02:抱きしめる
K‐01851は白髪に黒曜の虹彩をもつ中性的な美貌が静寂を湛えた青年で、K‐01864は白髪に黒曜の虹彩をもつ中性的な美貌が儚い印象を周囲に与える青年だ。二人は霧が造った複製で外見こそ瓜二つだが、前者の方が些か気が強い。
※ ※ ※
場所は久世屋敷の地下研究所の一角に在る廊下。
「M‐10790! 廊下は走らない!」
朝っぱらから元気な声が響く。
「ごめんなさぁあああああああああい!」
M‐10790と呼ばれた黒髪に紅色の虹彩をもち中性的な美貌が明るい青年は足を止めることなく言い残して走り去る。
「こらっ、M‐10790! 待ちなさい!」
白髪を揺らしながら白衣を纏った数人の複製が通り過ぎて行く。其の中の一人が戻って来て、困った顔で口を開いた。
「お願い。Y‐0100に連絡を取って。携帯端末を全て隠されてしまって」
「分かった」
ズボンのポケットから薄い軽量型の携帯端末を取り出しY‐0100をコールする。数秒後に退屈そうな声が応答し、事情を伝えて了承の意を確認してから一方的に通話を切った。
「其の内に連行されてくると思う」
「ありがとう。助かった」
「M‐10790、今度は何をしたの?」
「暇を持て余したオルハ様と此処を見学していたのだけれど、好奇心を抑えられずに様々な行動をしたんだよ」
「そう……オルハ様は無事なの?」
「女体化する薬を頭からかぶったから、今頃は変態を遂げる身体の痛みに悶え苦しんでいると思う」
「何故そんな物騒な物をM‐10790の手の届く場所に置くの!?」
「ごめんなさい……」
「K‐01851!」
遠くの方から白髪を揺らして白衣を纏った複製が静寂を浮かべた顔に微かな焦りを浮かべながら走ってきた。
「ねぇ、廊下は走らないでって何度も言わせないでくれるかな?」
「僕は初めていわれたよ。そんな事より、来て」
ガシッと腕を引かれて足早に連行されて行く――。
被験体のバイタルが安定しない。被験体が数体脱走した。備品の数が合わない。K‐01353が見付からない。チョコレートムースタルトを作った。記録の通りに薬を調合したが上手く作れない。冷蔵庫のプリンが消えた。被験体に■が食べられたから補充して。霧が研究の為に飼育していた■■■■が脱走した。殺虫剤が見付からない。■■■■数匹が通気口から帝都内へ逃げ出した。次から次に問題が舞い込み、対応に追われている内にあっという間に日が暮れていく……。
K‐01851が自室に戻れたのは夜の帳が下りた頃。
「くたびれた……」
静寂を浮かべた中性的な美貌を曇らせながらソファーに倒れ込む。
「お帰り、K‐01851。朝よりもやつれたね」
コトンと小さな音を立ててローテーブルの上に差し出される白いマグカップ。取っ手を掴むとカランと氷が動く。鼻に抜ける清涼感はハーブだろう。シュワシュワと弾ける炭酸とレモンの酸味が乾いた心を潤していく。
「蜂蜜、変えた?」
「うん。僕が育てた花から採取した蜜だよ」
隣に座るK‐01864は言いながら自分のマグカップを口へと運ぶ。同じタイミングで啜ると、控え目で優しい蜜の味に口腔内が満たされる。
「美味しい」
「気に入ってくれたようでよかった」
「K‐01864、ありがとう」
「どういたしまして」
K‐01851はマグカップをローテーブルの上に置き、K‐01864に抱きついた。
「三十秒で一日のストレスが半分だから、六十秒で一日分のストレスが解消される」
「ご苦労さま」
K‐01864はマグカップをローテーブルの上に置き、K‐01851を抱きしめ返す。
「君が誰よりもしっかり者であることは周知の通りだから、誰もが君を頼ってしまうね」
「僕は其処までしっかり者ではないのだけど……」
「知っているよ。君が食欲を感じるとムラムラしてきて自慰をする事で食欲を満たしていることも」
ぎゅぅ。と抱きしめる腕に力が籠る。
「アレは君の研究を手伝って――」
「そう。僕が調教したようなもの、だよ」
片手で白髪を撫でられ、マリアナ海溝くらいの深い溜息を漏らしたK‐01851はK‐01864から離れた。
「君の所為でストレスが解消されない」
「じゃあ、最初からやり直そう」
「ふぇえええっ、K‐01851、K‐01864!」
埴輪のような形相で半べそをかきながら薄緑のパジャマ姿のM‐10790が奥の寝室からやってきた。
「よしよし、M‐10790。此れに懲りたら、自制心を身に着けなさい」
K‐01864は優しい表情を浮かべてM‐10790を膝に乗せ、あやす。
「そうだ、M‐10790。いいことを教えてあげる。K‐01851を三十秒抱きしめると、一日のストレスが半分解消されるんだ。一分抱きしめれば一日分のストレスが解消されるんだよ。試してみたら?」
「何故僕?」
「わーい、K‐01851ぎゅぅー」
満面の笑みを浮かべてM‐10790はK‐01851に抱きつく。
「へへ……ほんとうだねぇ……」
嬉しそうな声音に気恥ずかしさを感じながらも抱きしめ返すと、M‐10790を挟みながらK‐01864が抱きついてきた。
「今日はゆっくり眠れそうだ」
K‐01851が笑う。
「そうだね」
K‐01864が小さく笑い。
「へへっ、サンドイッチィ~」
澪は歓びでとろけそうな埴輪のような形相微睡んでいく。
終
――――――――――
あとがき
閲覧ありがとうございます。
誤字脱字ごめんなさい。
カウント記念なので霧と澪の複製組の日常を覗いてみました。K‐01851は気が強い傾向があり、K‐01864は怒るとオリジナルの霧よりも怖いですが、温厚な状態だとオリジナルの霧とよく似ています。
20200902
柊木 あめ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます