6話 アクシデント
戦術その一、波の利用。
相手の態勢を崩す、いわば定石。
「そこ!!」
彼女の攻撃に食らいつく……
「あま──あれ?」
ことはなく、無様に水中へと体は落ちていった。
……僕の方がやばいかもしれない。
大それた体ではない僕は自分をコントロールするので手一杯。動き回るとなればプレイのパフォーマンスは著しく落ちることは目に見えている。
両手を上げて、ばんざーいを繰り返す後輩は僕を見下ろす。あきらかに彼女の目には喜色が浮かんでいる。口もニヤニヤとして。
くっそぅ……なんて屈辱だ。
「わーい!! 波に足取られてますよーだ!!」
「くっ……次だ次!!」
戦術その二、思わぬ参戦者との共闘。
元気一杯の小学生が参加する、いわばレク。
最近の小学生は高校生にも話しかけることができるらしく、こちらに流れてきたボールをとってあげたら、一緒にやろうよ~と言ってきた。
断る理由どころか、ある作戦を思い付いたので快く彼らを引き入れる。しめしめ。
男の子が三人。うち運動ができそうな子を後輩のチームにくれてやる。
いいんですかー? などと余裕綽々な顔を向けられはしたが構わん構わん。
こちらが数的有利という戦況が作れた時点で僕の勝ちなんだからな。
再開早々。我がチームの男の子によるコンビネーションで得点を量産した。
「兄ちゃん! 一セット取ったよ~!」
小学生二人組がジャバジャバとこちらに移動する。
一人は積極的にピョンピョンと主張し、もう片方の子は静かにしながらも称賛を求めているようだ。芸が覚えられた時の、褒めて褒めてと擦り寄ってくる子犬みたいで実にいい。
活躍を讃え、二人の頭をなでてやる。
「よくやった。褒めて遣わす」
全力で振って喜びを表現する尻尾を幻視できたくらい、二人の表情が無邪気なものとなった。素晴らしい笑顔だ。どこぞの女子高生も素直に笑えばいいのに。小学生男子に負けるな。
勝手に文句を垂れ流していると、相手のチームが苦言を呈した。
「小学生の方が動いてる……せんぱいのプライドは何処へ?」
「なんだ? 負け惜しみか? まあまあ、そこまで本気になることはあるまい。これはお遊びだ」
さすがに見え透いてて低レベルかとも思ったが。
小学生並みの煽りは思ったよりも効くらしく。
「むっかー! 小学生に初の一セット取ってもらっておいて悔しくないんですか!! ってか単純に卑怯!!」
「悔しい? 卑怯? はっ、笑わせる。頭を使ったまでだ」
おまけに、こめかみをコンコンと叩き、ここだここ。さらに煽る。
「くぅぅぅぅ────!! ドヤ顔しないでください!!」
ジタバタ。バシャンバシャン。
小学生ではなく女子高生がその場で怒りを表現した。煽り耐性低いな。
また一つ。
彼女を知れたなと謎の感慨深さを感じていると、寡黙な男の子が僕の腹をツンツンした。
「……ねえねえ。兄ちゃん達は恋人なの~?」
「もちろん違うが?」
僕達は学校の先輩と後輩だ。
当然の理で。事実以外の何ものでもないため、即答したのだが……。
「むっきぃぃぃぃ…………」
こころなしか、後輩は負けた時以上の怒りを表明していた。
しかも暴れるのではなく、主要動に備える初期微動を伴い、発散できない力を握り拳に変えていた。
今のは煽りでもなんでもない。なのにどうしたと言うんだ、あの後輩は。頼むからその拳は僕には炸裂させないでくれ。
震度2ほどで振動する後輩を見て、プールの津波の心配と疑問しか湧かなかった。
「……なんで気付かないんですか」
戦術その三、ルールを逆手に取った妨害。
言葉巧みに相手を惑わし踊らせる、いわば奇策。
小学生という最大戦力を失った後でも、戦いは終わらない。
今度はプレーの質が下がるのを承知で、言葉による揺さぶりに作戦を変えたらしい。
ゆるくボールの往復をしていると、彼女がわざとらしく声を張り上げた。
「あっ! あっちに読書している年上で巨乳な人妻さんがー!!」
「ここで読書だと!?」
この空間でしているのか!?
なかなかの上級者だ。
興味が引かれ、顔をスライドさせた。
「ってガン見すんなやー!!」
彼女の声にはっとなり、意識を戻した。が、遅かった。
彼女に加点。
読書をしている人がいる。この情報が得られたんだ。一点は安い。
今のはしょうがないな。と僕はあまり気にしていないのだが、彼女はそうではないと態度で示している。
「…………おい。見させて怒るのはおかしい。君の作戦は成功したはずだ」
「うるさい!! 私だって、『C』はありますーだ!!」
『C』ってなにがだ……? 君のは『B』ほどではなくて……?
微妙に因果関係がしっくりこない僕など知らんと言わんばかりに、彼女はこちらを見ずにサーブをしたため、聞くに聞けなかった。
切り替えて、今度は僕の番だ。
図らずとも、彼女は僕に情報を与えてしまった。
お返しの策が思い付いてしまったんだな、これが。
「まあいい。君だけに使える手だとは思わぬことだ」
「へえ、なにか作戦が? どうぞ、やれるものなら」
「言ったな……」
ほほう。殊勝な心がけ、と言いたいところだが……それが貴様の命取りになるのだ。
とくと思い知るがいい!!
「見ろ!! あそこに高身長のイケメ──」
「てりゃぁぁぁぁ────ッ!!」
「──ぶごッ!?」
許可まで降りたので、早速実行した。
なのに。なのに、だ。
効かなかったわ、パワーアップして返ってくるわ。どうなっている。
「…………なぜ全力で顔面狙いだ。貧弱な僕が骨折したらどうする」
しかもなんだ、あの強烈なアタックは。
まるで怒りの一撃が起こしたミラクルかの如く。顔面ど真ん中。鼻が折れたかとひやひやしたぞ。
実はゴリラ属性でも付けていたというのか……?
普通に悔しかったのでお門違いの文句を添えた。
「うるさい!! せんぱいがおバカだからですーだ!!」
◇◇◇
数セットを終えて、休憩時間。
一進一退のせめぎ合い。プライドとプライドのぶつかり合い。
後世へと語り継ぐべき戦いだった。それくらい白熱したものだ。
……正直バレーをやれていた自信はあまりない。ないに等しい。
およそ普通のバレーとは言い難い攻防も多々あった。ミニバレーとも言えないだろう。
だが、そんなのは些事。
──楽しかった。
どちらが上手いとか下手とか、そういう次元ではない。
笑い、笑われ、煽り、煽られ。
得点が入るたび、滑稽な失敗をするたび、奇跡のようなファインプレーが起こるたび。
後輩もしくは僕が、スライダーの時以上に笑っていた。それすなわち、何よりの証拠と言えるだろう。
隣で立つ後輩を見上げる。満足感を感じながら、ふぅーと息を吐き出す。
「まずまずだったな」
プレーの内容に関して、僕としては悪くない。そう思っている。
「ほとんどのセット取られたのになんで誇ってるんですか」
「予想より遥かに動けていた」
「あれで?」
帰宅部だから。
まさにリア充よろしく、休日のプールに来ている時点で、僕は帰宅部平均を大幅に押し上げているんだ。十分すぎる。断言するぞ。
「しかも……くくっ。なんかスポーツ漫画ムーブしてたのに惨敗とか……あーお腹痛い!!」
「……追い打ちをかけるな。僕だってハイになっていた。それだけだ」
バシャバシャと水面を叩いて笑う後輩は、さすがにそこまでじゃないだろと思う。
彼女が落ち着くまで、三十秒は要した。
明らかにプールからではない水分を目から流していた彼女は、そこでからかいムーブを止めた。
「それにしても、微妙に上手かったのに残念ですね。せんぱいは体力がないだけである程度器用に出来るタイプっぽいので」
「僕としては別に残念ではない。それに比べ、君はすごい。何かの部活を?」
「中学まではテニスをしてました」
「それで今は図書委員と……君の方が残念だと思うが」
「私としては別にいいんですよ。むしろ……」
言葉を不自然に区切る彼女を不審に思い、そーっとうかがうも、顔を背けていて表情は見えない。
何か踏み入ってはいけない領域だったのかすらも、その状態からでは判断できない。
そうだな、聞いておくか。念のためだ。
「むしろ……?」
「な、なんでもないです!」
「はあ……」
一度僕と目を合わせた途端にすぐさま視線を逸らした。
今の問いで誤魔化す要素はあったのだろうか。特に地雷でもなさそうだった。
……やはりまだこの後輩を知り尽くすには時間が足りないようだ。
たかが三、四ヶ月ほどか。分からないのも無理はない。
分からないままでも、別にいいのでは……? とは今のところ思わない。不可解だ。
「僕はまだやれる。君は?」
「私もです。せんぱいより若いので!」
お互いにまだやる気なので再び戦場に戻る。
十中八九、僕は一セットも取れないだろう。となれば、いかにして出し抜き、彼女を驚愕させるかが僕の勝負になるな。もうプライドなどとうに失くなった。
今度は僕からのサーブ。というか、ハンデとしてずっと僕からになった。……こういうことだ。
既に負けているようなものだが、まだまだこれから。
実はあまり知られていないことだが──試合は終わると認めるまで終わらないのだ。
お互いに指定のポジションにつく。
タイミングを見計らったように波が再来した。
なんて丁度いいタイミングなんだ。
波が来るタイミングでサーブを放つ。
「えーい!」
彼女の運動神経をもってすれば簡単に対処できるだろう。
可愛らしい声も添えて、余りある動作でこちらに返してくる。
声音からしてあざとい。これが勝者の余裕か。
僕も負けじと対処するも、波に足を取られ、少し遠い場所に打ち返してしまう。
ボールは遠く、さらには奥の方へ。山なりに飛んでいく。
幸い近くに人は見当たらない。
彼女の運動神経なら、頑張っても取れるか怪しいくらいの位置。波も相まって非常に取りづらいだろう。
一点だな。勝ち誇っていると、彼女は飛びついた。
彼女の指先でボールを浮かせた時は少しヒヤッとしたが、二打目三打目には及ばずにボールは無情にも波に連れ去られる。
飛びついても取れなかったことがよほど悔しいのか、プールに潜ったままなかなか出てこない後輩。
落ち込みすぎだと呆れていたら、後輩が勢いよく水中から顔を出した。
子どもか、という感想は音にならず。
悠長なことは言ってられない状況だった。
「せんぱい、足が──ッ!?」
後輩が波に呑まれた。僕の気持ちとともに。
夏を後輩と カダヒロ @20200523
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夏を後輩との最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます