08:買い物

 季節は冬。枯れ木に雪が積り果てしない白に世界が染まった。


 藤堂真冬は黒みのある茶色のショートヘアに焦げ茶の虹彩をもつ砂糖顔の十八歳。お気に入りの紺色をしたダッフルコートに暗い緑のタータンチェックのマフラーと黒の手袋を装着している。


 其の隣に佇むのは丈の長い藍色の外套を纏った雪兎。名前の如く長髪も肌の色も白く二つの虹彩が赤い。


 そんな二人が訪れた片道一時間半掛かるスーパーは丁度タイムセールの為にスタンバイしている主婦で溢れかえっていた。此処は此の地域に存在する唯一無二の個人経営のスーパー。他に買い物へ行くには車で片道三時間費やさねばならぬ為、夕食前の時間帯、此処は主婦達の戦場と化す。


「牛肉、一人二パックまで一九八円。雪兎、分かってるよな?」

「ああ、勿論だ。二パック取ったらボクは一家族一パックの卵に流れる」

「俺は野菜」


 カランカランと店員がハンドベルを鳴らすと場の空気が張りつめた。


「さぁさぁお立ち合い! 皆々様がお待ちかね、特売の時間がやってまいりました!」


 十秒前からカウントダウンが始まった。


「五秒前! よん、さん、にぃ、いち!」


 カランカランとハンドベルが鳴り響くと一斉に人の波が流れ出す。真冬と雪兎も流れに続く。


「押さない、駆けない、引っ張らない。はいソコ! 其処のマゼンダの奥さん! 今前の人押したでしょ! はい、こっち来て! 言い訳は要りません! 他のお客様が怪我をしたらどうするんですか! ペナルティで通常料金のお支払いとさせていただきます。いいですかお客様! 当店では押さない、駆けない、引っ張らない! どうぞ守って安全にお買い物をしてください。譲り合い、助け合いの精神でいきましょう!」


 拡声器を使った店員の声が響く。




 最初に二人が目指したのは肉コーナー。特売せんようのワゴンに詰まれた肉の各種はもう既に残り僅かだ。人の波間にもまれながらなんとか二パック真冬が手にした時、雪兎の姿が其処にない。次に向かうは野菜コーナー。ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、セロリ。様々な野菜がカゴにどっさり積まれており群がる主婦達は袋詰めに勤しんでいた。担当の店員に袋を貰い、いざ詰めようとした刹那、隣に居たカラフルな服装で目を刺激するふくよかなおばさんが、ちょっとあんた! と言いながら袋を横取りする。真冬が目を丸くしているとおばさんは早口で言葉を紡ぐ。


「最初に袋を伸ばすの! こうやってこうやって! そしたらコレをこうやって、こう! それからコレを詰めて、こうこうこう! 隙間にコレをこおしてこう! そんでもって最後にコレをこう詰める! ほら! 見てみ!」


 誇らし気なおばさんが差し出す袋はぱっつんぱっつんに張りつめ、絶妙なバランスで数種類の野菜の塔が聳え立つ。


「す、すごい……」

「袋詰めのシルバー。其れがあたいの異名さ」

「かっ、かっこいい……!」

「ふっ。あんた若いのに見る目あるね! どうだい。このままあたいと果物の袋詰めいこうじゃないの」 

「はいっ!」

「行くよ! 小童!」

「はいぃっ!」


 果物。惣菜。魚。お菓子。袋詰めのシルバーと巡る特売品袋詰めで目の当たりにした技術はどれも真冬を圧倒し、二人は無言で握手を交わして其々レジへと向かう。



 日暮れ時。


「調子こいて買いすぎちゃった……」


 バスから降りて並んで歩く、真冬と雪兎。二人の両手には其々こんもり膨らんだ買い物袋がぶら下がっている。


「真冬。君の分も持とう」

「え、いいよ。雪兎だっていっぱい持ってるしさ」

「遠慮は要らない」

「遠慮はしてない」

「……そうか」

「そう言えばさ、さっきすごい人が居たんだ!」

「へぇ……。何がどうすごかったんだ?」

「あのね――」


 嬉しそうに言葉を続ける真冬の眼差しは新しい玩具を見付けた子供のように輝き、声音は弾んでいる。


「――だったんだ!」

「へぇ、其れは確かにすごい」

「だろっ!? ……あっ! 麻生さんだ!」


 数メートル離れた街灯の下。薄墨色の外套を纏う黒の長髪を後頭部のところで一つに結った和装の男が視界に映った。どうやら石焼き芋を買っているらしい。いしや~きいも~。と聞きなれた謳い文句がスピーカーから流れて、一人、二人と人影が増えていく。


「こんばんは、麻生さん!」

「……? ああ、真冬君と雪兎か。こんばんは」

 此方へ向きなおる麻生の顔は目が一つだけ描かれた雑面で隠されていた。

「麻生さんってよく石焼き芋買ってますけど、好きなんですか?」

「……何故だか来ると買ってしまう。呪縛のようなものさ。今日も冷えるね真冬君」


 当たり前のように真冬の背に回した片手で誘うように神社へ続く石段へと歩き出す。


「麻生さん……?」

「今日はやけに強引だな、麻生」

「近所で通り魔があった。まだ犯人は捕まっておらず、行方も知れぬ儘。万が一という事もある。明日の朝に送って行くから、今日は泊っていきなさい」

「真冬に万が一の事があったら困る。好意に甘んじよう」

「……うん」

「真冬君。荷物を貸しなさい。俺が持とう」

「大丈夫です、これくらい」

「では石焼き芋と交換をしてくれないか。手が熱い……」

「そういうことなら……」


 真冬は麻生に持っていた買い物袋を手渡し、石焼き芋の袋を受け取った。


「……此れではバランスが悪い。悪いがもう一つも貸してくれないか」

「え、でも――」

「背に荷物を二つ詰んだロバは倒れてしまったが、縄の両端に荷物を吊るして背に引っかけたらバランが取れてロバは歩き出したらしい。麻生も其れと同じだ」

「倒れたら大変!」


 真冬はもう片方の手に持っていた買い物袋を手渡した。


「ありがとう」


 そう言った麻生は先程よりも歩きやすそうだ。


「あっ! 麻生んさは袋詰めのシルバーってしってますか?」

「袋詰め?」

「さっきスーパーで――」


 真冬は興奮気味に話しだす。其の声はとても明るく弾む。


   終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい


 今回は【Hiver】の面々です。年内に本編をと思って居ましたがサイトの方が存続しないと言う現象に見舞われましたね。ははっ。


20200907

 柊木 あめ。

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