第五十話 さよならだけじゃない

◇◇◇◇◇


『こんばんゎんこ! 逆から読んでもこんゎんばんこ!違和感ナ=ノ! こんな夜遅くにゴメンね(-_-;)

 今週時間ある? 連れて行きたい所があるんだよね……あ! 全然来週とかでもオケだけど! この前みたいに家で待っててね、その日は迎えに行くから! お返事待ってますミ☆』


 もうお前誰だよって感じの文体。そろそろおじさんにアカウントが乗っ取られていないか心配したが、彼女は至って真面目な様子。もう怖くてツッコミきれなかった。


 どうやらネットでは私に関する七不思議コピペとやらがあるそうだが、もしアンズさん七不思議が存在するのなら私がこの事を強く推薦しておこうと思った。


 当日になると、前と同じく軽トラで迎えに来てくれたアンズさん。今回は私は笑わなかった。いや前回も笑わなかったんですけど。


「悪いな。最近お前の時間を奪ってばっかだ」

「全然問題ないですよ。夜遊びを叱る親もいませんので、カラオケで次の日を迎えても大丈夫です」

「そうか? ……じゃあ今も二階の窓から睨みつけるような視線を感じるのは気のせいだったか」


 アンズさんの視線の先には、箒を片手に持ったメイドの香澄ちゃんが確かにいた。今日は私の家をお掃除してくれているんです。でも別に睨みつけるなんて事はしていなかった。逆に笑顔で手を振ってくれている。


「気のせいですよ」

「そうか。なら、いいか。私も霊感なんてないしな……それにしても殺気が渦巻いていたような」


 それなら、もしかしたら気のせいじゃないかもしれない。霊ではなく人間だけど。アンズさんはカッコいいからもしかして私が隠れて男に会ってると香澄ちゃんが勘違いしているかもしれない。後で誤解を解いておこう。香澄ちゃんは嫉妬で家を燃やすような馬鹿な真似はしないけどね!


◇◇◇◇◇


「今から行くのは、私のお婆ちゃんのところだ」

「ほう」

「郊外の病院で入院してる。まだくたばり損なってるんだ。偶に会いに行くとお小遣いくれるから定期的に通ってる……おい私のおやつを勝手に触るな」

「これってチョコレートシガレットですよね? タバコごっこしていいですか?」

「ごっことか言うのやめろ。私まで幼稚に見えるだろ。それは気を紛らわす為に買ってるんだ。ばーちゃるちゅーちゅーばーになってから禁煙したんだよ。あんまし喫煙者ってのはイメージよくないみたいだからな」

「視聴者の為に止めたって事ですか? 偉いです。やっぱりアンズさんって意外とばーちゃるちゅーちゅーばーの事大事にしてますよね」

「丁度いい機会だと思っただけだよ。老人にタバコの煙も良くないだろうしな……あの病院だ」


 アンズさんの視線の先には、おそらく位置的に海の見える病院が潮風を受けて建っていた。


 慣れた感じのアンズさんについて行く。階段をゆっくりと上りながら、今日の用事について話される。


「今日はお前が手伝ってくれたアニメの事を伝えに来たんだよ」

「ああ、あれ。良かったですね。何だか特定のシネマで上映される事になっただとか。評判が良かったら日曜の朝に出てくるようになるかもでしたっけ」

「私はそこまで求めてはいなかったんだけどな。誰かが頑張り過ぎたんだよ。お陰で私は最近休みがない。まあ日曜云々は言い過ぎだろう。これ以上忙しくなっても困る……ここだ」


 501号室の小さな個室。何の間もなくノックもせずにアンズさんが入って行くので、私もその背中に続く。


 窓の外、海を眺めてゆったりと時が流れているのを待っているのがアンズさんのお婆ちゃんなのだろう。綺麗な白髪だ。歳もかなりのものだろう。でも、背筋だけは良かった。


「よぉ、来たよ。まだ覚えてるか私の事」

「もーまたそんな事言ってねぇ。れなちゃんはもうちょっと可愛い言葉を使わないとねぇ……あぁ、お小遣があるのよ」

「だからいらねーって、いつも言ってるだろう。ほら、今日は連れがいるんだよ」

「あ、どうも初めまして。私安藤です。いつも上塚さんにはお世話になっております」

「まぁ! こんなに可愛いらしい方がれなちゃんのお友達なのね……もう少しだけお側に寄ってくれるかしら。お婆ちゃんになると目も悪くてねぇ」


 言われるがままに私が近づくと、いきなりお婆ちゃんは涙ながらに私の両手を握りしめた。


「ありがとう……先生、本当にありがとうございます。娘を助けてくれて……ありがとうございます』

「もうボケたのかよ。世話になってるのはあんたで、そいつは私の仕事仲間だって。先生は年寄りのおっさんだろうが。悪いなロイド」

「……いえ、全然大丈夫ですよ」

「ほらもう離せよお婆ちゃん。今日は伝えたい事があるんだよ。私、夢を叶えたぜ。こいつのお陰でな。CD持ってきたから暇な時にでも見ればいい。それじゃあ婆ちゃんの夢を教えろよ。そういう約束だろ。最近暇だから手伝ってやってもいいんだぜ」

「あぁ、そうだったねぇ。でもお婆ちゃんの夢は、れなちゃんの夢が叶う事だから、もう叶っちゃったわねぇ」

「……何だよそれ、ずりぃな」


 アンズさんは誰にもバレないように涙を指で掬う。つまり私にはバレていたという事なんだけど。


 見ないフリをしてそっと部屋を出た。病院の雰囲気は何だか、懐かしさを思い出すと同時にどうしようもない寂寥感まで襲ってくる。


 アンズさんが出てくるまでずっと、そんな忘れてしまった悲しみに浸っていた。


「今日はほんと、ありがとな。いつもボケっとしてて、内臓よわよわのお婆ちゃんだから、いつまで生きてるか分かんねーんだよ」

「案外、八年後くらいまで生きてますよ」

「ふーん? まあ、お前がそう言うならそうかもしれないな。だったら仏壇はしばらく買わなくて済むか」

「ええ、だから、また」


 海の見える病院に手を振る。病院だけじゃない。色んな出来事に色んな人に、また、いつか。


「そういや、そろそろ四期生が入ってくるんだよ。知ってるか? ここにその一覧がある。個人情報だから内緒だぞ」


 そう言ってアンズさんはスマホを渡してくれた。アンズさんはみんなのモデルを描いてるから早くに知らされていたんでしょう。


 十名以上のカッコいい可愛い新たなばーちゃるちゅーちゅーばーと、その魂の姿が一緒に表示されている。


 ……何だか魂の方に、チラッとアイドリームの新人さんが見えたのは気のせいですよね? 髪やメイクが違うせいで別人に見えますけど、私の脳内データがピッタリと二人の姿を照合する。


 他には……おや?


「気になる奴でもいたか? 私的には三番目の双子ばーちゃるちゅーちゅーばーが新しくて興味あるな」

「……この七番目の方、何だか見覚えがあるような気がして……どこかで見た事があるような気がするんですけど思い出せないんですよね」

「七番? この少年っぽいなりの男か? まさか、お前の元カレだったりしてな」

「はっはー、そんな人がいるのなら逆に会ってみたいものです」

「本当にいないのか? その容姿で、いやその容姿だからか。この地球上に釣り合う奴がいないよな。お前の場合彼氏より彼女の方がいそうだ」

「それアンズさんもですよね」

「言ったなこいつ」


 結局、七番目の男性ついては思い出せなかった。だからきっと、そんなに気にしなくてもいい事なんでしょう。むしろ気にしたくない気すらある。


 遂に私も先輩になるとは、感慨深い物です。焼きそばパン買ってこいは人生で一度は使ってみたい言葉です。そこで運送トラックを持ち出してくる後輩がいれば降参します。


 早く先輩面をするのが楽しみです!

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