第70話:理想像

 この世界の神が言う事はもっともだと思う。

 この世界の人間はとても穢れた存在だと思う。

 いや、前世で出会った人間も穢れた存在だった。

 ほとんどすべての人間が、口にしている事と実際にやっている事が違う。

 人に厳しく自分に甘い、小汚い連中ばかりだった。


 子供の頃には唯一尊敬できた勇気ある幼馴染がいたが、長じて再会した時には、家族を養うためなら汚れ仕事もやる男になっていた。

 清濁併せ吞む度量の漢に成長したともいえるが、とても寂しかった。

 自分の汚さを棚に上げて、彼にだけ理想を求めていた。


 俺こそが心の穢れた身勝手な存在だったのに。

 そんな人間がこの世界に来て天罰の執行者を気取っていたのだ。

 質の悪い冗談以外の何物でもないな、ほんと、自分自身に反吐が出る。

 今さら反省してもやった事をなかった事にはできない。

 自分の罪を背負って生きていくしかない。


「ブルーノさん、孤児達を護ってあげてください。

 いえ、ブルーノさんの力が及ぶ限りの人を護ってあげてください。

 たとて相手が神であろうと、座して天罰を待つわけにはいきません。

 少なくとも生まれたばかりの赤ちゃんや、ここにいる子供達に罪はありません。

 穢れたモノと同じ人族に生まれたからと言って、一緒に天罰を受ける必要などないと思いませんか、ブルーノさん」


 俺はミュンの言葉に目を醒まされた。

 確かに俺やほとんどの大人は天罰を受けても仕方がない存在だ。

 だが、ミュンの言う通り、子供や赤子には何の罪もない。

 彼らまで神に黙って殺される義務などない。

 最低でも逃げる権利くらいはあるはずだ。


 いや、あの神は特別扱いを止めて弱肉強食させると言ったのだ。

 だったら俺が神を殺したとしても弱肉強食の掟に従っただけだ。

 ミュンの言葉に身体の奥底から無限の力が湧いてくるようだ。

 俺一人なら、おまけのようなこの世界の生を終わらせてもよかった。

 だが相手が神だからといって、ミュンを殺させる気にはならない。


「分かったよ、ミュン、俺の力の及ぶ限り、女子供を助けみせる。

 だからミュンは今まで通り子供達を慈しんでくれ」


「まさか、ここから出て行かれるのですか、ブルーノさん。

 私はブルーノさんにはここにいていただいて、分身を各地に派遣してもらう心算だったのです。

 神が言ったように、人間の私はとても身勝手で穢れています。

 さっきあんなに偉そうな事を言っておきながら、ブルーノさんにはずっと側にいて欲しいと願ってしまいます」


 ミュンはそう言うと、顔をクシャクシャにして泣き出した。

 矛盾した自分の言葉に心痛め苦しんでいるのだろう。

 確かに俺もそんな人間の醜さを憎んできた。

 だがその本性こそが人間であり、その本性を理性で抑えて気高く生きる者がたまにいるからこそ、人間であることを誇る事もできるのだ。


「大丈夫だよ、俺も一緒だよ。

 理想を胸に抱きつつ、理想通りに生きられずに苦しみ、それでも理想を目指し続けるのが人間なのだよ。

 だから一緒に理想の人間を目指そう、ミュン」

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