04:デートに行く

 イザベルトはいつもの女装姿ではなく長い癖毛を後頭部のところで一つに纏めジップアップパーカーにジーンズといったラフな格好で最寄り駅まで歩いていた。両耳に嵌め込んだイヤホンから流れるのはファン歴が長いオペラ歌手の圧があるテノールが歌う[魔王]で、何度も、何度も繰り返し聴いている。


 駅に着くと中に入ることなく、同じ建物に入っている最近リニューアルオープンをしたカフェのテラスを覗く。疎らに埋まった席に見知った姿を見付けることができず、店内へ視線を向けた。広くない店内にはラップトップパソコンを広げて仕事をしている者や、新聞を読んでいる者がちらほら居て、珈琲を持ち帰る者の方が多かった。


「……?」


 溜息を漏らしながらズボンのポケットからスマホを取り出して待ち合わせをしている人物にメールを送り、注意をしながらテラスや店内へ視界を向けたが誰のスマホが鳴るでもなく変わらぬジャズ調のBGMが流れるだけの静寂に満ちている。小さな電子音が返信を報せメールを開くと『Right in front of you』と記されていた。指示通り前方にある席に視線をむけると、顔立ちは整っているが亜麻色で長めの髪がなんとなくボサッとして深緑の虹彩をもち黒縁の眼鏡を掛けた茶系の服装で統一した地味でそこはかとなくダサイ空気を纏った男が一人。イザベルトはイヤホンを外す。


「さっ、サタナ――」


 男は人差し指を立てて黙れと合図する。イザベルトは慌てて両手で口を塞ぎ、頷いて見せた。男は空になった紙コップをゴミ箱に入れてから近付き、穏やかに笑う。


「おはよう、イザベルト。急に呼び出してすまなかったね」

「暇だったんで問題ないです!」

「おや。誘った時は随分と渋っていたのに?」

「それは……仕事に行くときのような格好で来てくれって言われたから。てっきりジョゼフさんの買い物に付き合うものだとばかり……。いや、でも、やっぱり此の姿で貴方に会うのは抵抗があります……」

「そうかい。安心したまえイザベルト。外観は違えども何方も中身は同一だ。本音を言えばジョーイは女装をした君とデートがしたいと考えていたが、最近悪質なパパラッチに見張られていてね。こうでもしないと自由に外を歩けない。君に迷惑を掛けたくなくて……。大丈夫。今の君も十分美しいよ」


 ぽんぽん、と頭を撫でる大きな手。イザベルトは羞恥から生まれた熱に満ちていく。


「さて、行こうか」


 イザベルトの片手首を掴んでサタナキアが歩き出す。


「行くって、何処へ?」

「あれ? 聞いていない?」

「貴方は何を尋ねてもカフェに来るようにしか言わなかったです」

「ははっ。そうだったかな……? まぁ、焦らすほどのものでもないが、行けばわかるよ。ところでイザベルト――」


 雑談を交わしながら歩き続ける事、約十五分。連れて来られたのは繁華街の一角に在る美味しいと評判のバーガーショップだ。昼時を過ぎた店内は適度に賑わっておりカウンターには数人が並んでいる。


「夢を見ている気分です。ジョ……サタナキアとバーガーを買う為に並んでいるなんて」

「此処の期間限定チーズとキノコの特製ホワイトソースバーガーがどうしても食べたくてね。でも、情けないことに買い方が分からなくて」

「そんな……言ってくれたら買って届けるのに」

「君は僕を甘やかしすぎだよ、イザベルト。慣れておかないと此の先も一生、君なしでは食べられなくなってしまう。それに君と一緒に買いに行けばその分の時間を共有できる。素晴らしいと思わないかね?」


 サタナキアは楽しそうに口元を緩めた。そうこうしている内に順番が巡り、イザベルトは心を鬼にしてサタナキアに注文をさせる。メニューを指差しながらアレコレと伝える様子を眺め、時折言葉を付け足し会計へ。事前に財布を手にしていたイザベルよりも早くにサタナキアが店員に紙幣を差し出した。



 カウンターの横に避けて品物を待つ。


「サタナキア、俺の分を返します」

「気にしなくていいさ。これは君の時間を譲ってもらう対価だから」

「でも――」

「そこまで言うのなら、君が困っている人と出会った時に惜しみなく使ってあげなさい。もしその人がお礼を気にするようなら同じように言ってあげればよい。その行動が広がっていったら素敵な世界になると思わないかね?」

「……どの口が言うんですか」

「ははっ。そこは甘やかしてもいいところだと思うがね、イザベルト。相も変わらず君は手厳しいな」

「貴方の口から紡がれると、どんな綺麗事も霞んでしまう」


 溜息交じりに言うとサタナキアは楽しそうに笑いながら声を掛けてきた店員からトレイを受け取り飲食スペースへ向かう。奥のボックス席に座った二人は斜めに向かい合った。ガサガサと包装紙を開けたサタナキアが新しい玩具を与えられた子供のように瞳を輝かせながら出来立てのバーガーに齧りつく。


「熱っ」

「火傷に気を付けてください。はい、飲み物」

「ありがとう。……んー……うん、うん。……ああ、見た目通り美味しいね」

「…………」

「……食べないのかい? イザベルト」

「いえ……貴方を見ているのも悪くないな、って。普段の上品さから想像がつきません」

「そうかい。君には僕が上品に映っているのか。いつも以上に情熱的な眼差しで僕を射抜くから、口説かれているのかと思ってしまうかもしれないね」

「口説いても靡かないくせに……」

「僕はその儘の君が好きだが?」

「俺の気持ちを知っていながらよく言いますね」

「ははっ。不貞腐れる君も可愛らしいな」

「……一口ください」

「ああ、どうぞ」


 差し出されたバーガーに身を乗り出すように顔を近付け齧りつく。


「……俺もそっちにすればよかったな」

「もう一つ買ってこよう」

「いいです。また今度、来ましょう?」

「次回のデート予約として受け取るが?」

「好きにしてください」


 照り焼きチーズバーガーに齧りついた。


「……君のも美味しそうだね」

「美味しいですよ。はい、どうぞ」


 差し出すと先程のイザベルト同様にサタナキアが身を乗り出すように顔を近付け齧りつく。自身の手を使わないで食べる行為は行儀が良いとは言えないが、普段見慣れない行動と無防備さに目を奪われた。そうこうしている内にガブッと二口目が奪われる。溶けて糸を引くチーズが下唇に付着し、舌先でペロッと舐めとる仕草は色っぽい。


「イザベルト?」

「……っ、はい!」

「君が望むのなら、犬食いをして見せようか?」


 どんなに地味な雰囲気を纏おうとも意地が悪そうに笑う整った顔は美しい。


「そんな趣味はないです」


 感情が顔に出ないようバーガーに齧りつく。


「今年は新しい君の性癖を見付けようと思うのだが」

「お断りします! ほら、ポテトが冷めますよ」

「ああ、忘れていたよ。……ふぅ。しかし僕も歳をとったものだ。少しだけ、胃にくるね」

「じゃあ、食べてもいいですか?」

「食べられるようなら、新しいのを買ってこよう」

「貴方が家に帰ってから食べると言うなら新しいのを買ってきますけど、捨てるならクダサイ。勿体ないし、俺の胃もポテトを此の場で処理する余裕が生まれます」

「そうかい。なら、君に食べてもらおうかな」

「ありがとうございます。……へへっ。サタナキアと間接キス」

「僕はサタナキアであり、ジョーイでもあるが?」

「えっ、聞こえましたか?」

「ああ、ハッキリと。奇遇だね。実は僕も同じことを考えていたんだ。赤面する君が見たくて口にするかどうしようか迷ったが……先を越されてしまった」

「……食べずらい……」


 視線を手元の期間限定チーズとキノコの特製ホワイトソースバーガーに落とす。


「ゆっくり食べなさい。時間はまだあるのだから」


 テーブルの上に両肘を着き組んだ手の上に顎を乗せて此方を見る視線はあたたかい。


「……他に行きたいところはないですか?」

「他に? ……どうだろうね。君と同じ空間で時間を共有できるだけで満たされてしまうからな。時間が許される限り、君の傍に居たいと考えているよ」

「じゃあ、俺の行きたいところに行ってもいいですか?」

「それは嬉しい提案だな。勿論だともイザベルト。喜んで共に行こう」


 自然とイザベルトの表情が緩み、バーガーやポテトを食べる速度が上がっていく。


  終

 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。


 此の二人も互いが「特別」ではありますが恋人未満ですね。



20200904

 柊木 あめ。

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