18:好きな事をする

 グプトの森の奥深く。二本の木々を繋ぐようにハンモックが渡されている。宵闇で支給されている漆黒のローブを纏ったユキトは猫のような身軽さでハンモックに飛び乗り横になった。何をするでもなく真上を見上げていると大きく広がった枝葉の隙間から陽光が降り注ぐ。風が通り抜けて枝葉をザワザワ揺らすと煌々と瞬く様がまるで星のようだ。


「……星にシては明るすぎマスネ」


 小さく溜息を漏らし、瞼を閉ざした。ゆらゆらと揺りかごのように揺れるハンモック。聴覚を満たすのは鳥の囀りと風の音。時折風が運ぶセレナの音楽。ハクウンボクの香りが鼻孔を満たした。


「…………」


 何をするでもなく、何を考えるでもなく、時の移ろいをボーっと眺めて過ごす穏やかな時間は無になり心地よいと感じている。



 次にユキトが活動を始めたのは世界が茜に染まる頃。寄り道せずに向かう先には白銀の長髪を流した緋色の虹彩をもつ冷やかな美貌の男がいた。相も変らぬ静寂を湛えた表情はユキトに気付くと微かに和らぐ。其の辺かに気付く者は少ないだろう。


「お帰りナサイ、夕霧サン」

「ただいま、ユキト」


 言いながら脱いだ黒のスーツジャケットを受け取り、解かれたネクタイと共に所定の位置へと運ぶ。夕霧が湯を浴びに言っている間に洗濯を済ませてスーツとネクタイの手入れを行なった。タイミングを見計らって脱衣所へ行き、ポタポタと水滴を滴らせている引き締まって無駄のない肉体美をタオルで包む。最初こそやんわりと抵抗をされていたが、見た目によらずモノグサな傾向があるのを知っているユキトは其のタイミングを熟知し今では何を言われることもない。


「へへっ……」


 小さく声を漏らしてユキトは笑う。


「楽しそうだな」

「ハイ」


 夕霧の世話を焼くのはユキトが好きだと実感する数少ない楽しみの一つなのだ。


「貴方の成長を噛みシめてイマス」

「……そうか」


 タオル越しに触れる肌は湯の温度を移しておりあったかい。身体中の水滴を丁寧に拭き取り髪の毛を乾かす。優しく丁寧に流れに沿いながら毛の生え際を乾かしていく。指先で撫でる髪は滑らかで手触りがよく、つい撫でたくなってしまう。


「ユキト……」


 鏡越しに緋色が向けられた。


「ハハッ。僕カラ見たら貴方はまだまだ乳飲み子デスヨ」

「…………」


 流石に不満そうな色が浮かんでいる。普段はお互い外見年齢相応の行動や反応をしているので忘れがちだが、悠久を移ろう死神ユキトの方が人為的に造られたばかりの忌後の夕霧よりも圧倒的に年上だ。


「おかシィデスネェ。背の高いヒトは頭を撫でられるとデレると聞いたンデスケド」


 撫で方が悪イ? と付け足しながら更に撫で続ける。


「ユキト」


 腰を捻り振り返る夕霧の大きな美手がフード越しにユキトの頭に触れた。よしよし。と言われながら撫でられている事に気付いた瞬間、顔に熱が集中し口元が緩む。


「いつもありがとう、ユキト」

「……ハイッ!」


 冷やかな美貌がデレる瞬間を見ようとして返り討ちに合ったユキトは其の日が終わるまで口元が緩んだ。


   終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 18日目のお題は『好きな事をする』です。ユキトは外見が18歳くらいの少年ですが人外の中では2番目の古株です。


20200918

 柊木 あめ。

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