Rabbit or Treat!

薪原カナユキ

第1話

 満点の星空に、ゆったりと微笑む満月。

 明かりの灯された街には今、飾り付けられた建物の間を異形の住人たちが闊歩かっぽしていた。

 至る所に顔が彫られたカボチャとデフォルメされたコウモリ、悪魔を連想させる品々がこれでもかと飾られている。


 家々を練り歩く異形は種類に事欠かなく、万魔殿パンデモニウムとも言える面々が揃っていた。


 吸血鬼バンパイア狼男ワーウルフ生ける死体ゾンビ木乃伊ミイラ名前のない怪物フランケンシュタイン

 カボチャのお化けジャック・オー・ランタンに箒を持った魔女、幸運を呼ぶ黒猫や白く揺らめく幽霊ゴーストなんかも出歩いていた。


 その中で一人。

 異様に種族が混ざり合っている少女がテクテクと道を歩いていた。

 腰から生えるコウモリの翼からして、悪魔の一種か。

 破けた衣装から覗く磁器のように白い肌に、爛々らんらんと輝く赤と青の虹彩異色オッドアイは吸血鬼と取るべきか。

 または関節からうかがえる人形らしさに劣化し剥がれた皮膚ひふからして、自動の糸繰り人形マリオネットか。

 いやいや、全身に包帯を巻いているからミイラかもしれない。

 はたまた頭上に浮かぶ黒いリングから察するに、堕天使なのかもしれない。


 これが私の趣味ですと言わんばかりに主張する要素は、バランスを崩すことを超えて一つの作品へと昇華されていた。


 そんな少女が向かう先は、カボチャと悪魔を飾りながらもウサギをメインに主張している一軒家。

 教会も意識しているのか、カボチャを被ったウサギの首には逆さになった十字架がかけられていた。


「こんばんはーなのじゃー」


 ポチっと押されるインターホン。

 間延びの声を出し、翼をパタパタと動かす少女はじっと家の住人が出てくるのを待ち構える。


 一分と立たずしてバタバタと走る音が鳴り、玄関が勢いよく解き放たれる。


「こんばんはー! 兎ノ国のお母さん、兎乃うさの海夢みみちゃんだよー! お母さん、ママだよ紅音あかねちゃん!」

「お母さま、知ってるのじゃ。こんばんはなのじゃ。とりっくおあとりーとなのじゃ」


 現れたのはアレンジの効いた修道女の衣装を着飾るウサギ耳の少女。

 腰からは漆黒のコウモリの翼を生やし、スペードの先端を持った尻尾を振る少女は悪魔と言ったところか。

 手が見えないほど長い袖をブンブンと振り回し、収まることを知らないハイテンションな水色の髪の少女――兎乃うさの海夢みみは、紅音あかねと呼ぶ少女をこれでもかと言う位に来訪を歓迎していた。


「そうだねートリックオアトリートだねー。もちろん紅音あかねちゃんにあげるのはお菓子トリートの方だよ。あっ、でもでも。どうしても悪戯トリックをしたいっていうなら、どんどんやっちゃってー!」

「そうじゃのー。食べてから考えるのじゃ」


 フラフラと室内に準備されたお菓子の山へと誘導されていく紅音あかねは、まさに甘いものに操られる人形そのもの。

 癒しを求める堕天使は、待ちわびたとばかりに匂いを辿って部屋へと入っていく。


「あっ、紅音あかねちゃん。こんばんはー。トリックオアトリートー」

「かぐやちゃん、こんばんはーなのじゃー」


 彼女が入った部屋には先客が一人、持ち前の触手を駆使して用意されたお菓子を並べる少女がいた。


 青緑の触手を操る少女――如月きさらぎかぐや。

 普段のメイド服とは打って変わり、彼女の着る黒く大胆なドレスはスカート部分が大きく翼の形を成していた。

 髪飾りにコウモリの物を身に着けており、今は給仕ではなく吸血鬼の女王となっている。


 そんな彼女はお菓子の匂いに誘われてきた紅音あかねを見て、尊大な女王の容姿からは考えられない聖女のような笑顔で手を振り向かい入れる。


「ふっふっふ。かぐやちゃんのお陰で準備は万端。いつ家族のみんなが来たとしても、これでお菓子を配れる!」

「そんな。わたしは並べているだけで、お菓子を用意したのはお母さんじゃないですか」

「おおー。いっぱいなのじゃー」


 外と同様に飾られた室内には、これからクリスマスプレゼントでも町内に配るのかと思うほど積み上げられたお菓子の包みが山となっていた。

 共用のテーブルへ並べられたお菓子は、大皿にチョコレートにクッキーにケーキと丁寧に並べられ、いつでも食べられる状態になっている。


 かぐやの仕事ぶりを褒める海夢みみは、自信満々に胸を張る。

 兎ノ国かぞくを抜きにしても来訪する人は相当数いると踏んでいるのか、紅音あかねの言う通りお菓子の数は膨大と言っていいだろう。


「さあ紅音あかねちゃん! 紅音あかねちゃんのお菓子は向こうにあるから、存分に貰っていってね!」

「おおー! 赤、赤なのじゃー。お母さまありがとうなのじゃ」


 海夢みみがキメ顔で指をさした場所には、これでもかと赤に統一された包みたち。

 大から小までどれも赤色で、白髪のポニーテイルを尻尾のように振る紅音あかね躊躇ためらいなくお菓子の山へと突撃する。


 女の子座りでしゃがみ込んだ彼女は雑なのか不器用なのか、途中まではラッピングをきちんと解いていくも、次第に力任せに包みを破き開封していく。

 中身の箱までは赤ではなかったが、解き放たれた箱の中身はチョコレートを中心としたお菓子の詰め合わせが大半だった。

 そのどれもがガラス棚へ並べられた高カラットの宝石たちのように並べられたもので、高級さを前面に押し出している。


「ちょこ、チョコなのじゃー」

「かぐやちゃんはコッチだよー。もうこの際、和風洋風関係ないよね!」

「わあ! ありがとうございます!」


 紅音あかねに続き、海夢みみがかぐやに用意した物は、これまた西洋文化ハロウィンとは趣旨の違う包み。

 洋菓子が入った包みも混ざってはいるものの、半分は和を感じさせる入れ物が多かった。


 かぐやが一つ手に取り中身を開けると、やはり入っていたのは和菓子の類。

 三食団子に羊羹ようかん、練り切りにカステラと饅頭まんじゅう

 吸血鬼の女王に和菓子とは不思議な組み合わせに思えるものだが、趣味の極致あかねがこの場にいるので気にするものは誰も無いだろう。


「さあ次は誰かなー? どんどんカモーン!」


 ウキウキとハイテンションを維持している海夢みみ

 ノリにのって彼女が両腕を振って飛び上がったその瞬間、ブレーカーが落ちたのか部屋の明かりが一斉に消える。


「ちょっ、えっなに!?」

「て、停電ですか!? お母さん、ブレーカーはどこに――」

「怖くない怖くない、紅音ちゃんは怖くないのじゃ」


 暗闇の中、海夢みみはただ何も見えない室内をがむしゃらに見まわし、かぐやは慌ててブレーカーを確認しに行くもパニックになっている海夢みみから場所を聞き出せずに落ち着かせることを優先する。

 一人、赤と青の虹彩異色オッドアイ爛々らんらんと光らせる紅音あかねは、赤箱のチョコレートと共に部屋の隅で膝を抱えていた。


 するとパッっと一筋の光が照らされ、わずかな希望と二人の少女が視線を集めた先にソレはいた。


「トリック、オア、トリート~」


 虚空を見つめる鋼の瞳。

 継ぎ接ぎの皮膚に勅令ちょくれいの札を顔面に張り付けた僵尸キョンシーが、懐中電灯を天井に向けて明かりをつけ、ノタノタと不安定な足取りで部屋に入ってきていた。


「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「待って待って、母さん、かぐやちゃん! 俺、俺だから! ギアだから!」


 鳴り響く少女たちの叫び声。

 抵抗なくお互いを抱きしめ、少しでも恐怖を押さえようとする海夢みみとかぐやだったが、キョンシーはそれ以上のことはせず、むしろ大慌てで何かの指示を送る。


 一瞬で室内の明かりは取り戻され、涙目で声の主を確認する二人の少女はホッと息をつかせる。


「ごめん、ごめんて。……あー、やりすぎだったかー。サプライズとして良いと思ったんだけどな」


 懐中電灯のスイッチをきり、息を切らせて弁明を計る頭にゼンマイが刺さったキョンシーの少年。

 紫月しずきギア――兎ノ国三男の彼は、紫のメッシュが目立つ黒髪を払い額の汗を拭う。


「ギ、ギアくん! こういうことやるときは、事前に言っておいてよ!」

「そうだよお兄ちゃん! めちゃくちゃ怖かったんだからね」

「だからごめんって。今度からは気を付ける」


 次々と文句をギアに言っていく海夢みみとかぐや。

 謝罪も兼ねて二人の言い分を聞くギアの視線は、自然と残り一人へと移っていく。


 明かりが戻ってからもなお部屋の片隅で膝を抱えている紅音あかねは、しどろもどろに言葉を重ねていく。


「ギアくん、だったのじゃな。あ、紅音あかねちゃんは全然大丈夫なのじゃよ、つよつよなのじゃ。ほ、ほれ見ての通り、だいじょ、大丈夫なのじゃ。のーぷろぐれむなのじゃ。怖くなんてないのじゃ」

「ちょっ、姉さんが壊れた!」

「うわああ! 紅音あかねちゃん大丈夫!?」

「私たちより全然大丈夫じゃない!?」


 元から光の指していない瞳が、明度を落とし暗くなっている紅音あかね

 海夢みみがとりあえず勢いで喋る中、ギアの謝罪とかぐやのフォローで瞳に光を取り戻していく彼女は、胸に両手を当てて深呼吸をしていく。


 紅音あかねの調子がようやく戻り始めた辺りで、玄関からピンポーンとチャイムの音が鳴り響く。

 どうやら次の客人が来たようで、アワアワと駆けていく海夢みみは、止まらぬ勢いで扉を開けて叫ぶ。


「こんばんはー! トリックオアトリート!」


 繰り返されるお菓子か悪戯かTrick or Treat

 兎ノ国に新たな客人が訪れる――

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