第17話「キミの気持ちはよくわかる」


(擬音・吹き出し外文字)

「セリフ」

{人物モノローグ}

<ナレーション・モノローグ・解説・歌>


●1

 廊下の水飲み場。

 顔を洗っているインチョー。

(じゃー)

 そばで気遣うように立っているマキミキとまれ。まれはギターを抱えたまま。

(きゅっ)

 蛇口をしめるインチョーの手。

インチョー{……今日は大失態ばかりだ}

 インチョー、ハンカチで顔をぬぐう。どこか悔しそうな顔。

インチョー{自意識過剰で、いくじなし}

インチョー{他人に泣き顔まで見せるなんて……}

 タイトル


●2

マキミキ{……一番泣かなそうな女が、いきなり泣きだしたら}

マキミキ{こっちがうろたえるよ……}

 途惑った表情でインチョーの顔を見ている。

マキミキ「だいじょうぶ?」

 と声をかける。

インチョー「なにが?」

 と澄ました顔でチラっと見返す。

マキミキ「う」

 そのまなざしに少しひるむ。

インチョー「気にしないで。ちょっと感激したのよ」

 とツンとマキミキから目をそらす。

マキミキ「あ、そう…」

マキミキ{……ちょっと感激て……やっぱ変な女}

 なんなのこいつ? とその意固地さにとまどう。

インチョー「ハンカチ洗って返すね」

 とまれに。

まれ「うん」

マキミキ{変な女と言えば…}

 とまれを見る。

マキミキ「ねえ、すごいじゃん」

 とまれに。

まれ「……?」

 と、ぽかんと首をかしげる。


●3

マキミキ「ギター!」

 と指差す。

まれ「これ? 準備室にあったやつだよ」

 と手にしたギターを見る。

マキミキ「……弾いてるあんたがすごいって言ってんだけど」

 あきれて。

まれ「あ、わたしかー」

 笑ってテレるように頭に手をやる。

まれ「えっ?」

 我に返って驚く。

まれ「そ、そ、そう? すごい?」

 あたふた。

マキミキ「泣かすほどね」

 とインチョーを示して。

 少しだけムッとするインチョー。

マキミキ「あたしもふるえたもん」

 と頬を紅潮させて興奮し鼻息荒くまれを見てニヤリとする。


●4

 第二音楽室。

 もどってきた3人。それぞれ椅子に座っている。マキミキは背もたれを抱えるようにまたがって座ってる。インチョーとマキミキは詰問するようにまれのほうを向いている。まれちゃんに興味津々で、何から聞こうかという感じ。

 まれ、ギターを抱えてちょっと緊張ぎみ。

マキミキ「さて」

マキミキ「まれちゃんに興味あるよ、あたしは」

インチョー「そうね」

インチョー「私も能ある鷹は爪隠すって感じが…」

マキミキ「なんか」

マキミキ「見損なっていたのが悔しいなあ」

 と少し自嘲するような微笑みで溜息つきながらまれをじっと見る。

マキミキ「ブルーズ好きなの?」

 まれ、うなずく。

マキミキ「シブいね」

 うんうんと同意するように。

インチョー「私、あなたのハーモニカブルーズも」

 と横を向いてマキミキに。

インチョー「好きよ」

マキミキ「えっ」

 インチョーを見ずにぎょっとする。


●5

マキミキ「あっ、ありがと」

 赤くなってうろたえつつインチョーを見て。

マキミキ{好きとか言われたの初めてだ……っっ}

 と視線を落とす。

 テレをごまかすように、まれの右手を指差して。

マキミキ「あ、そ、そうだ、それ」

マキミキ「その花瓶の首、スライド作ってたんだね」

 まれの指にはまっているスライド。

インチョー「ガラス瓶とか金属のスライドと比べて」

 とそれを見て。

インチョー「陶器のスライドって音があたたかいんだよね」


●6

マキミキ{詳しいっていうか…、オタクっぽいかも……}

 と驚きと疑念。

インチョー{私をワシ掴みにして、ガクガク揺さぶった}

インチョー{…魔法のギターだ}

 まれ、ギターを抱えて、まだ二人が自分に興味を持っていることに途惑っている。

インチョー「ねえ、何か弾いてほしいな。元気なの」

 と微笑して。

まれ「えっ」

 ひゃっと背筋を伸ばす。赤くなる。

まれ「あっ、えっと、あの…、あの……」

マキミキ「?」

 と、あたふたするまれを不審げにみている。


●7

まれ「ううっ……」

まれ「だ、だめなんだー……」

 と片手で赤くした顔を隠してもう片手を広げて突き出して。

インチョー「……どうして?」

 ちょっと不思議そうに。

まれ「わたし、人の前で弾けないの」

 顔を覆った指の間からのぞいて。

まれ「ひ、弾こうとすると…、こ、怖くて…、指がうごかなくなっちゃう……」

マキミキ「え」

マキミキ「でもさっき、セッションしたじゃん」

 と不思議そうに驚いて。

インチョー「うん」

 同意して相槌を打つ。

まれ「あれ…?」

 まれ、自分でも不思議そうに気が付いて。

まれ「でも」

まれ「だ、だけどっ」

 と必死に弁明する。


●8

まれ「…昔からね」

まれ「ギターを持っていると」

まれ「みんなに「ギター弾いて」って言われて」

 悲しそうな顔になってくる。

まれ「でも、ひ、弾けないから、バカにされて」

 あ、という顔でまれを見るマキミキ。まれが弾けない事情がわかる。

まれ「……それで」

まれ「それでイヤーな気持ちになって…」

まれ「弾けなくて……」

 元気なくなって少しうなだれるまれ。

インチョー「私たちは」

 インチョーを見るマキミキ。

インチョー「絶対にバカになんか」

インチョー「しないよ」

 まっすぐまれを見るインチョー。真剣な顔。


●9

まれ「……」

 目を丸くしてじっとインチョーを見る。

マキミキ「ねえ」

 と同意するように真面目な顔で声をかける。

マキミキ「じゃあ、また一緒になんかやってみよう!」

 まれ、今度はマキミキの顔を見る。

マキミキ「インチョーはなんか楽器できないの?」

インチョー「……ピアノならちょっと」

 準備して。

 セッションを始める3人。まれ、ストラップをつけて立つ。

 マキミキのリードで。

マキミキ「そんじゃ、てきとうに……」

 とハーモニカを掲げて。


●10

 マキミキハーモニカを吸う口元。

ハーモニカ(ぱーらーぱーらー ぱーらーぱーらー ほんわっぱほわんぱ ほんわっぱほわんぱ)

 ハーモニカを吹き出すマキミキ。

インチョー{ブギウギ…}

 ピアノの前に座ってマキミキのハーモニカのリズムに乗ってる。

ハーモニカ(ぱーらーぱーらー ぱーらーぱーらー ほんわっぱほわんぱ ほんわっぱほわんぱ)

ピアノ(ぱららららららららららららららら)

 鍵盤の上を走るインチョーの指。

ピアノ(でんででんででんででんで だだっだーん)

マキミキ{お}

マキミキ{インチョー、センスあるな}

 と片眉をあげて身体を揺らす。

ハーモニカ(ぱららぱーら ぱららぱーら)

 マキミキ、うれしそうに足踏みし始める。

(たんた たんた たんた たんた)


●11

 まれ、二人の演奏にぱっと顔を上げる。

ギター(びゅーん・びゅんびゅびゅんびゅーん)

 と適当に合わせて弾き始める。いつのまにか見つけたストラップをギターにつけている。

 ぞくっとするマキミキとインチョー。

インチョー{この音だ}

インチョー{たった一つ音を鳴らしただけで掴まれる……}

ギター(びゃんびゃっびゃびゃん)

まれ「Hmmmmmーー mmmーーmmmーー Hmmmmmーー」

 と唸りながら。

インチョー{うなり声(ルビ・モーン)? おらび声(ルビ・ハラー)?}

 と、まれを見ながら、適当にピアノでシャッフルを刻み始める。

ピアノ(ぴんぴんぴんぴん……)


●12

 まれ、急に思いついたように、弾き始める。

 アップテンポで明るい曲。

ギター(ぎゃっくぎゃっくっぎゃっくぎゃっく ぎゃっくぎゃっくっぎゃっくぎゃっく)

まれ<気分がいいよ 何をしよう?>

 とインチョーに近寄ってくる。

ギター(きゃっきゃーん・きゃっきゃっか・きゃっきゃきゃーん)

まれ<気分がいいよ 何をしよう?

   あー 気分がいいよ キミと遊びたい>

 元気な曲と、まれにまっすぐ見つめられて、インチョー、ちょっと背筋が伸びる。

まれ<気分がいいよ ギターを弾こう>

 かきならされるギター。

 マキミキも笑って、まれと一緒に唄い出す。

マキミキ<気分がいいよ ギターを弾こう>

二人<あー もう一押しで 爆発しちゃうかもね>

 くっついて歌う二人。


●13

ギター(きゃっきゃっきゃっきゃきゃん きゃっきゃっきゃっきゃきゃん)

 間奏。まれ、身体を大きく揺らしてギターをかき鳴らしながら、インチョーの顔を見る。

ギター(きゃっきゃっきゃっきゃきゃん きゃっきゃっきゃっきゃきゃん)

ハーモニカ(ぶっかぶかぶっ ぶっかぶかぶっ)

 マキミキ、前のめりになって両手に包んだハープを思いっきりブロウし、腰を突き出して縦に振りまくる。ミニスカートがひらめく。

 気持ちよさそうにハーモニカを吹き鳴らすマキミキ。

ギター(ちゃっちゃちゃ きゃらきゃらきゃきゃーん)

ギター(テロリラ テンテテラテロ ちゃんちゃちゃらりらら)

 インチョーも、はにかみながら全員で一緒に唄い出す。

三人<キミの気持ちはわかってる

   キミの気持ちはわかってる>


三人<キミの気持ちはわかってる

   キミの気持ちはわかってる

   ねえキミの気持ちはよくわかるよ

(『I feel so good』 誤訳:坂井音太)>


I FEEL SO GOOD

Words & Music by J.B.Lenoir

©GHANA MUSIC The rights for Japan assigned to FUJIPACIFIC MUSIC INC.



http://www.youtube.com/watch?v=ZYxgG2_aEMM


http://www.youtube.com/watch?v=o7vYLdqt68E


●14

インチョー{この子のブルーズは魔法の竜巻みたいだ}

 まれ、かき鳴らす。

インチョー{憂鬱を吹き飛ばすギター……}

 インチョー、負けじと鍵盤を跳ね散らかす。

ギター(ちゃりこちんぷい~ん)

 フィニッシュ。ギターを弾くまれの手元。

 セッション終わって。

マキミキ「できたじゃん!」

 とまれちゃんが人の前で演奏できたことを喜んで。

まれ「おっ、おっ!」

 と興奮してバカっぽくうなずいてる。

インチョー「セッション、初めてだったけど、面白いね」

マキミキ「え、うそっ?」

 と驚いて振り向く。

マキミキ「センスいいから慣れてんのかと思ったよ」

インチョー「……ソウルとかジャズとか、わりとブラックミュージック全般好きなんだ」

 とはにかむ。


●15

インチョー「そっちこそ、バンドとかやってるでしょ?」

インチョー「踊り、すごい…」

 とマキミキに。

マキミキ「…うん、まーね」

 と少しテレて。

まれ「セッションてさ! なんかこう! こう…」

 まだ興奮してる。

まれ「すごいね!」

マキミキ「すごいのはまれちゃんじゃん」

マキミキ「なんなの?」

 と呆れて笑う。

まれ「なの?」

 と釣られて笑って首をかしげる。

インチョー{人前では怖くて弾けない、セッションもしたことがない…}

インチョー{じゃあなんでブルーズ……?}

 と疑問が浮かぶ。

インチョー「……まれちゃんは、誰にブルーズギター習ったの?」

まれ「おばあちゃん」

インチョー「いつから?」

まれ「5歳くらいかな」


●16

マキミキ「そんなときからブルーズやってたの? 上手いわけだ」

まれ「でも、下手だったよ」

まれ「だから上手くなりたくて」

 ぽかんとまれの顔を見ているインチョーとマキミキ

まれ「十字路で契約したの」

 まれの目。うつろ。

まれ「悪魔と」

 まれの口。


●17

まれ「mmmーーmmmーー」

 その口からおらび声が発せられる。

(どろーン)

 まれのギターから渦巻くように発せられる音。

 禍々しいほどの迫力。

 音を聴いた瞬間一発でその世界に呑まれているマキミキとインチョー。

 黒い強風に吹かれて後ろにのけ反るように世界がゆがむ。


●18

 ギターを弾くまれの背中。

(どろろろーン)

 とぐろを巻く禍々しい音。

 インチョーとマキミキ、息を呑んで見ている。

 音に巻かれてゾッとしている。

まれ「mmmーーmmmーー」

インチョー<このおらび声(ルビ・ハラー)は>

インチョー<きっと魔法を呼び込む呪文だ……>

 まれの、狂気を孕んだデモーニッシュな顔。哀しげ。


●19

<十字路に立つうちに 陽は落ちていく

 十字路に立つうちに 陽は落ちていく

 きっと自分も憂鬱に沈んでいく>

 夕焼けの十字路に立つ三人。

マキミキ<スズメバチの羽音みたいなスライドギター>

マキミキ<胸に突き刺さるトゲのような声>

 マキミキの見開かれた目。

 黒い空に沈む夕陽。

マキミキ<どうしてこんなに?>

 回想フェードアウト。


●20

 回想終わり。フェードイン。現在に戻る。夏服。

 電車の中。夕陽を見ているインチョー。

(ガタン ガタン)

インチョー「……私は」

インチョー「あのとき、悪魔との契約は本当だな、って思ったよ」

 マキミキを見て。

マキミキ「まさか」

 驚いて目を見開く。

マキミキ「だって、そんなことあるわけ……」

 と反論しかけ、

インチョー「そうかな?」

 とかぶせてさえぎる。

インチョー「……認めるのが怖かったんじゃない?」

インチョー「冗談めかさずにはいられないくらい……」

 じっと目を細めてマキミキの表情を観察するように。

マキミキ「……」

 少したじろぐ。


(つづく)



↓コンテ

https://www.pixiv.net/artworks/85188137



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