14:性転換
イザベルトは何処にでもいる端整な顔立ちをした二七歳の青年だ。フラックスカラーで癖のある長めの髪を後頭部のところで一つに結い、ディープブラウンの虹彩は死んだ魚のよう。そんな彼の楽しみはファン歴が長いジョゼフ・コーラルが出演する舞台を観賞すること。自分を綺麗に見せる為に時間を費やし完成させた化粧と妖艶で美しいドレスを纏いコツコツヒールを鳴らして歩く姿は誰もが振り向くグラマラスな美女、イザベルとは他でもない、イザベルトがもつもう一つの顔だ。
「なんでっ!?」
脱衣所に備え付けられた洗面台の鏡に映る身体は生まれた儘の姿をさらしているにも関わらず両掌から零れ落ちるほどの乳房が二つ実っている。どんなに引っ張ろうが皮膚が引き連れるだけで慣れ親しんだ偽乳でないことは明白だ。心なしかいつもより腰回りが丸いような?
「ないっ!?」
股座には縮こまった蛹ではなく底知れぬ谷間が存在していた。
「……はっ! いや、此れはチャンスでは?」
イザベルトは急いで身支度を整え家を後にする。
※ ※ ※
イザベルトが向かった先は崇拝する画家、サタナキアのアトリエ。其処に居るのは知る人ぞ知るサタナキアの容姿とは似ても似つかない金の髪をオールバックにした紫の虹彩をもつ気品に溢れた顔立ちを誇るジョゼフ・コーラル、三八歳独身。彼はネイビーのワイシャツにダークグレーのベストとスラックスを纏い肘のところまで袖を捲り、見た目から想像するよりも逞しい腕を晒している。
「おやイザベル。一昨日の舞台を見に来てくれた君のワインレッドのドレスも似合っていあけれど、今日も一段と美しいね」
「ありがとう。貴方は今日も素敵よ、ジョゼフ。でも今はサタナキアに用があるの」
「なるほど。まぁ座りなさい。今の俺は何方でもない。休息を楽しむただの男さ」
言いながら差し出されたカップには赤味のある琥珀色の液体で満ちており、一口啜ると優しい蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がった。
「其れで、話って?」
「……話すより見た方が早いわ」
言い終わるや否やイザベルトは立ち上がり、パサッとワンピースを脱いで生まれた儘の姿を晒す。観察のし始めは、よくできた偽乳だ。まるで本物のような割れ目だね。と関心の声を漏らすジョゼフだったが次第に困惑が浮かび、隣に座ると溜息を漏らして自身のカップを引き寄せて紅茶を啜る。
「僕の知るイザベルトは男性だった筈だが?」
「朝起きたらこうなっていたのよ」
「なるほど。……僕は此の現象をどう受け止めたらよいのだろうか?」
「そんなの簡単よ、サタナキア。私を貴方の作品にすればいいのよ」
「……だがそんな事をしたらジョゼフが悲しむ。君が愛した歌声は枯れ果て、宝石のように輝く瞳は暗く濁り、覇気が消え失せ転落の一途を辿るだろう。君は一人の男の人生が壊れてもよいと?」
「でも――」
「例え君を作品にしたとしても、君以外の者が満たされることはない」
「……意地悪……」
「思い上がってはいけないよ、イザベルト。僕は君の欲を満たす為に作品を作っているわけではない」
「……そうね。ごめんなさい」
「然し今の君なら抱けるかもしれない」
「うわっ!?」
急に立ち上がったジョゼフに抱き上げられ咄嗟に首元に縋りつく。
「さっ、サタナキア?!」
「僕は君の性別が何方でも構わない。でもジョゼフは君に一撮みの希望を抱いている。其れが何だか分かるかい?」
「……?」
「其の身体に直接分からせてあげよう」
「……!」
カーッと顔が熱くなり両手で覆い隠す。
「――……って夢を見たんでしゅ」
溜息交じりに言ったイザベルトは瓶ビールを口へと運ぶ。
「飲み過ぎだよ、イザベルト」
「飲まなきゃやってらんねーですよ……。俺ぁね、ジョゼフしゃん――」
「ほらイザベルト。お水だよ」
「んにゅ。ありがとぉごにゃいましゅ。……あんにゃふーにジョゼフしゃんに甘やかされるのも悪くにゃいんれふけどね、俺ぁね、ジョゼフしゃんの尻孔を――」
「はい、其処まで。イザベルト。今日は泊っていきなさい。部屋に案内――」
言葉半ばで消える声音。ちゅ、ちゅぅ。と淫らな音が小さく響く。閉ざされる瞼。紅葉する目元。イザベルトはいつになく酔っている。
終
――――――――――
あとがき
閲覧ありがとうございます。
誤字脱字ごめんなさい。
14日目のお題が『性転換』なんですけど、女体化になってしまいました。きっと内面も転換してこそ正しい性転換なのかなとか考えてみたり……。あ、でも世の中には強制的に転換手術させられてワンテンポ遅れながら内面も性転換していく創作あるから……きっとこのイザベルもゆっくり内面も転換していくパターンだった可能性あります?
20200914
柊木 あめ。
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