21:料理/お菓子作り

 小麦粉を適量、目分量で硝子製のボールに入れて溶かしたバターを注ぎ混ぜていく。生地の色が優しいクリーム色に染まったところで花の蜜と削り岩塩を咥えてねりこんだ。なんとなく記憶にある感触よりも硬い気がしてミルクを少量注ぎ様子を見ながらねり、記憶にある感触と同じ、或いは近い柔らかさになったところでラップで包みながら形を円柱に整え冷えた場所で休ませる。


「……………」


 微かに硬くなった生地を五ミリ程度の感覚で切断していく。クッキングペーパーの上に並べてオーブンへ。


「様子を見ながら焼けばよい」


 記憶に残る言葉を繰り返し、覗き窓から中を見た。橙色の光に満たされた中はとても熱そうだが、火を熾して調理をしていた時代に比べれば蚊に刺された程度だろう。こんな物で焼けるのかと考えながらぼんやり眺めている内に生地が焼ける芳ばしさの中に咲く花の蜜の香りが鼻孔に届く。



    ※    ※    ※



 場所は宵闇の居城。中性的な美貌が儚い白髪に黒曜の虹彩をもった青年――白いワイシャツに黒のスラックス姿――は十分に余熱を取ったクッキーを詰めた――半八重咲の蒼薔薇を添えた両掌からはみでるサイズで底が深そうな――白い箱を手に夕霧の執務室の前に立っている。ノックをする前にドアノブが動き、ドアが開く。白銀の長髪を流した冷やかな美貌の男は緋色の虹彩に微かな動揺を浮かべて押し黙る。


「……入ってもよろしいですか、兄様」


 十数秒の沈黙の末に夕霧は端に避けた。入室を許可されたと判断し室内へ踏み入った瞬間にバタンとドアが閉まり緋色の長い刀身が阻む。


「何の真似だ?」


 紡がれた声音には鋭さが浮かんでいる。


「流石は夕霧。見た目には騙されないか」


 クツクツと喉を鳴らして笑う白髪の青年の容姿が揺らぎ、本来の姿を現した。黒みのある青い長髪を流した長身の男は裾の長い黒衣を纏い、背筋が震えるほどに冷やかな美貌の虹彩は緋色で口元は不敵に笑う。


「吸血鬼族が何用だ。返答次第では――」

「菓子を焼いたので持ってきた」

「菓子? 吸血鬼族が?」

「最近の吸血鬼族は子飼いにしている生餌に餌を与える為に料理をする。知らないのか」

「知らない」

「下界で言うところの家畜の世話のようなものだ」


 言いながら手にしていた箱を差し出すと十数秒後に緋色の刀身が空気に溶けるように消え、夕霧が箱を受け取った。


「此の花は……」

「イスカータ原産の月光花だ。其の蜜を使った」


 蓋があくと上品な薔薇の香りが穏やかに広がる。


「月光花の蜜は口当たりがよく上品な甘さだ。お前でも食せると思う」


 警戒をしながらも一枚とって口へと運ぶのを眺めながら言った。


「……生餌になった心算はないが」


 言葉を挿んで二口目が齧られ、サクッと小さな音を聴覚が拾う。


「俺が子飼いにしている生餌は一人だけだ。暇を持て余していたら、昔ライラがよく焼いていたのを思い出した」

「……母さんが?」

「魂は同じだがシルフィデではない。……暇を持て余した所為で焼き過ぎてしまった。霧と澪の分もあるぞ。あと死神にも渡しておいてくれ」


 言いながら手品のように同じ箱を三つ取り出して夕霧に押し付けると煙が散るように姿を消す。


   終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 20日目のお題は『料理/お菓子作り』でした。暇を持て余したレインは最初だけ焼き加減を失敗しましたが回数を重ねるうちに上達し、クッキーを量産しました。最初の内はなんとなく手持無沙汰なので失敗作を食べ続けましたが飽きてきたので処理の為に配っています。無意識下で息子を優先し付き合いがあり夕霧の弟である霧、其の双子の片割れの澪、夕霧を助けた死神の順で優遇し、意識してルカに多めに配り、其のついでにクラウディオの所に殴り込みついでにクッキーを処理させる為に配り、残りはレオンや其の子飼いにされた生餌達に処理させたそうです。


20200921

 柊木 あめ。

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