03:ゲームをする
パン、パン。と手拍子が鳴る。
「愛している」
冷やかな美貌が印象的な白銀の長髪を流し緋色の虹彩をもつ黒いスーツ姿の男が低く落ち着いた声音で、対面する灰色の髪をハーフアップにした灰色の虹彩をもち細いストライプの入った灰色のスーツを纏った男に対して言うと再びパン、パンと手拍子が鳴る。
「愛しているぞ、夕霧」
夕霧と呼んだ男に対して壁ドンをしながら甘く言うが、静寂を浮かべた表情に変化はない。
「おい少しは反応しろよ! 俺の方が恥ずかしいのだが!?」
「ならオルハが反応を見せればいい」
壁に背を預けて退屈そうに立っている夕霧は溜息交じりに言葉を続けた。
「其の方が手っ取り早いだろ。やせ我慢をするな」
「自惚れるな、夕霧。確かに私はお前を心の底から愛しいと思っている。そんなお前に愛していると言われるのは素直に嬉しい。だがな、今の夕霧の言葉には何も感じていない。何故だか分かるか? まったくもって感情が籠っていないからだ」
其の声音には呆れが滲んでいる。
「此のくだらない部屋に閉じ込められて何時間経ったと?」
「……169時間くらいだな」
「169時間……!」
オルハは頭を抱えながら其の場に膝を着く。
「こんな不毛なゲームを続けるなんて頭がおかしくなりそうだ」
「いっそおかしくなればいい。面倒は見てやるよ」
「お前なぁ……」
コラ超深度掘削坑同等の深い溜息が漏れた。
「定期的に食事は与えられているし、おやつも支給されている。要望を口にすれば時間外でも食べ物や飲み物を与えられ、簡易トイレも、寝具も支給されている。二日おきだがタライで湯も提供されている。オルハが生きるのに不自由はないだろ?」
「夕霧はよいさ。人外の部類だからこまめに入浴せずとも臭くならない」
「そんな事を気にしているのか」
「うわっ、よせ! 其れ以上近寄るな! ニオイを嗅ぐな!」
「……気にし過ぎだと思うが」
「お前に臭いと認識されたらもう手遅れなんだよ!」
「……俺はオルハと共に居る口実が出来て嬉しいが」
ポツリと零れる言葉はオルハに届かない。
「仕方ない。ゲームを再開しよう」
「無理だ。夕霧は私の言葉に何一つ反応しない。夕霧が淡泊なのを受け入れている心算でいたが、言わされている感満載で感情の籠っていない夕霧の言葉で虚無に満たされていく。すまない、夕霧。私は自分が思っている以上に夕霧の事を受け入れ――」
「先行は俺で愛しているゲームリスタート」
「相も変わらずマイペースなやつだな……」
零しながらも夕霧とタイミングを合わせてパン、パンと手を叩く。
「愛している」
まっすぐに灰色を捉える緋色は微かに細められ、形の良い唇は微笑んでいる。何よりも低く落ち着いた声音は角が取れて甘く、優しい。数秒の沈黙を挿んでオルハの顔が耳まで赤く染まり、視線を逸らした目は所在をなくし手落ち着かず、片手の甲で口元を隠した。
ピピピッと電子音が響き、唯一無二のドアが開く。
「喜べ、オルハ。帰れるぞ」
「……私は莫迦だな。嬉しい筈なのに、もう少しだけ此処に居たいと思ってしまった」
そう言い終わった刹那、独りでに扉がパタンとしまり、ガシャン。と施錠の音が響いた。
「はぁあああああああ?! おい、何故!?」
どんなに叩こうが押そうが引こうがドアは黙した儘。
「夕霧、もう一度――」
「俺はやる事をやった。次はオルハの番だ」
表情こそ静寂を湛えているが、声音は楽しそうだ。
「嫌だ。嫌だ! お前が反応してくれないから不安になるし、素面でお前の美貌を凝視しながら愛していると伝えるのは結構恥ずかしいのだぞ!?」
「羞恥を浮かべるオルハを眺められる絶好の機会だな。此の儘、此の部屋から出られなくても俺は構わないが。オルハが臭くなろうとも、な」
「意地が悪いぞ、夕霧」
「オルハが余計な事を言わなければ出られた」
「誰だってドアが閉まるなんて思わないだろ!?」
「己の失態を認め、俺の功績を称賛しろ。そうしたところで現状は変わらんがな」
唇を噛み締め悔しそうにドアを睨みつけるオルハの横顔は嫌いじゃない。
「オルハ」
名前を呼ぶと振り向く端整な顔。
「愛している」
精一杯の甘さを籠めて囁いた。嬉しそうに笑うオルハが我に返ったのは数十秒後で、期待の籠った眼差しでドアを見るが何が変わるでもなく。
「何故開かない!?」
「ゲームは終了した状態で、再スタートさえもしていないから開かなくて当然だろ。脱出条件を忘れたのか」
「ゆ、夕霧。頼む。もう一度――」
「断る」
「夕霧様」
「気色悪い」
「お兄ちゃん」
「お前の兄ではない。諦めろ」
オルハはうなだれた。
終
――――――――――
あとがき
閲覧ありがとうございます。
誤字脱字ごめんなさい。
三日目のお題は【ゲームをする/映画を見る】でしたので前者にしました。オルハと夕霧は恋仲未満です。二人は過去話で乳繰り合っていますが、夕霧さんはうっすらとオルハが胎児だった頃にEchidna Projectの被験体にされて母親が亡くなったと無意識下で察し同情というかニオイが弟達と似ているから興味をもったりしている節を完全に否定できないので……。
オルハも霧と過ごした中でEchidna Projectに関して色々聞いたり資料を見ている筈なので、夕霧の自分への興味が「吸血鬼にコロニーを作って暮らす習性がある」ことからくるものではないかと考えなくもなく、夕霧と自分の「好意」が「恋慕」等の人間的な感情からくるものであると信じたいのがオルハです。「好き」だの「愛している」だの伝えているのに何故不安がる?何がお前と違う?と不思議がるのが夕霧さんです。情に対する感覚の違いからすれ違うから二人は恋人未満。
20200903
柊木 あめ。
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