第50話:コボルト三

 俺は心の中で思いっきり溜息をついた。

 人間が持ち込んだ疫病のせいで罪のない人型魔族が死にかけている。

 そんな事を聞いて無視して立ち去れるほど、俺の心は強くないのだ。

 子供やお年寄りは助けられるものなら助けたい。

 悪人には情け容赦なく天罰が下せても、そう思ってしまう弱い所があるのだ。

 疫病の治療が不可能だと分かっていれば、無視して立ち去れるのかもしれない。

 だがこの世界の魔力の仕組みを知っている俺には、ほぼ確実に全ての病気の治療が可能なのだ。


「分かった、人間の世界にある疫病なら多分俺の持っている治療薬で治せるだろう。

 絶対の約束はできないが、確かめに行こう。

 だがアンタの命はいらん、そんなモノは何の役にも立たない。

 報酬は魔宝石だ、魔宝石がないなら魔晶石、魔晶石もないなら魔石をもらう」


 俺は商売として割り切ることにしたが、人身売買をする気はない。

 この世界の人族は、人型魔族の人権を認めていない。

 だが俺は人型魔族にも人権があると思っている。

 だから命の代価だといわれても、人を報酬にもらう気はない。


「分かった、今村に魔宝石はないが、村にあるだけの魔晶石と魔石を渡そう。

 それで分けてもらえるだけの治療薬を分けてくれ」


 金色のコボルトが特別お人好しなのか、それともコボルト族全体がお人好しなのか、こちらの言い値で治療薬を買おうとしている。

 この世界の一般的な人間が相手なら、法外な値段を吹っかけられるだろう。

 縁も所縁もない相手だが、心底心配になる。

 しっかりしたコボルトを探し出して、村の交渉役に任命すべきだ。


「正直他人事なんだが、そんな交渉の仕方だと、人間にいいようにされるぞ。

 コボルトには交渉が得意な奴はいないのか」


「やかましい人間、我らコボルトは誇り高い一族なのだ。

 人間のような卑怯な取引などできるモノか。

 人間が卑怯な取引をするのなら、力尽くで正すだけだ」


 白銀のコボルトが喧嘩腰で俺を罵る。

 正義感が強く、契約よりも信義道徳や善悪を優先するのだろう。

 コボルト族の種族性なら仕方がないのだが、これでは人間にいいようにやられてしまうだろう。

 だが前世の犬に種族ごとの性格があるように、コボルトにも種族ごとの性格があるかもしれない。

 それ以前に、種族性を超える個性があるかもしれない。


「あんたの誇り高い性格は分かったが、それは止めておけ。

 これからも人族は次々と大魔境に入ってくる。

 その数だけ疫病が大魔境に入ってくるんだ。

 人型魔族が大魔境から出られない以上、一方的に疫病にやられることになる。

 その度に人族から治療薬を手に入れなければいけなくなるんだぞ。

 多くの仲間が疫病に倒れている状況で、まともに戦争ができると思っているのか。

 正義を貫こうとしても、疫病中に戦争をすれば族滅するだけだぞ。

 悪い事は言わん、交渉に長けたモノに大きな権限を与えて任せろ」


 俺が心から心配して本気で話すと、流石に思う事があったのだろう。

 全員がもう文句を言わなかった。

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