干口論になるチャンスありましたね。
20200923
柊木 あめ。
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