3話 買い物

「せんぱいせんぱい、どっちがいいですかぁー?」


 両手に商品を持った彼女は、二つの布を見比べながら僕に問う。


「こっちもいいし……こっちも可愛いしなぁ」


 悩ましい顔で水着を交互に見る。


「私的には、こっちの青色がいいかなーとは思うんですけど」


 右手の水着を掲げて、どうですかと視線で問うてくる。


 彼女の容姿は、今更言うまでもなく美少女だ。

 健康的な肌に程よい体つき。茶色の髪を肩あたりに揃え、イマドキのJK感を漂わせているのに大人しく清楚な美人にも見えるのだから不思議だ。


 非の付け所がない彼女のことだから、どれを着ても文句なしの着こなしだろう。あとは本人の好みで合わせるだけなのに。

 まあ実際……どっちも可愛いだろうな。だから困っているのか。


 こういう時に客観的視点が欲しいだろうし、そういうことを見越しての僕の存在ならば納得いく。

 そろそろ何で僕が一緒に水着売り場にいるのかを店員さんに聞きに行くところだった……。血迷わなくてすんだ。


「右」

「じゃあ……これとあれならどうです?」

「右」

「……あれとそれなら?」

「右」

「…………左の反対は?」

「右」

「視覚検査で『C』の形が出たときは?」

「右」

「『寄生○』のキャラで、主人公の右手に寄生しているパラサイトは?」

「ミ○ー」

「何の上にも三年?」

「それは石……ってそうじゃなくて」


 話がズレている。脱線だ脱線。寧ろ彼女も途中から切り替えていたくらい。

 早押しクイズじゃあるまいし、軌道を戻そう。


 店員さんからの視線がやけに生温かくて恥ずかしいから帰りたいとかではなくて、単純にこの場に居づらい。

 そんな場はさっさと去るに限る。


「選ぶ気は?」

「せんぱいこそ、ありますか?」

「僕にはいらないでしょ」

「せんぱい……そういうところが減点対象なんですよ」

「減点減点って……なら、現時点での点数は?」

「え? えっと…………五十三点くらい?」


 ここ数ヶ月間で何度減点されたかは記憶していないが、大して減点されていないじゃないか。ゼロではなかったか。


「だが、平均点より下……よし。気合が出てきた」

「その出し方おかしくないですか……普通私と行ける時点で出るでしょうに…………」


 ぶすーっと不満げな後輩は敢えて放置し、改めて水着を探す。


 どんな感じか。

 イマドキ感と清楚が両立していて、可愛いと美しいが八対二くらい。いつも僕にちょっかいをかけてくる生意気な後輩──だけでは飽き足らず、構ってやるかと妥協するくらいには可愛い少女だから……と次々に水着を吟味している僕に、


「せ、せんぱい……そんな真剣な顔で水着を見るとか、ちょっと引きます……」

「……真剣に選んでるならいいのでは?」

「異性の水着をそんな真顔で選ぶのもそれはそれで……ねえ?」

「……帰れと」

「そこまでは言いませんけど、私に意見するくらいでいいんですよ」


 注文が多い後輩だ。やれやれ。

 まあでも、可愛い後輩の頼みだからな。仕方ない。

 再三、気合を入れ直し、水着と対峙する。


「では、最初に戻って……」

「僕としてはこういうフ、フリル? とやらが付いてる物が似合うはず」


 遮ってしまったことに内心で謝罪しつつ、該当する水着を手渡す。

 白のビキニに、胸部から二の腕までフリフリがカーテンのようになっているタイプ。


 多分露出は多すぎない範囲だろう。露出度が高ければ良いというわけでもないし。

 彼女のスタイル的には見せびらかしても、寧ろお金と嫉妬を貰えるレベルなので気にしなくてもいいのだが……。それはそれで如何なものかと僕的にも疑問に思うので、積極的な露出は推奨したくない。


 にしても、男子より種類が多い。

 小さい頃、僕も買ってもらった覚えがある。全体的に黒色かつイルカもしくはアイスがプリントされているものであれば、なんでも良かった。


 それに比べ、女性用水着は多すぎる。

 女子の水着事情など知る由もなかったから、こんなものまであるのかと感心すらしてしまった。


 そんなことなど露知らずの彼女は、最低ラインは満たしているのかまじまじと水着を検分する。


「ほほう……その心は?」

「ギャップだな」

「ギャップ……?」

「そう。君の容姿は清楚よりのギャル。だからイマドキの雰囲気と清楚な水着を融合できるだけのキャパはある」

「……」

「見た目は年上清楚美人、中身は『自称』小悪魔系後輩。君ならいける」


 サムズアップと共に、気持ち『自称』を強調したのだが普通に無視された。


「……ガ、ガチだ…………これってせんぱいの好みも入ってたり、します?」


 後輩はディテールを聞いてかなり引き、お気に召さなかったと思いきや、チラリと上目遣いでこちらをうかがう。

 その瞳はどこか期待を孕んでいるように見えた。

 まあ、見えただけで具体的な理解には及んでないが答えるとしよう。


「入ってない」

「そうなんですか……」


 僕の回答は間違っていたようで、後輩はしゅんと俯いてしまう。

 そして、彼女は元の場所に水着を戻そうと──しては「でもなあー」と言いつつ葛藤しているため、微妙な位置で水着が揺れている。


 あまりよく伝わってないのか。なら言葉を付け加えるまで。


「とりあえず、試着だけでもしてみれば良い」

「え、でも……」

「……? 何に悩む」

「せっかくなら……せんぱいの好みに合わせてあげようかな、と」

「だからさっき好みかどうかを聞いて、好みは入ってないから変えようとしてる……?」

「そうですよ。……何か文句でも?」


 バカにされて苛ついたのか背中を向け、トゲのある返答をされた。


 しかし、そのように言われる謂れはない。

 もちろん僕はバカになどしてないし、彼女は思い違いをしている。


 まず勘違いを正すため、正面から後輩の目を見る。

 すると、彼女は僕の真剣さにうっと狼狽つつも、僕に向き直った。


「いいか? ジャージと制服、スーツ以外は要らないと思ってる僕だぞ? 衣服のセンスがあると思うか?」

「それはいくらなんでも酷いですね……ないと思います」

「そう。そんな僕からの提案にバカ正直に付き合う必要はない」

「で、でも……」

「そういう人間だからこそ、選んだ服が気になる。というのはよく分かる」

「地味に正解に近いのが複雑ですけど……」

「だからあくまで僕の意見は聞かなくていい」

「……」


 まだ何か言い返したそうに、むむむと彼女の頬は膨らむ。

 なんだ、リスの真似か? と突っ込む気持ちを抑えて、一番の大事なことを伝える。


「それに、君は『水着に僕の好みは入っているか』と聞いた」

「ええ、そうですよ……?」

「女性の水着に好みなどない上に、もとより知らん」

「そうでしょうけど……で、でも」

「──だいたい、君自体が僕の好みなんだから何を着せても僕の好みになるに決まってる」


 答えを伝えた刹那、彼女は見られまいと再び僕に背を向けた。

 彼女は隠しているつもりで申し訳ないのだが、耳まで赤に染まっていた。


 照れたな。これだがら『自称』なのだ。

 普段から「私、かなーりモテるので!」とかなーり胸を張っていた後輩はどこへやら。他意があろうとなかろうと、小悪魔はそんなんじゃないだろ。出直してこい。


 目に見えて、余裕はなさそうだが……まだ全てを言えていない。

 トドメというか、締めまで言わせてもらう。


「実際、その水着に好みは入っていないが願望なら入ってる。十割は願望だ」


 着信には気づいていないのか、背中を向けて彼女はプルプル振動しているけれど……まあ聞こえてはいるだろう。


「当然、そこら辺の有象無象を喜ばせる理由はない。ただ単にその水着を装着した後輩が可愛くない訳などある訳がないわけで……僕の主観に従って選択したまでだ」

「う、ううぅぅぅ……」


 なんだ、動物の鳴き声の真似か? なんの真似だ? 似てないぞ。


「故に、これは僕の醜いエゴでしかない。よって、君は僕の意見を無視するべきだ」

「………………」

「はい、説明終了」


 何が気に食わなかったのか、僕の選んだ水着を抱えたままその場に蹲ってしまった。


 どこがダメだったんだ。彼女の何がそこまでする? 

 くそ、分からん。

 ならばこちらも相手を屈服させるまで、説き続けるまでだ。


 その気にさせられた僕は同じ説明をし、その果てに無事解決……とは行かず、彼女はあろうことか購入した。試着も値段も見ずに、僕が似合うと言ったものを。


 ──会計を終えてすぐの帰り道。


 彼女は持参していた帽子を被り、僕の言葉も聞かずに会計を終わらせ、即座に店を出た。

 あの場での応酬を聞いていたであろう店員さんに注目されていたので、「お騒がせしてすいません」と謝った後に彼女を追った。その際に、なぜか店員さん達にはニヤけ面にサムズアップを貰ったが、意味が分からなかった。


 彼女に追いついても歩行スピードは落ちないことから、相当怒らせてしまったらしい。


 そりゃそうだ。

 彼女は水着を嬉しそうに物色していたし、明日のプールも楽しみにしていたに違いない。

 それなのに……僕がムキになったばっかりに、彼女は望まぬ水着を購入してしまった。


 ただでさえ、人付き合いが苦手だと言うのに。

 僕の方が年上なのにムキになって、説明をしたせいで彼女がブレーキを踏みにくい状況にしてしまった。

 彼女のプライドがこんなに高かったのは知らなかったが、そんなのは言い訳に過ぎない。


 要するに、今回は僕が悪い。

 申し訳ない気持ちで一杯なのでせめてもと思い、お金は払わせてくれという提案した……が、普通に却下された。


 もう僕に出来そうなことはない。打つ手なしか。

 そう柄にもなく落ち込んでいた僕に、彼女は


「──私、別に怒ってません!」


 慌てたように大声で主張した。


「……本当か?」

「本当です」

「僕と目を合わせようとしていなかった」

「あ、あれは、その……」

「その……?」

「恥ずかしかった、から、です……」


 赤面させつつも今度は僕を見て答えてくれた。その反応を見る限り、怒っていたというのは僕の勘違いらしい。

 それなら良かったのだが……恥ずかしい? 何が? 


 一回目は確かに照れていたというのは分かる。けれど、それ以降は……


「怒ってないのは分かった。でも、恥ずかしい、とは?」

「マジですか、この人……」

「……文句や不満なら聞く」


 急にとたたーと先に進んだ彼女は、こちらに振り返ると、ベーッと舌を出した。


「秘密ですぅー!」


 やけに上機嫌な声音でそう言った彼女は、駅に着くと軽快な足取りのまま帰っていった。


 情緒が分からん。不安定か安定かすら掴めない。

 言うほど長くは関わってきていないが、僕は学校ではあの後輩と本としか会話していない。


 それなのに、今日はよく分からなかった。

 この後も予定があると言っていたのは彼女なのに先に帰るし、水着は頑なだったし……。


 まあ、可愛かったからよしとしよう。

 なんだろう。あの後輩なら……そう考えると自然と、まあいいかと許せてしまえる気がする。

 もしかして妹ってこんな感じなのか。頭を悩ませながら帰宅した。

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