07:コスプレ
魔物討伐軍を率いるヘルシング家当主のルカが住まう屋敷の一角。
「ユゥリ! 動いちゃメ!」
「うげ……ソレくすぐったいから早く終わりにしてくれ」
今は長馴染みであり悪友であるイフェリア第五王子がもつ自他共に認める美しい顔に慣れた手付きでメイクをしている最中だ。
「はい、完成! あ。でもまだユゥリは目を開けちゃダメだからね? こっち来て」
手を引きながら大きな姿見鏡の前に連れて行き、立たせた。
「目を開けていいよ!」
「…………」
鏡に映るユゥリはいつもの快活そうな美少年という雰囲気をすっかり失い、垂れたふわふわのウサギミミを頭から生やしたおっとり系の可愛らしい美少女の顔になっている。
「自分で言うのもなんだけど、俺の顔は素晴らしいな」
「ユゥリのそういうところが無くなったらもっとモテるのに」
「ただでさえ顔が良くてモテるのに、此れ以上モテたら常に囲まれて面倒臭いだろ?」
「はいはい。で、衣装の着心地はどうよ?」
「衣装……」
ユゥリが纏った衣装は優しい茶色が基調となったフリルやレースをふんだんにあしらったAラインのロリータ風ワンピース。白いニーハイにソックスガーターは必須で、リボンを使った編み上げのブーツは丸みを帯びていて可愛らしい。
「何なんだよ、此の服。布ががサバって動きにくい」
「今巷で話題沸騰中な撲殺うさぴょん☆ラブあんどラビリンスをご存じない!?」
「あー、ルカが前に漫画を押し付けてきたやつか」
「アレは前々作のマジカルドラック撲殺うさぴょん☆ブラック会社成敗致すだよ」
「……一々題名が長い」
「いやぁあ、ね! もうね! ユゥリ様様だよ! 顔が良いから黙っていれば完全に撲うさのプリチーミルクキャラメルマキアーゼ其のものだよ!」
言いながらカメラのファインダーを覗いて確認する。
「あー……尻尾があれば完璧なんだけどなぁ……」
バサッとスカートをめくり藍色のボクサーパンツ越しに尻を眺めた。
「もう! なんなの此の男ぐるしいパンツ! プリマキはもっと白くてスケスケでレースのえっちぃヤツをだな――」
「ちょっ、触るな!」
「はぁ……男の尻だ。此れは男の尻だ。プリマキのお尻はこう、丸くてきゅーとで――」
「今日は撮影会をするんだろ? 渋々時間を割いてやってんだから、早く着替えてこいよ」
「Sì」
足取り軽く別室へ衣装を取りに行った。
※ ※ ※
頭に映える黒いウサギミミ。ゆるく巻かれた金の長髪は腰まであり、マキシ丈で紫のワンピースはピタッと身体のラインを強調し、動けば深いスリットから網タイツを纏った脚が顔をチラチラ覗かせる。胸元に開いた穴は菱形で、露になった深い谷間にはロイヤルビルゴーマキアーゼが対戦後の休息用に常備した人参スティックが一本挟まっていた。
「うわっ、今日のロイマキ過去最高のできかも!」
姿見鏡の前でポーズをとりながらルカは言う。
「ふふっ……此の偽乳なんてヘルシングの英知を惜しみなく費やし計算し尽くされて再現されたリアルロイマキおっぱい。手触りは勿論質量、乳輪や乳首の大きさ、色素沈着など細部にまで拘った至高の一品。……ふふ……ロイマキのおっぱい……」
偽乳を揉み扱くルカを鏡越しに眺め、ユゥリは溜息を漏らしながら口を開く。
「ヘルシングの英知を無駄に使うな」
「製作費はポケットマネーだから問題ないよ。其れにほら、ヘルシングって魔討じゃなくて俺個人だから。俺の英知だから。俺のおっぱいにかける情熱が――」
「はいはい、分かった分かった。其れより早く撮影を始めようぜ?」
「あーうん。そうだねぇええええええっ!?」
肩越しにユゥリを振り返ったルカは間の抜けた声を漏らす。視線の先にはカメラマンを依頼していた吸血鬼族のレイン――黒みのある青い髪を低い位置で一つに纏め、背筋が凍えそうなほどに冷やかな美貌に緋色の虹彩をもった黒衣の男――とレオン――毛先が跳ねた赤味のある黒い長髪お後頭部のと事で一つに纏めた目つきが鋭い黒衣の男――がユゥリを挟むように立っていた。
「いつから其処に!?」
「お前が胸を揉み扱く前から居たが、気配で気付かなかったのか」
レインが溜息交じりに言う。
「や、だって吸血鬼は鏡に映らないし……」
「…………」
呆れを含んだ溜息が漏れる。
「ところで、お前達の格好は何なんだ? ウサギの擬人化か?」
レオンがユゥリとルカのウサギミミを交互に見て片手をユゥリの顎に添え、クイッと持ち上げ顔を覗き込む。
「こっちの方が美味そうだな。」
「っ――」
「ああっ! ユゥリが毒される!」
慌ててユゥリの手を引き寄せ抱きしめた。
「レオン、メッ!」
「ははっ。お前らそうしいてると、何て言ったか。前にルカが見せて来たヤツみたいだな。花の名前みたいなヤツ」
「へへん! だって今日はソレを再現しようと思ってユゥリに協力してもらったんだ!」
「へぇ……。レイン、アレ持ってきてよかったな?」
「ああ、そのようだ」
「アレ?」
ルカが小首を傾げた。
「ルカ。今日は土産を持ってきた」
「え、レインが? 珍しぃね?」
「お前が以前、撮影に使いたいと言っていた触手だ」
「へぇ、触手……触手!?」
レインがパチンと指を鳴らすとあっという間にルカとユゥリの足元にパックリと口を開けた大きな花が咲き、中から肉厚な蔓がうにょうにょ伸びてきて二人の足に、腕に、胴に絡み付く。
「ひぃっ!?」
「何で俺まで!?」
「ぁっ……何だろう、思ってたよりエロくない。此れはアレだ。お仕置き部屋に閉じ込められる為に拘束されてる感じ。全然えっちじゃない!」
「冷静に分析している場合じゃなァッ――」
「おおっと?」
ルカは視線をユゥリに向け目を見張った。何故か触手が触れたカ所だけユゥリが纏う着衣が溶けているのだ。じわじわと消えていき網目状に生肌が晒されていく。
「レオン! ユゥリを重点的に撮って!」
「任せろ!」
パシャ。パシャッ。とシャッターを切る音が響く。
「やっぱ触手は絡まっている人を見た方がえっちぃな」
「だぁあああああああああああっ! うわぁ、やめっ、助けっ――」
「どうやら王子は気に入られたらしい」
レインが言い終わると同時にルカは触手に投げ捨てられ、猫がそうするように身体を捻って態勢を整え軽やかに着地する。
「ありがとう、レイン。プリマキの触手プレイ美味しい」
にこにこと満面の笑みを浮かべながら携帯端末片手に撮影に参加した。楽しそうにしている光景を眺め、小さくレインの口元が緩むことに気付く者は誰もいない。
終
――――――――――
あとがき
閲覧ありがとうございます。
誤字脱字ごめんなさい。
20200907
柊木 あめ。
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