第48話:コボルト一

「撤退よ、無理せず撤退するのよ、なんとしてもこの食糧を持って生きて帰るのよ」


 とても困った事に、悲壮な覚悟をした言葉を聞き取ってしまった。

 だが人間の言葉ではなく、人型魔族の言語だった。

 どの魔族かまでは分からないが、翻訳魔術を常時発動しているので、話の内容を理解することができてしまう。

 魔族とは言え、襲われているモノを見殺しにできるほど俺は非情ではない。

 悪人には情け容赦なく天罰を下せても、助けを求めるモノを見殺しにはできない。


 急いで駆けつけたら、相手はコボルト族だった。

 毛色は珍しい金色で、見事な毛並みで艶々している。

 コボルト内にも細かな種族があるのは知っていたが、これほど身体の均整がとれた美しいコボルトは初めて見た。

 翻訳魔術から受けたイメージからは雌だと思われる。


 それに、恐らくはコボルトでも上位種なのだろう。

 金色種とは別の、美しさと精悍さを兼ね備えた白銀の毛並みを持つコボルトが五頭と、燃え盛る炎のような猛々しさを感じる真紅の毛並みをしたコボルト五頭が、金色のコボルト護って勇戦している。

 目を見張るほどの敏捷性で敵の攻撃を避け、バネ仕掛けのような反射で敵に反撃しているが、今回ばかりは相手が悪いようだ。


 前世の恐竜で例えれば、ティラノサウルスのような肉食陸上亜竜が相手だった。

 全長は十二メートル前後、体重は七トン程度だろうか。

 しかも家族で群れを作っているようで、大小七頭のティラノサウルスがいる。

 俺が初めて見る上位種であろうと、とてもではないがコボルトに勝てるような生易しい相手ではない。

 この場合は「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」でも「義を見てせざるは勇無きなり」でもないだろうが、見殺しにする気になれなかった。


「なあ、あんたら、こいつを狩りたいんだが、横取りにはならないよな」


 何とも間抜けな言い方になるが、恩着せがましい言い方はしたくなかった。

 それに恩に着られてコボルトと関係を持つのは悪手に思われた。

 相手は人型とはいえ魔族で、人間が敵意を持って狩っている相手だ。

 俺はダンジョンに出現する人型魔族以外は殺したくないと思っている。

 一方悪人には天罰を下すと心に決めている。

 そんな精神状態の俺が、大ダンジョンのコボルトと仲良くなると、将来人間と敵対しなければいけなくなる可能性があるのだ。


「何だと、何を馬鹿な事を言っている、相手は肉食亜竜なんだぞ。

 横取りがどうのこうのといっている場合じゃないだろうが」


 気の強そうな白銀のコボルトが怒鳴って来た。

 言葉遣いは悪いが、翻訳魔術から受けた感じでは雌のようだ。

 上位の雌を護るための嬢子軍とか戦闘侍女のような子なのかな。

 このような危急存亡の秋だから、俺が敵対する人族であろうと関係ないようだ。

 

「所有権を認めてくれるのなら、助けてあげるけど、どうする」

 

 

 


 

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