第四十九話 心なんて曖昧me
◇◇◇◇◇
ミトさんの部屋は何も私物がなかった。モデルルームみたいに生活感のない綺麗な部屋。きっとそれがミトさんの自覚している自分の心象風景。
短編小説を読むよりも簡単に人の心は見えるのに、対価として自分の心が分からないと言ったミトさん。マジョさんと一緒にいたのは、リスナーがただそれを望んでいたからだと言う。でも、本当にそれだけなのだろうか? だとしたら何で、今回はマジョさんを引き止めるという多くのリスナーが望んでいる事をしていないのか。そこには矛盾がある。
「マジョさんと仲が良かったのは、本当にそれが望まれていたからだけの理由なんですか?」
まるで親子のようであり、姉妹のようでもあった。マジョさんは本当にミトさんを信頼していると一目で分かったし、ミトさんもまたマジョさんを好きなのだと感じたのは、本当に私の勘違い?
「このままだとマジョさんはいなくなっちゃいますよ。ミトさんは本当にそれでいいんですか?」
「だからっ……分からないのよっ!」
その顔に流れる涙が何よりの証拠だが、それでも分からないとミトさんは言う。
本当に分からないのだろう。分かるよその気持ち。私がどうしても元の家族の事を思い出せないように、ミトさんはどうしても自分の心が分からない。私達は意外にも似たもの同士なのだ。
でも、ミトさんだけが分かってないだけで、ミトさんが今何をしたいのか私達はとっくに気付いている。正直に言わせてもらえば、ミトさんの行動は分かりやす過ぎるのだ。
私はどうにかミトさんの手助けをしたい。ミトさんは自覚がないのだろう。私との初配信で、ミトさんが炎上を恐れずに私の家族について話をして、私の境遇の手助けをしようとした事を。心が読めるミトさんは、私が思い出せないその奥底を見えはしないだろうかと試してくれたのだ。あの時私がどれだけ嬉しく感じた事か。軽く捉えているのなら間違っている。
今度は私が、貴女の力になりたい。
「私ではマジョさんを止められないですし、ミトさんのその涙を止める事も出来ません。でもミトさんならマジョさんを止められるし、マジョさんならきっとミトさんの涙を止められると思いますよ」
「……私はどうすればいいの」
私の心を見ているなら、本当はもう分かってるでしょう? 今マジョさんは最後の配信をしています。だから、乗り込んじゃいましょう。
「……会って何を言えばいいの」
「私も隣にいますから」
「……もしも止められなかったら?」
「私はそうは思いませんけど」
「……なんてひどいブラックジョーク。誰の真似かしら。きっと性格の悪い子ね」
「ただでさえ少ない三期生がもっと少なくなるだけですね」
「……一人では無理よ」
「いつもみたいに心にもない事を言っちゃいましょう。心になくてもどこかにあるかもしれませんし。きっとマジョさんなら分かってくれます」
「……私は、ちょっと待って貴女さっきから遊んでいるわね。心と言葉がはちゃめちゃよ。また無駄に器用な真似をするものだわ」
ふふ、やっぱり私は好きですよその心を読むの。
──それじゃあ行きましょうか。凸撃です。
◇◇◇◇◇
〜コメント〜
もう少し、もう少し頑張ってみよーよ!
頑張ってる奴に頑張ってるはNG
まだ往生際の悪い奴らがいるのか
結局俺たちは事情あんま知らないしなー
来世の来世には行くなよとしか
↑なんてブラックジョーク
ミトちゃんからは何も言われてないの?
「ミトちゃんは、人間だし、なのに頑張ってるから……私が迷惑かけるのはいやだし……」
〜コメント〜
ロイドは? あいつなら遠慮なく迷惑かけていいよ。俺が許す
↑お前誰だよ
「ぁう……いいの、私は分を弁えて大人しくママに従って実家の跡を継ぐから──ぇ、あれ? 誰か来た……? インターホン鳴ってる……来客者にはあらかじめ管理人さんから連絡が来るはずなんだけど……ぁ、ぅそ、このオーラは……」
『ミトandロイドです! 遊びましょ!』
『遊びましょ』
「ふぇぇ……なんでぇ……どうしてぇ??」
〜コメント〜
あっ
激アツ展開きたか?
ロイドとミトとか確定演出待ったなし
俺らの希望はまだ潰えてない?
「どうやって入ってこれたのぉ?」
「そこは許可を取っているという
「私達を犯罪者にしたくなかったらね」
「で、でもぉ、このマンション声紋認証と網膜認証があるのに……」
「大丈夫です悪用されないように使ったものは既に燃やして処分しましたから。あー今のはもちろん作り話ですよ」
「こんな高級マンション私初めて入ったわ。どうして早く教えてくれなかったの。知ってたらもっと仲良くしていたのに」
「いやーミトさん、そのジョークは炎ジョークです」
〜コメント〜
卒業式にOBのDQNが混じってきたみたいな
超の付く高級マンションうらやまが過ぎる
声紋認証? あっ……
網膜認証って絵でもいけるの?
↑え? お前さんは何を言ってるんだ。二人とも許可貰って入ってるから何も法を犯すような事はしてないんだぞ
「どうしてロイドさんがここに……ミトちゃんも」
「私のリスナーが止めてと懇願するから仕方なく来てやったのよ」
「あぅ、ごめんね」
「こらこら。ミトさん?」
「……嘘よ。仕方なく、だなんて思っていないわ。でも、なんとも思ってないのは本当よ。私は貴女に卒業しないでだなんて言いに来たわけでもない」
「ぅん……」
「本心からの行動をすべきだと私は今だってそう思っているはずだわ」
「あぅ……」
「……まだ何も私に言わないのね。いい? 私は本当に何も思ってない。辞めたいのなら辞めるべきよ。そうよ……私はただ……だから……この涙を止めてほしいだけなのよっ」
〜コメント〜
……
ミュートしなくても大丈夫?
(答えは沈黙)
……
(無言赤スパチャ兄貴っ!?)
「ミトちゃん……?」
「止まらないのよずっと……どうしてっ、どうして私なのよ。何で貴女はそんなに私の事が好……私の事を気に掛けているのっ」
「ぁ、それは、ミトちゃんが私の事気に掛けてくれているから」
「それは視聴者が私にそれを求めているからよ」
「えっと、誰かと会わなくちゃいけない時とか、いつも隣に付き添ってくれるし」
「それも求められているからやってるだけよっ」
「配信外でも私に優しいし」
「それは……それも、求められているのよ」
「あ、あれも。私といる時、ミトちゃん笑顔になってくれて、それも可愛くて」
「それはっ……そうなの?」
〜コメント〜
……
……
……
(おい)
(暇だからって)
「ぁの……一番最初に私を誘ってくれて、一緒に配信出来て、すごく嬉しかった」
「……それは、私もそのはずなのよ。でもっ、やっぱり私には分からないわ」
「──ミトさん、この世の中分からない事だらけですけど、その中でも心は特に分からないものですよ。分かっていると思っていた時でさえ実はよく分かっていなかったりするんです。元々曖昧なものなんだから、別に分からなくたって普通です。むしろそれに比べたら、ミトさんの体は正直な方ですよ……今の言い方なんだかやらしいですね訂正します。ミトさんの涙は分かりやすいくらいですよ。ね、マジョさん」
「うっ、うん、私ミトちゃんに泣いてほしくない」
「……だったら、止めてよ。私だって正直に話したんだから、貴女の本心を聞かせなさい。私に嘘は通用しないわよ」
「ぁ……や、辞めたくない……私……ミトちゃんと、みんなと一緒にいたいのっ……ばーちゃるちゅーちゅーばー辞めたくないのっ。えうっ、うぐっ、辞めるの嫌だよぉ」
「全く、最初からそう言えばいいのよ。貴女は本当に私に似てめんどくさい女だわ。今度何の相談もなく一人で突っ走るようなら、私も泣いてなんかあげないからね……でも大丈夫かしら。貴女、その母親に逆らえるの?」
「えうっ……え? ぁ、ふぇぇ、消されるかも」
「まあ、その時はただでさえ少ない第三期生がもっと少なくなるだけって誰かが言ってました……冗談ですよ? 何かあった時は私も出来る限り力になります。それこそ、今回は何も出来てませんから、私頑張っちゃいますよ」
〜コメント〜
赤スパチャ送ったりとかな
もしかして鬼ママ?
↑鬼のママはもやしゃの方だろ
ロイドが頑張る? 何だ解決じゃん
はいはい解散解散
あほくさ。じゃあな。また次の配信で会おう
スクエア側どうなるのこれ
一番復帰が早かったばーちゃるちゅーちゅーばー
卒業系Vtuberとして有名になろう
卒業芸はちょっと身が持たんけど
「おや、マジョさんのパソコンにチョコレートディスコードがきてますよ。エクレールII世さんですね」
「ぇぇ、ぁ、まだ何の連絡も入れてない。もしかして、怒られる?」
「今決まった事ですし、このタイミングなら配信を見ていたんでしょうね。大丈夫ですよ、出ちゃいましょう」
「安心していいわ。怒ってないみたい」
「あぅ……も、もしもしごめんなさい」
『恐ろしく早い謝罪! 別にいーよ。何たってこっちは最初からマジョさんが残ってくれると信じていたからね』
「ぅそ、凄いぃ」
『そう褒めるでない。というわけで、卒業ならぬ留年パーティーだよ! 三人共時間があったらスクエアにおいでよ。パーティーの準備は着々と終わりつつあるからね』
『──ません、すいません、この卒業パーティーって垂れ幕捨てます? それとも裏側に留年』
『んふふーん、もやしゃ君お口チャーック』
〜コメント〜
もやしゃ君さぁ
て事は本当にさっきまで卒業するはずだった?
あとはママさんが問題みたいだな
農家なら俺代わりに継ぐけど。最近ゲームで鍛えられたんだよね。肥溜めある?
まあ、後はロイドがなんとかしてくれるでしょう
終わり終わり
またなー
パーティー行きてー
密には気を付けて
え、なに、今来たんだけど解決したの?
↑したよ。短編小説なみにあっさりとな
◇◇◇◇◇
切り抜き①
「──もしもし、うん、ママ? 私天使にはならない。魔女もばーちゃるちゅーちゅーばーも辞めない。うん……うん……え? ……ふえぇ? よくよく考えたら別に必要ない? 一巡? 好きにしていい!? な、何それ! 私もう、みんなに百回殺されても文句言えないよぉ……」
「それは言い過ぎ」
「あ、ロ、ロイドさん……聞いてた?」
「お母様とのお電話ですよね? 大丈夫そうで良かったです。パーティーはもうすぐ準備が終わりそうですよ。主役がいないと始められませんからね、今のうちに一緒にお騒がせしましたの挨拶考えます?」
「ぅう……ううん、一人で考える。みんなに迷惑かけちゃったから一人で……やっぱりミトちゃんに教わる」
「その方がいいですね。あ、ミトさんならあっちの方にいますよ」
「あ、うん、ロイドさん、えっと、ありがと!」
「いえいえ〜…………人外三期生ってもしかして、あながち的を射ていたり?」
◇◇◇◇◇
切り抜き②
「よぉーお前ら久しぶり。賑わってるな。そりゃあそうか仲間が一人卒業しちゃうもんな。マジョだっけか。ほら、旅行のお土産特別にお前にやるよハニーピーナッツ。卒業祝いとはいえあまり高価な物はあげられねーし、この位がちょうど良いと思ってよ……何この微妙な空気。何で俺こんなに睨まれてるの。ちゃんと一袋あげてるよ? もしかして安過ぎたか? 文句言うなハニーピーナッツ美味しいだろ!」
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