第四十八話 心を教えて
◇◇◇◇◇
カケルは燃やせ。今回の配信って実質茶番だよね? もう裏側では方針決まってるんでしょ? そりゃそうだろう。じゃないと余りにも違和感が大きい。辞めるなって脅してるように見えた。いや、あれはてぇてぇだろ。思考停止止めろ。思考停止を停止? もう分かんねえなそれ。お前らがなんと言おうとマジョちゃんが辞めると言ってる。家庭の事情だぞ。それ中の人が勝手に言ってるだけじゃん。中の人理論最強過ぎる。トップが認めない限り仕事は辞められない。そんな前時代的負の遺産は潰れちまえ。何か理由があるんだろう。理由って何だよ。だから──
「前回の配信はあまり良い評判とはいえませんね」
プロジェクトマネージャーの橘は、マジョちゃんに残ってもらい隊の配信のネットの評判をそう判断した。それを聞いて当然とばかりにエクレールII世は頷く。
エクレールII世の控え室。一歩間違えるとVオタク部屋。その実中身はしっかりと仕事部屋。
「だろうね。既にネットではお別れムードだ。マーちゃん自身が辞めると言ったからそりゃあそうなんだろうけど、私達がエンターテイメントとしてではなく本気でそれを止めている事に気付いた人は、多少の違和感を覚えても不思議じゃない。見ようによっては圧力をかけている風にも感じただろう」
「では、何故あの会をお認めに?」
「私にとってはリスナーやファンというのは二番目に大事な存在だからだよ。一番はもちろん、私であり私達。ふふん、今のは配信者失格だったかな」
戯けたように嘯いて、いつもの飄々とした笑顔を見せるエクレールII世に、その言葉の意図に気付いた橘が問いかける。
「つまり、マジョさんの為なのですか?」
「そうなれば良いと思っているだけだけどね……ミトちゃんに聞いてみたんだ。本当にマーちゃんは辞めたいと思っているのか? って。何て答えたと思う」
「もしかして、否定を?」
「ううん、“辞めたいと言うのなら辞めるべき” って。答えになってないよね」
「それは……確かに」
「第三次面接で面接官の心を読んで脅迫した実績のある彼女は、もしかしたら何か見えているのかもしれない……でもまあ、これ以上先延ばしは難しいね。向こうの親が意思を曲げない限り私達では難し過ぎる問題だよ。マーちゃんも頑なに事情は話してくれないし。何か奇跡でも起こらない限り、ね」
奇跡、その言葉に思い浮かんだ人間がいる。二人は同時に同じ人間を思い出す。
「……そういえば、ロイドさんがミトさんにお話があるそうです。先程私のところに連絡がありました」
「おやおや。分からなくなってきたね」
「奇跡、という事でしょうか?」
「間に人が介入したらそれは必然だよ。でもまあ、彼女に頼り過ぎるのもよくない。勝手に信頼されても困るだろうし、こちらは大人しくマーちゃん卒業パーティーの準備を進めようか」
安藤ロイド、それは常識の枠に収まらない空前絶後のばーちゃるちゅーちゅーばー。人は彼女を奇跡の一体と呼んでいる。今回もまた何かしてくれるのではないか、そう期待せずにはいられない。
しかし、同時刻別の場所、当の本人である安藤ロイドは不審な目を向けるミトにこう切り出した。
「お話をしに来ただけです」
◇◇◇◇◇
お話? ……何を考えているのか量が多すぎて見えにくいわね。貴女が思考全開にして来るとまるでDoS攻撃。私の頭がパンクしそうだわ。自分の思考を操作するなんて器用な真似、ただの人間には出来ないわよ。
……どうせ、あの子の事でしょう? 私は本当に何も思っていないのよ。正しく言うのなら、私は自分が何を思っているのか分からないのよ。
きっとそれが「対価」なのよね。貴女のおかげで、ようやく私が何と出逢ったのか全て理解出来たわ。
そうね、貴女になら別に話してもいいわよね。きっと理解出来るでしょう?
貴女が既に想像している通り、私も会った事があるわ。本当に偶然だったけれど。あの日四方八方を火に囲まれて、対価の神様を名乗る方に出会ったの。
どうして火に囲まれたかっていうのは、ほんの些細な事なのよ。聞き流してくれてもいいわ。当時、学生だった私は同じクラスの男の子に告白されてね、どうしたらいいのか分からなかったから親友に相談したの。でも親友には好きな人がいたらしいのよね。誰か分かるでしょう?
私は当時から人の心に鈍感だった。そのせいでまさか、死にかけるだなんて思いもしなかったけれど。
親友も、もしかしたら驚かせるつもりなだけだったのかもしれない。でも、一度燃え上がった火というのは中々消えないみたいね。まさしく彼女の嫉妬の炎が収まりきれなかったように。気付けば私の部屋は炎で囲まれていた。
……私は後悔をしながら願ったわ。人の心が分かる人間になりたいって。そしたらあの神様が現れて、何か言われたような気もするけれど、頭もボーッとしていたしあまり覚えてないわ。ただひたすらに願い続けた。
理解出来たのはただ一つ、私は人の心が読めるようになった。短編小説を読むよりも簡単に、ね。その代わり、自分の心が分からなくなった。
一人暮らしだったのもあって、幸い被害はボロ民家一つ。私はどうやら窓から飛び降りたみたいで、足の骨折程度で済んだわ。気付けば病院にいた。両親とは……縁を切ったわ。私からね。だって、ほら、関係のない親の所にまであの子に火をつけられたら堪らないでしょう?
足が治って親友にも会いに行った。その時には自分が何をしたいのか分からなくて、特に復讐をしたいとか怒っているとかはなかったけれど、でも常識的に考えて怒った方がいいし復讐もした方がいいとは思ったから。でも、やめたわ。だってあの子ったら私を見るなり凄く怯えていてとても惨めな気がしたもの。同時に、やっぱり私の部屋に火をつけたのは彼女だった事もその時確信に変わった。最初からそうだったけど改めてどうでも良くなったわ。
その日から私はお爺ちゃんとお婆ちゃんの所で住まわせてもらっているの。とても優しい方々なのよ。心が読めるとか言い出した火災被害者だなんて、血の繋がった両親でさえ怯えそうなものなのに、心が読める事を何の疑問もなく受け入れてくれたわ。
働かなくてもいいなんて言われたけれど、ああいった優しい方には普通は恩を返さなくてはいけないと思って、行き着いた先がばーちゃるちゅーちゅーばーよ。
自分が何をしたいとか、どれで喜んでいるとか心が見えない私だけれど、その点楽でいいわよねばーちゃるちゅーちゅーばーは。視聴者が勝手に私の理想像を考えてくれるんだもの。私はそれに従っているだけでいい。
マジョと一緒にいたのだって、それが望まれていたからよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。
……本当よ。何とも思ってない。
……嘘じゃないわ。何とも思えないんだから。
……本当に? 私は何とも思ってないの?
……分からない。
……分からないっ。
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