09:友達と(みんなで)遊ぶ

 オルフェウスは淡い緑の虹彩に柔らかなクリーム色で少し癖のあるショートヘアの砂糖顔が近所で評判な優しい子だ。もうすぐ日が暮れようとした頃に帰宅してからシャワーを浴びて今の今まで熟睡していた。


「変な時間に目が覚めちゃったな……」


 時刻は夜中の一時過ぎ。仕事は休みだから此の儘起きていても問題ないのだが特に此れといって暇を潰す方法が思い付かず、ベッドの上でゴロンと反対を向いた瞬間に枕元の携帯電話が着信を告げた。ディスプレイには[ユキト]と表示されている。ガバッと上半身を起き上がらせて通話に応答した。


「はい!」

『オルチャン、今、時間ありマス?』

「うん、大丈夫だよ」

『夕霧サン達と集まって花火スるンデスケド、オルチャンもどうデス?』

「行く!」

『じゃあ、外で待ってるンで、支度が終わったら出て来てクダサイ』

「分かった!」


 通話を切るなりベッドから転げ落ちそうになりながら壁際に近寄ってスイッチを押し、身支度を整えた。



    ※    ※    ※



 空色の薄手のパーカーに白のハーフパンツとスニーカー姿のオルフェウスはユキトに連れられ宵闇居城が浮かぶ湖の畔にやって来た。複数のランタンを囲む見知った人物達がオルフェウスに気付くと手を振ってくる。


「オルちゃんこんばんは~」


 語尾が伸びているのは中性的な美貌が明るい澪。普段よりもヘラヘラ笑っているので酒を飲んだ後なのが窺える。


「こんばんは、オルフェウス」


 白髪が月光を受けて蒼白く輝く霧は相も変わらず儚い印象を与えるが、何処となく目元が柔らかく雰囲気が丸い。きっと彼も酒を飲んだ後なのだろう。


「よぉ! オルフェウス。ほらこっち来いよ」


 口元を緩めながら手招く三白眼気味の千鶴は綺麗系ホストのような空気を纏っている。いつもより表情が明るいので寄っているのだろう。


「オルちゃん、見てみて! 打ち上げ花火もあるよ」


 一瞬女性と見間違う顔立ちをした槌原は黒の長髪を首の片側に寄せて首筋を晒し、色っぽい。箱を抱えながら寄ってくる。


「オルフェウスも飲むか?」


 瓶ビールを持った片手を掲げてみせてくれる神崎は黒のタンクトップから覗く両腕もそうだが浮き上がる胸筋も逞しい。


「こんばんは、オルフェウス」


 耳に優しい高さの声音はアリエッタ。いつ見ても可憐で綺麗で優し気な微笑に癒される。


「オルフェウスも食べるかい?」


 爽やか系みんなのお兄さん的存在のカイトはサンドイッチが詰まった重箱一段分ほどの大きさをした弁当箱を差し出した。


「お前達、いっぺんに喋ったらオルフェウスが困るだろ」


 低く耳に心地良い落ち着いた声音を発する夕霧は月の下で見ると一段に美しく、冷やかだ。



 皆仕事終わりなのだろう。漆黒のスーツを纏い、ある者はジャケットを脱ぎ、またある者はワイシャツの袖を捲ったりワイシャツ其の物を脱いだりしている。


「にゃははははは! 神崎さんピンポーン」

「うおっ!? 何すんだ澪!」

「にゃははは!」


 視界の端で澪が神崎の両乳首を人差し指の先で押しているのが見えた。


「こら澪!」

「澪君!」


 霧と槌原の声が同時に聞こえる。


「ご苦労、ユキト」

「ハイ」

「オルフェウス。飲み物はあのボックスにある。好きに飲んでくれ。カイトとアリエッタが夜食を用意してくれた。ゆっくり遊んでいってくれ」

「はいっ! ……あれ? 夕霧さんは何処へ行くんですか?」

「簡易テーブルと椅子を取ってくる」

「あ、ソレなら僕が――」

「構わない。ユキト」

「ハイ。オルチャン、遊びマショウ」


 夕霧の背を見送ることなくユキトに手を引かれ、ランタンの方へと歩み寄った。既に双子達は畔に何で線香花火を楽しんでいる。


「オルチャンに見せたいのがあるンデス」


 言いながら手に取ったのはねずみ花火だ。何処からともなく取り出した銀のライターで火を付けると湖の方へ放り投げた。橙色の火花を散らしながらクルクル円を描きながら水面で跳ねるねずみ花火は赤く変色し、最終的に黄色に変わる。もう一つ火を付けて投げると青紫が斑な火花がクルクル回り、時折銀の火の粉を撒き散らし小さな銀河のような空間を生みだした。


「綺麗……」

「焔のお手製デス。今年は嵐で花火大会が中止になったからって、其の鬱憤晴らしに沢山作ってくれマシタ」

「すごい量!」

「何色に光ルか分からないんデス。オルチャンもどうぞ」

「ありがと」

「着火シたらすぐ投げテ」

「うん」


 ユキトが火を近付けると先端に燃え移り、ジュッと小さな音がした。オルフェウスがすぐさま湖へ向かってなげるとシュゥゥゥと音を立てて桃色の火花が噴き出しクルクル回る。色が変わることはなかったが微かに桃の香りが漂った。隣にユキトが投げたねずみ花火が紅の火花を撒き散らしながらクルクル回る。


 不意に、パンッ! と小気味よい破裂音が響き小さな光の塊が上空へと上がり、パッと銀色に光る花が咲いてあっという間に散った刹那、黄色く発行するパラシュートがふわりふわりと目の前に飛んで来たのでキャッチした。


「オルフェウスゥ~」


 ふにゃんにゃんな笑みを浮かべた澪が駆け寄って来る。


「其れ、オルフェウスにあげるけど何が入っていたかだけ見せて!」

「貰っちゃっていいんですか?」

「うん。まだあるし、其れはキャッチした人の物だよ」


 遅れて来た霧が言う。澪に急かされるようにねだられパラシュートに括られた小箱を開ける。中には一本のシメジのような形状をした小さなストラップが入っていた。スイッチを押してもカチッカチッと小さく音が鳴るだけで特に変化はない。どうやら電池は別途用意する必要があるようだ。


「何でしょう? コレ……」

「デンマ」

「電気マッサージ器」


 双子が綺麗に声を揃える。


「デン……」


 カーッと耳まで赤くなるのを実感した。


「あはっ。オルちゃんかぁいぃ」


 純粋な者を愛でる澪の笑みは今にも零れ落ちそうだ。


「際どいデスネ」

「千鶴さんはコックリングだった」

「ナルホド……」

「霧はねぇ――」


 澪の口を塞ぐ霧にはとても美しい笑みが浮かんでいる。


「じゃあ、僕達は向こうで違う物を打ち上げるね。幾つか種類があるみたいだから、懲りずにキャッチしてほしいな」


 むぐむぐ呻く澪を半ば引き摺るように連れ去っていく背を見送った。



 其の後、空腹を感じたオルフェウスは夕霧が持ってきた簡易テーブルの方へ移動し、アリエッタとカイトが作ったサンドイッチを食べ、スイカをつまみ、葡萄ジュースを飲みながら簡易椅子に腰を掛けて休息をとる。二十歳を過ぎた者達が子供のように花火ではしゃ意でいる光景を眺めていると自然と口元が緩んでいく。


「オルフェウス」


 隣の椅子に腰をおろすユキトは掌サイズの犬のぬいぐるみを差し出した。


「さっきキャッチシマシタ。あげマス」

「ありがとう。……前にユキトが連れてた犬みたいだね」

「僕のはチズムという犬種デス。多分其れモ同じかト」

「そっか。じゃあ、ユキトにデンマあげるよ」

「オルチャンのエッチ」

「あっても使わないし……。べっ、別にやましい意味じゃないよ? 背中をマッサージするには小さすぎて使いにくいって言うか……」

「……記念に持ってイればイイ。愉シい思い出は幾つあってもイイデス」

「そうだね。……うん、そうだね」


 羞恥が消えきらないオルフェウスは小さく笑う。


「あのさ、ユキト?」

「ハイ」

「僕――」


 言いながら指先まで隙間なく包帯を纏った細い手に触れようとした刹那。



「にぃさんが湖に落ちたぁあああああ!」



 バシャンと水が跳ねる音と共に澪の悲鳴が響く。騒めきながら誰もが双子の傍に近寄り湖を覗き込む。十数秒後に無表情で無言の儘頭を出した夕霧は顔に張り付いた前髪をかき上げオールバックにして溜息を漏らす。


「酔いが醒めた」


 小さく漏らしながら畔に近付き水滴を垂らしながら上陸し、スーツのジャケットを脱いで絞る。


「タオル取ってきます!」

「構わない」


 走り出そうとした千鶴を引き留め、言葉が続く。


「此の暑さだ。ほっとけば乾く」


 言いながら白いワイシャツを脱ぎ絞り始めた。


「か、カイト?」


 アリエッタの困惑した声に視線を向けるとカイトがアリエッタの両目を塞いでいる。


「ごっ、ごめんねアリエッタちゃん! つい、反射的に……」

「そう……。……みんなに自慢できると思ったのに、少し残念だわ」

「えぇ?!」

「夕霧様や霧様、澪様は確かに顔が整い過ぎて恋愛対象から外されますが……女子だけが集う空間は殿方が思っている程おしとやかじゃないのよ?」


 口元に笑みを浮かべるアリエッタ。困惑するカイトが少し可哀想だ。


「ね、オルフェウス?」

「えっ?」


 急に話題をふられて目を丸くする。


「あなたも例外ではなくってよ、オルフェウス。特に広報課には弟系が好みの女子が多いの。薄々気付いているでしょう?」

「あ、アリエッタ、もしかして酔ってる?」

「ふふ……大丈夫よ。酔っていないわ」


 ふふふふと笑うアリエッタはいつもと雰囲気が違う。酔っているとみて間違いないだろう。


「筋肉だったら晃の方があるよ?」

「ちょっ、千尋! やめっ――」

 どうやら神崎以上に槌原は酔っているらしい。神崎の悲鳴が虚しく響く。



    ※    ※    ※

 


 睡魔に襲われた為に賑やかな場を後にしたオルフェウスはユキトの背で揺れている。ユキトの話し声と歩調が相まって更に深い眠りを引き寄せた。


「……オルフェウス?」


 あまりの心地よさに言葉を返さないでいるとユキトは無言の儘歩き続ける。もう少しだけ、此の背に感じる無機質な感触を味わいたい。そう考えながら安らぎと共に深い深い眠りへと落ちていく。



  終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 夕霧さんが湖に落ちたのはウザ絡みをする澪にタックルされて落とされたからです。霧が承認。澪は夕霧さんと霧の距離を縮めようとしてやりました。壁ドン的な目論見だったけどよく考えたら壁がなくて澪本人も相当慌てたことでしょう。アホかわいい。


20200909

 柊木 あめ。

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