13:アイスクリームを食べる

 ロバート・オルセンは最大級のメスのヒグマに気持ち盛った逞しい背格好をした三七歳の独身男性だ。ベリーショートでサイドを借り上げたツーブロックの髪はブライトゴールドで、アンバーの虹彩をもつ彼は〝ボビー〟と呼ばれ親しまれている。黒のタンクトップから生える両腕はほんのり芳ばしく日焼けしていた。


 そんなロバートを木陰で眺めているのは雪之丞・キャンベル。黒のショートヘアに覆われた幼さを残す顔立ちは二十六歳という実年齢よりも遥かに彼を若く見せ、ロバートと並ぶと骨格の華奢さが目立つ。


「先輩、休憩しましょう」

「おう、そうだな」


 草刈り機の電源を落として屋内へ向かう。



 全開の窓から流れる風が秋の訪れを告げるが、まだまだ夏の暑さは尾を引いており照り付ける日差しも突き刺さる日が続いている。クーラーを稼働させる程の暑さではない今日のような日に体感温度を下げるのに適した物。其れは――。


「はい、どうぞ」


 ソファーに腰をおろすロバートに差し出される硝子の器に盛られたバニラアイスの山。少し盛り過ぎではと思うが、雪之丞の皿にはバニラ、チョコ、ストロベリーの三種類が盛られてロバートと同じ量の山を形成していた。


「あ、そうだ。忘れてた」


 小さく漏らした雪之丞は席を立つと近くの棚に近付きブランデーの瓶を片手に戻る。


「はい、どうぞ」

「ん。ありがとう」


 蓋を開けて瓶を傾けると深味ある琥珀色の液体が白山の頂上から雪崩れて裾野へ広がっていく。甘い物が苦手なロバートが自身から歩み寄ろうとした唯一の方法だ。一口食べればブランデーの芳醇な香りが鼻に抜け、バニラアイスの濃厚な甘みとアルコールが雑ざり合う。


「…………」

「ユキも食べるか?」

「じゃあちょっとだけ」

「ん、ほら」


 一口分掬ったスプーンを差し出すと雪之丞がパクッと食らい付く。数十秒間舌の上でブランデーとバニラアイスのハーモニーを味わい嚥下した。どうやらお気に召さなかったらしい。間髪入れずに手元のチョコアイスを口へと運ぶ。


「ははっ、お子ちゃまには早かったか」

「……子ども扱い、やめてください」

「すまん、すまん。ほら、もう一口やろう」


 先程よりも少し多めに掬い、差し出した。


「そういうところですよ。先輩のそういうところ、嫌いだけど大好きです」

「其れは結局どっちなんだ?」

「自分で考えてください」


 雪之丞は不貞腐れるようにスプーンを咥え、ゆっくりとブランデーを纏ったバニラアイスを味わっている。離れ際にねっとりと湿った舌先とスプーンを銀の糸が繋ぐ。其れがなんだか色っぽく感じてロバートの心臓がドクンと跳ねる。


「……お前、最近ますます母親に似てきたな」

「は?」


 不満げな声が漏れた。


「あ……いや、すまない」

「……僕が女装したらワンチャンあるって事ですか?」

「ほら、アイス。溶けるぞ」

「……先輩、此のストロベリーアイス食べてみませんか?」

「甘そ――」


 口を開いた瞬間にスプーンが入ってきて冷えた塊を舌の上に落とす。まろやかなミルクの中に甘酸っぱいストロベリーが存在を主張した。雪之丞は微かに目元を赤らめ嬉しそうに笑っている。


「……たまには悪くないな」

「そうでしょう? 僕が一番好きな味なんですよ。覚えといてくださいね」


 雪之丞は一口掬って自身の口へストロベリーアイスを運んだ。


   終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 13日目のお題は『アイスクリームを食べる』でした。ロバートは甘い物が苦手ですが、ブランデーを掛けたバニラアイスだけは食べようとします。アイス自体を食べる頻度はかなり少ないですが。対して雪之丞は冬場でも暖炉の前でアイス抱えて食べたりしています。二人は血縁者ではありません。雪之丞の今は亡き両親と友人だったロバートが引き取り男手一つで育てました。雪之丞はロバートに惚れていますが、ロバートは惚れた女の子供を我が子のように愛でています。


20200913

 柊木 あめ。

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