第十六話 仮面ライバー アンズ
◇◇◇◇◇
エリザベスさんの配信が終わって、近くの適当なお店でランチを取った後、私はスクエア本社に用があるというエリザベスさんについていく事にした。特に用事もないからね。
「ついて来ないで下さいまし!」 みたいな事を言われたけど満更嫌そうでもなかったからいいのだ。「いや、来んでっていいよーやん……」とかマジ顔で言われたら私も秒で引き下がるけど。
「周りにご迷惑をかけない。騒がない。はしゃがない。よろしくて?」
「私の事何だと思ってるんですか」
「ロイド様に対する私の信用はほとんどありませんもの」
やれやれ、どうしてここまで信用がないのか。ふと今までの行動を振り返ってみると、鈍感系でも誤魔化せないくらい色々とやっていた。自覚せざるを得ない。
「そういえば何の用があるんですか?」
「アンズ様が私のチャンネル登録者数十万人のお祝いにと新衣装を作って下さるのですわ!」
「あぁ仮面ライ
「
通りすがりのお爺ちゃんが、今の世代はアンズというんじゃのぉ、みたいな顔をしていたがそれは違うんですお爺ちゃん。
仮面ライバーのアンズとは、例に漏れずばーちゃるちゅーちゅーばーの一人だ。且つ、エクレールII世さんと同じ至高の四人のひとり、スクエア所属 第一期生 仮面ライダーならぬ仮面ライバーのアンズ。名前の由来は、一番好きな仮面ライダーとその相棒の名前を足して2で割ったものらしい。
アンズさんのスゴイところは、ばーちゃるちゅーちゅーばーでありながらスクエア唯一の絵師を兼任している事だ。エクレールII世さんから第三期生の新人まで、全てのライバーのモデルを描いている。スクエア所属で私以外の全てのばちゃちゅばの顔であり、母である。
私はほら、安藤ロイドがほとんど実写のモデルだから。アンズさんと私にあまり関わりはない。けれど、神絵師と評価される実力は伊達じゃなく、こうしてエリザベスさんが興奮しているというわけだ。
「絶対に、絶対にご迷惑をおかけしてはなりません事よ!? 間違っても、初対面の人間にアポイントも無しで配信に誘ったりしてはいけませんわ! あれは心が乱れるのですわ」
経験者の語る説得力のあるお言葉だった。もちろん私は、そこまで言われたなら大人しくするしかない。私は言えば分かる子ですから。フリではない。
◇◇◇◇◇
スクエア本社に着いて、アンズさんの控え室に向かう途中、ホワイトボードをチラ見すると誰が書いたのか新たな一文が追加されていた。
『何言いよーと? アレン様だってウチの事好きやけん!』
別に迷言という訳でもないけれど、初めて聞いた衝撃的な方言に誰もが面喰らった事は事実だ。まさか博多出身とはね。誰とは言わないが。
「どうかなさいましたの?」
「……いえ特には」
誰とは言わないが。
程なくしてアンズさんの部屋の前まで来ると、エリザベスさんは深呼吸をして体を整える。本当に嬉しいのだろう。小刻みに跳ねる身体を必死に抑えているのがすぐに分かった。
告白前の学生みたいな行動をいつまで経っても続けるので、気を遣い私が扉を開けてあげた。
中にいたのは二人。一人はよく知る私達の大先輩エクレールII世さん。そしてもう一人、龍の意匠が施された黒と金のジャージ姿の、男装が似合いそうな背の高い女性。180近くはありそうだ。目が特徴的で、抑揚の無い気怠そうな雰囲気が滲み出ている。
間違いなく彼女こそがアンズさんだ。その見た目といいオーラといい第一印象は……
「不良?」
「不良じゃねぇーよ」
言われ慣れているのかノンストップで返された。死んだ目……死んだはひどいなまだ死んでない……死に損ないの目とは裏腹に口調は荒々しかった。
「こいつか? 例の奴は。って見た目から丸分かりなんだが」
「そそ、ロイドちゃん。可愛いでしょ? あのサングラスとマスクまで取ったら女性でも理性を失いかねないから」
「な訳ねーだろ」
二人の雰囲気からも分かる通り、エクレールII世さんとアンズさんは仲が良い。というか、一期生同士が多分全員仲良し。
「ななっ、どうしてエクレールII世様もここに!?」
せっかく落ち着いてきた頃だったのに、エクレールII世さんまでいるものだから再び興奮度合いが臨界点に達したエリザベスさん。
エクレールII世さんはニカっと笑いながらアンズさんに肩を回して言った。
「ははー、いつでも親友と一緒にいる事くらい不思議じゃないでしょう? なーアンズよ」
「鬱陶しいから腕どけろ」
二人の温度差には随分と差があったが、その差がちょうど良いぬるま湯の様な居心地の良い空間を作り出していた。まさか、これがてぇてぇ?
「あー、ロイドだっけか。もう分かってると思うが一応、ライバー名は仮面ライバーのアンズだ。本名は
「安藤奈津ですよろしくお願いします……あの、一つ好奇心から。何故設定に仮面ライダーをお選びに?」
「格好いいから」
即答だった。子供を卒業して成人となり、尚堂々とヒーローを格好いいと断言出来る貴女の方が格好いいと私は思います。
「それは確かに。プリッとキュアッとした方は?」
「別にどっちも見てたが、私んとこは上に三人兄貴がいるんだよ。ま、兄貴の趣味ってのは影響されるよな」
「なるほど」
「アンズはスゴイんだよ。変身待機音で全部のライダー名当てられるから」
「や、それくらい出来た方が話のネタになると思って覚える練習したからだぞ? 苦労したよ……お前はそういうの得意なんだっけか」
私の方を見てそう言った。完全記憶の事だと思う。確かに私は、一度聞けば全て忘れられない。忘れる事を、私の脳は知らない。
「ま、いいや。ほら、来いよエリザベス。私から二つ程構成を考えてるんだが、最終的な案はお前に決めてもらいたい。話を詰めよう」
「は、はい!」
そういえば今日はエリザベスさんの十万人記念の為に、新しい衣装をアンズさんが描いてくれる話だった。何故かエクレールII世さんがいたから話が横道に逸れちゃっていたけど。……いや私がいたからだった。
お互い隣の相方を取られて、私とエクレールII世さんとの距離が縮まる。
「二人で内緒の話を始めちまった。こういうのは当事者以外知らない方がいいし。さて、私達はどうしよっか」
「そうですね。こちらも内緒話……んん?」
そこまで言って、何か自分がとんでもない見落としをしている事に気付く。それが何なのか記憶を辿る。無意識のうちに気付いてしまった真実に、意識を向ける。
違和感の正体は、アンズさんの名前。上塚玲奈。特段珍しい訳ではないが、私はその名と全く同じものを最近見た事があった。完全記憶は伊達じゃない。
「アンズさんの本名って、漢字はどう書きます?」
「漢字? ……はい、こんな感じ。なんちゃって。ねーこれはどういう内緒話?」
漢字は一緒。これは偶然か、悪戯か。
上塚玲奈……その名前は、私が見た五千八百二十二番目のカルテに記されてあったものと全く一緒だった。
私は記憶通りにカルテの文字を紙に写してエクレールII世さんに見せる。
「ドイツ語とか読めます?」
「んー簡単なものなら読めるけど……これ? えっと、多分ドイツ語ちょこっとで後は英語だ。内容も穏やかじゃないよ」
「っスぅー……翻訳お願いします」
どうやら前世の私は、ドイツ語苦手だったみたいだね。それとも今時純度100%のドイツ語カルテが珍しかったのかも。
「ちょっと難しそうなのは省くけど、見たところどっかの病院の患者さんの情報かな? 色んなバイタルもあって、物騒なのが左上腹部を鋭利な刃物で刺されて緊急搬送。一部の内臓損傷とクラスⅢの出血性ショックを認める。って、これどんなエグい設定?」
鋭利な刃物で刺されて。その一文にドキッとするが、少なくとも八年後以降の話だ。されど八年。悲惨な未来に同情する気持ちと、どんなヤンデレファンに付き纏われたんだよと余裕なリアクションも今なら取れる。
しかしまさか、私とアンズさんにそんな接点があっただなんて。
「どうせならデコルテは大胆に……」
「恥ずかしいですわ……」
一瞬、奇跡の巡り合わせだと思ったけれど、今のアンズさんとエリザベスさんを見て思う。
その接点は、決して触れる事のない理想論。完全なる球体と一緒で、今となっては語るだけで平行線。八年後にアンズさんが刺されて未来を捻れさせるか? いや、そんな未来は来ないし来させない。
私とアンズさんにオペるオペられの関係なんてない。ただの先輩と後輩。何故なら今の私は安藤奈津で、ライバー名安藤ロイドなのだから。
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