05:キスをする

 闇野は黒髪に夜色の虹彩を持つ爽やか系な青年だ。黒のスーツを着崩す事なく纏い、人懐っこい顔立ちに浮かべる微笑は多くの者達から緊張と警戒心を奪い去っていく。心の隙間に付け込んだ彼が相手に求めるのはただ一つ。



 場所はろすときんぐだむの噴水広場。白髪に黒曜の虹彩をもつ中性的な美貌の青年が白いワイシャツに黒のスラックスの上から丈の長い黒いカーデガンを纏い、ベンチに座って本を読んでいた。足取り軽く闇野は近付く。


「ねぇ、君」


 そう声を掛けると静寂を浮かべた顔が此方を見る。


「さっきからずっとそうしているけど、待ち合わせか何か?」

「……はい」

「ふぅん……ね、となり座ってもいいかな?」

「……嫌です」


 黒曜の視線が本へと戻された。


「じゃあ、少し俺と話さない?」

「…………」

「君を見た瞬間に、今声を掛けなかったらダメな気がしてさ」

「…………」

「え。嘘、俺を無視するの? もしかして俺が見えてない? いやそんな筈は……――」

「…………」


 パタン。と本が閉じ青年が立ち上がる。


「待って!」


 咄嗟に掴んだ手首を引き寄せ、抱きしめた。


「君の顔がすごく好みなんだ。ねぇ。お兄さんと楽しい事をしよう?」

「お断りします」

「その割には、おとなしいね? 本当は強引にされたいタイプ?」


 クイッと顎を持ち上げようとも白髪の青年は表情を変えることなく闇野を見る。


「要望を叶えてあげようか?」


 挑発するように唇が触れるか否かの距離まで顔を近付けても何が変わるわけでもなく。


「君がもうちょっと恥じらうとか、困惑するとかしてくれたらお兄さんハッスル頑張っちゃうんだけどなぁ……」


 ジッと見つめてくる黒曜の虹彩から感情を読み取ることができず威圧感に心が折れそうだ。


「……無理にしないのですか」

「そうしたいのはヤマヤマだけど、俺が此の唇を塞いだら君が手に隠している針でチクッとされちゃうからなぁ……」

「っ――」


 本を持っている方の手首を掴んで捻り上げると白髪の青年は小さく顔を歪めて手にしている本と指の間に仕込んでいた針を地面に落とす。


「ソレ、毒が塗付されているでしょ?」

「よく分かりましたね。神経を痺れさせる優しい毒ですよ」

「や、毒に優しいも鬼畜もなく皆等しく害――」


 妙な気配を感じて白髪の青年から離れると、先程まで自身が立っていた場所に緋色の刀身をした刀が刺さっていた。柄を握る黒革の手袋を纏った手。漆黒のローブを纏い白銀の長髪を流した冷やかな美貌の男が立っている。


「ひぇ……大体攻撃してくる相手って殺気放っているけれど、此処まで無なの初めてだ! しかもお兄さんすごく美人ですね! 此の後俺とホテル――」


 闇野の言葉を最後まで聞かずに緋色の刀身を引き抜いた美貌の男は襲い掛かってきた。


「うわっ、ちょっ、危なっ――」


 ローブの裾を、白銀の長髪をはためかせながら踊るように足を運ぶ美貌の男は何処までも静寂を湛えた儘、闇野を追い詰める。風を切る音からして其の一撃が重たいのは確実だ。其れでいて相手の武器はリーチが長い。恐ら一八〇半ばを軽く超えているであろう身長と同等。或いは其れよりも長い緋色の刀身を避けるのは苦労する。


「ちょっ、ねぇ! うわっ、まっ――」


 喋る事に意識を割くと反応が遅れてしまう。


「ごめっ、ごめんって! ごめんなさいっ!」


 追い詰められた先に在るベンチに膝裏カックンをされて座り込む。


「ごめんなさいごめんなさいぃいいいいっ!」


 埴輪のような形相で半べそになりながら頭部を真っ二つに割るべく振り下ろされた緋色の刀身をパシッと両掌で挟んで止める。数秒間感情の読めない緋色と視線を合わせるのは心に良くない。更に数十秒の沈黙を経て、緋色の刀身が空気に溶けるように消えていく。


 美貌の男が踵を返した刹那に白銀の長髪をグイッと力任せに引っ張り背面から倒れさせ、腕で抱き留めた。其の儘顎をクイッと持ち上げ唇を塞ぐ。肉が薄めだが形の良い唇はサラッとしており見た目よりも柔らかい。闇野が自身の欲を満たすと同時に、冷やかな美貌の男がいつの間にか手にしていた緋色の刀身が首を刎ねた。ぐらりと揺れる視界。支えを失った頭部が落ち、身体が倒れる。


「……うっわ、えっぐ……」


 こうして身体を眺めるのは新鮮で、ドプッ、ドプッ。と首の切断面から吐き出される体液は黒い。のっそり起き上がった頭部が頭を拾い上げて元の位置に置く。



「あはっ、残念。此処では誰も死ねないんだ。そういうルールですから。もしかしてお兄さん、ご存じない?」

「では場所を変えるとしよう。たっぷり遊んでやるよ」

「え。いや、確かにお兄さんと遊びたいけど、そういう遊ぶじゃなくて……」

「遠慮は要らん。此の紅蓮で本当に死神さえも殺すことが可能なのか試させてくれ」

「やだなに怖いんですけど此のお兄さん……」

「待ってください。微妙にずれていますよ」


 言い終わるや否や、白髪の青年の日焼け知らずで器用そうな指先が闇野の頭部に触れる。此の辺かな。と小さく言いながら傷口がピタッと重なるように置きなおしてくれた。


「え、やだ……君、優しいね。どうしよう、俺、君に惚れちゃったみたい。お礼にホテル行かない? 君がまだ味わったことのない悦楽を提供してあげるよ」


 爽やかで人の良い笑みを浮かべ、肩を抱き寄せる。


「お断りします」

「遠慮しな――」

「何を、シテイルンデス?」


 闇野の背後。其れも直ぐ傍で独特な訛りのある少年の声が言う。


「やぁみの? 何を、シテイルンデス? 返答次第で貴方をタルタロスへ送りマス」

「や、やぁ! タナトス様。ご機嫌麗し――」

「質問に答えナサイ」

「こっ、此れで赦してくださいっ!」


 闇野は自身の頭部を後ろに向かせ、黒衣の少年の唇に唇を重ねた。記憶にあるどの唇とも一致しない、不思議な感触が伝わってくる。此の儘舌を入れたらどんな反応が返ってくるのだろう。好奇心に負けた瞬間、試みたが……。


「ぐふっ――」


 鈍い音を立てて口から呻きを漏らしながら頭部が落下する。右頬が痛い。どうやら殴られたようだ。


「其れが赦シを乞う者の態度デスカ。というか貴方と口を吸い合ったところで僕になンのメリットもありマセン」

「冷やかなお兄さんとの間接キス!」

「ハァ? 冗談は性格だけにシてクダサイ。夕霧サンが簡単に口を吸われるわけ――」

「兄様が襲われる瞬間を見たよ」


 白髪の青年が物珍しそうに言う。


「霧クンが冗談を言うとは思えマセンケド、信じがたいデス」


 視線を向けると逸らされる緋色。少年の口元から笑みが消え、纏う闇が深くなる。


「やぁ~みぃ~のぉ~……」

「あは……あはははっ!」


 身の危険を感じた闇野は乱暴に空間を切り裂き顔を覗かせた暗がりに飛び込んだ。待ちなサイ! と少年の声が追ってくる。


「なンで貴方が夕霧サンと!?」

「好みな顔だったからつい!」

「ハァアアアア!? 確かに夕霧サンは美人サンデスケド! 貴方はそうやって見境なく……ヒト型なら何デモイインデスカ!?」

「違いますよー。俺にだって好みの一つや二つくらい――」

「ダマラッシャイ!」


 二人の追いかけっこは暫く終わりそうにない。



   終

 ――――――――――

 あとがき

 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 闇野はThanatosSyndromeに出てくる死神の一人です。


 ろすときんぐだむは平和空間。


20200905

 柊木 あめ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る