第十七話 至高の四人

◇◇◇◇◇


 エリザベスさん達の話もまとまり、お昼はみんなでどこに行こうかという話をしている頃に、その人はやってきた。


「失礼しますーと、何だ何だこの空間は。珍しくアンズの部屋が姦しいなぁおい」


 もしかしたら、この体になってまともに関わるのは初めてになるかもしれない男性の方。高身長イケメンボイスに加えてハイレベルな顔立ち。人生生まれた時から勝ってそうな人だ。正直、私がこの体でなければ嫉妬していたかもしれない程に。


「五条様? 第一期生唯一の男性ライバーで、運動神経も抜群学歴もトップクラス。ただし普段は家から一歩も出ない重度の引きこもりですのに、どうしてこちらに」


 エリザベスさんがそんな便利な説明という独り言を呟きながら若干後ずさる。そういえばエリザベスさんは男性不審なところがあるんだっけ。


「お、エリザベスもいるじゃん。聞こえてるぞ。相変わらず面白い口調してんな。で、あんたが十中八九例の奴か。よろしく、カイザー五条だ。本名は五条帝。安易だろ?」

「安藤奈津です。よろしくお願いします」

「おう、分かんない事あったらなんでも聞きな。そっちの二人が大抵教えてくれっから。俺? そこのお嬢さんの言う通りほとんど家に引きこもってから無理だな。ははっ」


 五条、と言う名前にまたしても私の脳が反応しそうになったが、帝は初耳だ。なので今回はそれに蓋をしておく。


 カイザー五条さん。そのスペックの高さからエクレールII世さんに並び帝王と呼ばれる程の人。しかし大抵その能力は公に出ない。一応元プロゲーマーらしいが一日以上家から離れる事がないので公式戦もロクに出られなかったらしい。エクレールII世さんが「世が世なら王」と持ち上げられるのに対し、カイザー五条さんはよく「世が世ならニート」とネタにされている。


「なんか用か?」


 この部屋の主であるアンズさんがそう聞くと、カイザーさんは妙に改まった顔をして言った。


「俺、旅行に行きたいんだよね」

「お前が? 珍しいな。驚いたよ。で、何でそれを私に言うんだ」

「ヒーローショーのツアーとかしょっちゅう行ってるから遠出は得意だろう? 俺は飛行機の乗り方すら知らないんだ。期間は2週間後の月曜日始まりで、二泊三日。なるべく遠過ぎないところがいい。だから、計画立ててくれ」

「くそ面倒くせぇ。文句言ったら沈めるからな」


 なんだかんだ引き受けるアンズさんだった。お互い遠慮のない関係はもはや兄妹のそれだ。兄妹は幸せになるべきだ。必ず。ゼッタイ。


 ──と、その時、またもや勢いよく扉が開かれた。開いた扉がカイザーさんの後頭部を直撃する。さながら小さな爆発音。私はまためんどうなことになったなぁ、とかそういやお昼ご飯は? 私は常にお腹が空いているんだぞ、とか色々な思いを巡らせたり巡らせなかったりしつつも目の前を直視する事にしたのである。


「何か面白そうな話が聞こえタ! 旅行! 旅行スキ! ジャパニーズへ旅行は一度でいいから叶えたい夢なんダ!」

「じゃあここは何処だよ」


 出鼻で挫く勢いを持ったちんまい褐色の女の子。訛りが独特で日本生まれでない事は分かる。本当に小さい。私の腰の辺りの大きさで、目はクリクリとして可愛い。目以外も可愛い。何だこの子、全身が可愛い。


 そんな女の子に容赦なくツッコミを入れるのはアンズさん。だが、その子も負けじと言い返す。


「ここは日本ダ痴れ者! ジャパニーズはTokyoにある! 趣都! アキバ! 一緒に行こーヨみんなで」

「だからここがその東京だろうが。二年も過ごして気付いてないようなら教えて差し上げるが、スクエア本社は秋葉原のど真ん中だぞ」

「え……ここ、Tokyo? アキバ! エガヲは夢をまた一つ叶えてしまっタ!」

「お前ほんと毎日が幸せそうだよなぁ」


 元気溌剌の女の子。その子が誰なのか、私はもう気付いている。記憶の中の切り抜き動画と、声から雰囲気から全て違和感一つなく一致しているからだ。裏表のない無垢なる女の子。歳もこの中で間違いなく唯一の10代だった。


 私が気付くくらいだから、エリザベスさんはとっくに彼女の正体を知っている。カイザーさんを見た反応とは打って変わって、目をキラキラさせて独り言ちる。


「ショコラ・クラッカー様まで!? 第一期生随一の癒し枠! 更にバイリンガルというギャップが魅力的ですのよ。チョコレートが大好きなショコラ様を私も大好きですわ」


 もしかしてエリザベスさんは今後そういう立ち位置に……??


 ショコラ・クラッカー……普段は純真無垢で無邪気な少女だというのに、確か十ヵ国ほど言語を習得している。バイリンガルは誇張じゃない。日本語は少し怪しいが。加えてこれまでの経歴出生が一切不明。マネージャーも把握してないらしい。知っているのはごく一部。そんなミステリアスな部分もある。


 エクレールII世さんに異国語を教えているのも、実はショコラさんなのだ。


「んー?? あー!! ロイドちゃんダ! え、どしてェ!? なんでェ!? 本物のロイドちゃんがいるヨ! ロイドちゃんはまさか、次元の超越者?」

「や、私も流石に二次元までは……行けないですよ?」


 試した事はないけど、うん、出来ないという事で。


 何が気になるのか、ショコラさんが私の周りをまわる。時々横腹やお腹をつついてくる。胸を触ろうとしたのは寸前で彼女の手を鷲掴みにして止めたけれど。


 私の体が本物かどうかですって? 私の素顔を見たばーちゃるちゅーちゅーばーは大抵そう仰るのです。


「本物ダ! 食品サンプルじゃない!」


 どうやら認められたようだ。世界に誇る食品サンプルと比べられては文句も言えない。


 自由な少女ショコラさんを嗜めるべく、エクレールII世さんが後ろから彼女の体を持ち上げて私と距離を離した。


「こらこら、まずは自己紹介だって。初対面の人には初めましてだよね?」

「あっ、そうだった! 初めましてロイドちゃん! エガヲはエガヲだよ! よろしくネ!」 

「ふふっ、私は安藤ロイド。名前は安藤奈津です。こちらこそよろしくお願いしますね」


 可愛くて思わず笑みが溢れた。流石『低評価数の一番少ないばーちゃるちゅーちゅーばー』だけはある。


「誰か俺を気にして?」


 後頭部を抑えながら、隅っこでカイザーさんが誰に言うまでもなく呟いた。


 そういえばこの状況、もしかしなくても第一期生が全員、すなわち至高の四人が揃っている。なんか魔王城に入ったら四天王に出迎えられた気分。


 お昼ご飯はまだ、食べられそうにない。

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